ヴェスギーノの策謀
ミッドナイトブルーのスリーピースにチャコールのチェスターコート。フッサはひとり、ヴェスギーノの元へ現れた。
「お待たせしました。ドン・ヴィットーリオからナッシモに宛てた手紙を持って来ました。ご確認を」
ヴェスギーノは、シルクのダブルに中折れ棒を被り、椅子に腰かけたまま悠然と葉巻を吹かしている。部下に手紙を受け取らせると、ひと通り中身を確認して返した。
「ご苦労。だがフッサ、ホッヅォでは気の荒い連中が襲撃の準備をしているようじゃねえか。どういうことだ」
「そりゃ当たり前ですよ。連中は単純だ。ケンカを売られたら後先考えずに飛び出そうとする奴らばかりですから。でもご安心を。ドンが押さえてくれています」
「そうか。本当だろうな」
「何を今さら。心配ならフーマに確認してみたらいかがですか。……あいつは貴方がホッヅォに送り込んでいるスパイですよね」
「ほう」
ヴェスギーノはニヤリと笑って葉巻を置いた。
「ほう! いやはや、流石はフッサ・『ルーナ』・ファブリ。そこまで知っていたか。それでこそ安心してナッシモへの使いを頼めるというものだな」
「恐縮です」
「奴らめ、3日も立てこもり続けて腹も減ってるだろう。手土産を用意してある。手紙と一緒に持って行ってやれ。おい」
ヴェスギーノが顎をしゃくると、配下の一人がフッサの前にトレーを持って来た。
「これは、チーズとワイン? ブリとボルドーの赤ですか」
「ホッヅォの若造にはわからねえか。ブリじゃねえ。ブリ・ド・モーだ。フッサ」
「これが……。チーズの王と言われる」
「ああ。何せ奴らにとっちゃ、最後の晩餐になるんだ。うまいチーズとワインを飲んで、ゆっくりして貰え」
「ありがとうございます。マッシモも喜ぶでしょう」
平然と答えるフッサを見て、ヴェスギーノは顎に手をやり低く笑った。
「ホッヅォの新しい
「お褒めにあずかり、光栄です」
「ハハハ、そうそう。そのチーズとワイン、お前は食べない方がいいぞ。フッサ。命がまだ惜しいのならな」
「――毒、ですか」
「さあな。だが、美味いチーズにワインを食べ慣れてないホッヅォの野郎供にとっては、身体によくないかもな。なに、その方がお前も手間が省けていいだろ。裏切り者のフッサさん」
フッサは黙ったままヴェスギーノを見つめ、微笑んだ。
「お取り計らいいただきありがとうございます。コイツを用意してきたのですが、相手はマッシモですからね。ありがたく使わせていただきます」
フッサは両手を上げ、側近に確認してから銃を取り出す。ヴェスギーノに銃を寄越すよう促されると、銃身側を掴んで手渡した。
「なるほど」
ヴェスギーノは立ち上がり、フッサの額に銃口を押し当てて
「フッサ、俺はお前を信頼しているが、確認させてくれ。今夜のお前の仕事は」
「降伏を促す手紙を渡し、ナッシモが油断したところで、隙を突いて消す事です」
「その通り。万事うまくいったらウチの幹部に取り――」
「ボス、ありがたいお話ですが、俺は幹部の席はどうでもいいんです。今まで目の上の瘤だったナッシモを消せる。そのチャンスを貰えるだけで」
フッサは自ら額を銃口に擦りつけるようにして言い放った。ヴェスギーノは軽く笑うと撃鉄を戻し、銃をフッサに返した。
「フフ、まあそうギラつくな。任せたぞ」
「はい。それでは、行ってまいります」
フッサは銃と手紙を懐に仕舞い、ワインとチーズ入りの紙袋を手にすると、部屋から出て行った。
ドアが閉まると、側近の一人がヴェスギーノに尋ねる。
「あの男、信頼していいんですか」
「さあな。どっちでも構わん。うまく厄介なナッシモを消してくれれば、それでよし。あいつも消してカジノをいただく。残念ながら失敗したらそれまで。多少被害は出るがカジノを潰す」
「ナッシモ側に加勢するかもしれませんぜ」
「あいつ1人が増えたところで何になる。その場合もナッシモ諸共力攻めにしてカジノをいただくまでだ。どちらにせよナッシモはカジノからは出てこねえ。どう転んだとしても、カジノを奪った後で『降伏してくるはずが抵抗して争いになった』という因縁をつけりゃいい。それを理由にして、ホッヅォを攻める」
「なるほど。どのみち、ホッヅォの連中を誰も助ける気は無いんですね」
「なんだよ。まるで俺が悪人みてえな言い草だな。……ま、そうなんだけどな」
ヴェスギーノは葉巻を手にしてひとり、高笑いをした。
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