ホッヅォの獅子
フッサがヴェスギーノの囲みを抜け、カジノの前に立って顔を見せると、閉ざされていたドアが重々しく開いた。出迎えたのは「太陽のナッシモ」その人だった。
「フッサ! よく来てくれた。さ、入れ」
やつれた顔に、花の咲くような満面の笑みを浮かべてフッサの肩を抱く。急いでドア前のバリケードを積み直す面々には気も止めず、手を引くようにしてバックヤードの1室へと連れていかれた。
「よく突破してこれたな。お前が来て来てくれたなら百人力だ。よし、まだまだ粘ってやるぜ」
「ああ、その事だがナッシモ」
「ん。なんだその紙袋。……チーズにワインか! ありがてえ! よし、まだパンが残ってたはずだ。まずは皆でいただくか。話はそれからでいいだろ? おーい、誰かいるか。パンを焼いて持ってきてくれ」
「ナッシモ。待て」
フッサはファミリーを呼ぼうとしていたナッシモの肩を掴んで制止した。
「いいか、ちょっと込み入った話をするが、一通り聞いてくれ。約束してくれるか」
「飯を食った後じゃ駄目なのか?」
「駄目だ。というか、そのチーズとワインはな……」
###
双眼鏡を覗いていたヴェスギーノ・ファミリーの見張り役が、大きな声を上げた。
「ボス、バルコニーに誰か出てきました。……あれは、ナッシモです! ナッシモとフッサです。撃ちますか?」
「何? 見せてみろ」
確かに、バルコニーにはナッシモとフッサがいた。2人で丸いテーブルを運び出し、テーブルクロスを引き、その上にチーズとワイングラスを並べている。
「ほう、目の前でショーを見せてくれるというわけか。撃つのは待て」
2人はテーブルに着くと、互いのグラスに順番にワインを注ぎ、グラスを併せた。そして、立ち上がるとカジノを囲んでいる皆にもグラスを掲げる。フッサはそこでグラスを下げ、マッシモのみがワインをぐっと煽る……かと思われたが、そのままグラスをバルコニーから投げ捨てた。続いて、隣のフッサも。
「なんだと!?」
ガシャーン、ガシャーンと夜空に2つのグラスが割れる音が響く。続いて、バルコニーからチーズとワインがテーブルごと投げ落とされた。
ヴェスギーノは思わず双眼鏡から目を放し、肉眼でバルコニーを見る。と、ナッシモが手すりから身を乗り出し、大音声で笑っている。
「ハッハッハ! よく聞け、ヴェスギーノの野郎ども! 俺に毒を盛ろうなんざ百年早いんだよ。うまそうなチーズにワインを無駄にしやがって。俺の命が欲しきゃ、コソコソしねえで堂々と正面から来やがれ! ま、こっちにはフッサという強い味方も増えたんだ。負ける気しねーけどな。何カ月でも戦ってやるぜ。このケンカ、勝った! 勝ったぞ!」
「クソ、フッサの野郎、裏切りやがったか。撃て」
「はい! ……うわ!」
配下が銃を構えるや否や、その銃が弾き落とされた。バルコニーではフッサが銃を構え、その銃口を真っ直ぐにヴェスギーノへと向けている。ヴェスギーノは慌てて後ろへと下がった。
「ふざけやがって。こうなりゃ一気にカタをつけてやる。お前ら、30分後にカジノへ強襲かけるぞ! 皆に伝えろ」
「はい!」
何人かの配下が駆け出していったが、そのうちの一人がすぐに戻ってきた。
「ボス!」
「なんだ」
「ホッヅォの連中が後ろから攻めてきています!」
「なんだと? どういうことだ。ヴィットーリオが押さえてたんじゃねえのか!」
想定外の状況に、カジノを囲むヴェスギーノの構成員たちに動揺が広がる。皆、ヴェスギーノの顔を見て指示を待っている。
「
「はい!」
カジノを囲むヴェスギーノの構成員たちが動こうとした瞬間、カジノの扉が音をたてて開いた。
「ハッハッハ! 勝った! 勝ったぞ! 野郎ども! 行くぞ」
ナッシモ先頭に、ホッヅォ・ファミリーが一丸となって突っ込んでくる。前と後ろから攻め込まれ、ヴェスギーノ達は大混乱に陥った。
「畜生……ヴィットーリオの野郎! 図りやがったか?」
逃げ惑う構成員に紛れ、ヴェスギーノも撤退する。もみくちゃになりながら、なんとか構成員たちが集まる拠点まで逃げ延びた。
「まんまとやられたか。だが見てろよ。このままじゃ済まさねえぞ」
歯噛みするヴェスギーノに、1人の構成員が歩み寄ってきた。2mはあろうかと言う長身痩躯の男は、ヴェスギーノの前で立ち止まると帽子を取った。
「おお、フーマ! いい所に来た。手伝え! 立て直すぞ!」
フーマは頷くとヴェスギーノの背後に回り、背中から締め上げ、ナイフを首に押し当てた。
「何しやがるフーマ! 放せ」
「動くな」
気の無い声でボソリと呟くと、そのままヴェスギーノの構成員達が集まるテーブルへと向かって行った。
###
ヴィットーリオは、サヤマが部屋に持って来たドルチェ皿を物珍しそうに眺めた。
「ほう、
「だろ。冷めちまってるがお前みたいなロクデナシには上等だ」
「そう言うなよ。コーヒー淹れるわ。お前も飲むか」
「ありがとうございます。ドン」
サヤマが大げさに一礼すると、ヴィットーリオは鼻を鳴らして立ち上がった。
「で、ヴィットーリオ。本当の所どうなってんだ今夜は」
「ファミリー総出で夜襲かけてるはずだ」
「そんな事になってんのかよ」
「ああ。皆がお前のドルチェ食った後で、幹部に声かけて準備を整えさせた」
「フッサはどうなる」
「ナッシモの所まで辿り着いたら、バルコニーに出て銃を打つ手筈になってる。その音を聞いたら、突撃だ」
「勝てんのか」
「あるいは、な。負けたら俺もお前も命はねえが、まあ、大丈夫だろ。ヴェスギーノには歳を取って気弱になったジジイみてーに電話かけといたし」
「お前……。もしバレてたらどうするつもりだったんだ」
「だからギリギリまでファミリーの皆にも嘘の決断を知らせてたんだよ。お前にも。すまなかったな」
「それは別にいいが。お前気づいてたか? 一人腕が立ちそうなスパイが紛れ込んでただろ。あいつの目はごまかせねーんじゃねーのか」
「ああ、フーマの事か? あいつならとっくに抱き込んである。今までずっと、ヴェスギーノが聞きたがってる耳寄りな情報をせっせと報告してくれてただろうよ。ほれ、コーヒー」
「なんてこった。腐ってもヴィットーリオ・『
サヤマが両の掌を上に向けると、ヴィットーリオは席に着いてフィナンシェを一口齧った。
「うめえなこれ。褒めてもらっといてなんだが、フーマを抱き込んだのも、この絵図を引いたのも俺じゃねえ。フッサだ。ヴェスギーノを油断せて挟み撃ちにする。そこで叩きのめすことで『ヴェスギーノは弱い』という印象を周りの連中に持たせられれば、この後の状況を一気に優位に持ってける、ってな」
「あいつが? そんな事を進言したってのか」
「ああ。まあ、賭けだけどな。俺はそれに乗って情けないジジイを演じたわけだ。アズキにも合うなこれ。つかサヤマ、これ冷めてた方が端の固い所がうめーんじゃねえか?」
ヴィットーリオは夢中でドルチェを食べ、コーヒーと一緒に余韻を楽しんでいる。サヤマはため息をついて首を振った。
「やれやれだ。とんだ誕生日プレゼントだな。ヴィットーリオ。それにしてもあのフッサが。黄身だ白身だとウジウジしてた奴がねえ」
「なんだ? 卵の話か? 黄身だとか白身だとかは知らねーが、フッサは、そしてナッシモも、卵は卵でもファミリーの
「違いねえな」
サヤマもヴィットーリオも、今頃戦いの最中にあるだろうファミリーの事を考え、カップを机に置いた。
「なあ、サヤマ。たとえ勝ったとしても、俺たちの大事なファミリーを、こんなくだらない
「ああ。特にあの2人はな」
「そうだな。死んだマッサに合わせる顔がねえよ」
「あれから20年か。おいヴィットーリオ。勝ったとして、これからどうすんだ」
「できるだけ早く手打ちにしねえとなあ。因縁はあるにせよ、こんな事は繰り返しちゃいけねえ。止めねえと駄目だ。おいサヤマ、お前も手伝え。こういう事はな、ジジイの仕事なんだよ」
「俺はもう隠居の菓子職人だと思ってたんだけどなあ」
「つべこべ言わねえで働け。その腹も少しは引っ込むぞ」
「ハハハ、違いねえな。やるか」
「ああ、だが菓子は作れ。これ本当うめーな」
「まだあるけど食うか?」
「ああ、貰う貰う」
2人の老人はコーヒーカップを手に、楽しそうに笑った。
-終-
ホッヅォ・ファミリーの冷めたフィナンシェ 吉岡梅 @uomasa
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