カジノ・ゴエージョ

3日前の事だった。ヴィットーリオの元へと、この辺りの盟主と言っていい強大なファミリー、ヴェスギーノから使いがあった。使いが帰ると、直ぐにフッサが呼び出された。


「来たか。まずお前の意見が聞きたい」

「何かあったんですか」

「ヴェスギーノがゴエージョを囲んでる」

「なんですって!」


カワ地区にあるカジノ、「ゴエージョ」は膨大な上がりを産み出す「金の成る木」のひとつだ。昔からこの地域を縄張りにしているホッヅォが取り仕切っているが、他のファミリーも喉から手が出るほど欲しいだ。


「でも、なんでヴェスギーノの奴らは急に」

「グイードだ。ハメられたみたいだな」


「狂犬」グイード。確か昨日、ゴエージョで不審な素振りをする客を見つけて、し、放り出したと自慢していた。――まさか、あの客が。


「殴った奴が、ヴェスギーノの関係者だったんですか」

「ああ。ご丁寧に入院したと。それを口実に大挙して押し寄せたらしい」


渋面を作っていたヴィットーリオは、そこでニヤリと笑った。


「ひょっとしてナッシモが……」

「ああ、追い払って粘ってる」


ゴエージョを任されていたのはナッシモだった。ナッシモはカジノ内の僅かな人員を指揮し、自らも暴れまわって何倍、いや、何十倍もの敵を追い払った。が、多勢に無勢。扉を固く閉ざすとバリケードを作り、そこに籠城するという手に出た。


ヴェスギーノは蟻の這い出る隙間もなくカジノを囲み、ヴィットーリオへと使いを寄越した。降伏してカジノを受け渡すか、このまま「太陽のナッシモ」を見殺すか選べ、と。


「あいつらもナッシモと正面からやりたくねえんだろ。だがな――」

「はい。いくらナッシモでも長引いたら勝ち目はありません」

「そうだ。フッサ、ファミリーを搔き集めて助けに行くとどうなる」

「運が良ければ、ナッシモを助ける事だけはできるかもしれません。ゴエージョはもう無理でしょう。でも、それをやってしまうと、ヴェスギーノと全面抗争になりかねません」

「やって、勝ち目はあるか」

「ゴエージョを失うと資金繰りはかなり厳しくなります。しかも、あそこはカワの、いえ、ホッヅォのシンボルでもある拠点です。もし失えば、周りの連中も我々を見切ってヴェスギーノへと靡くでしょう。……率直に言って、勝ち目はありません」

「そうか。なら一番被害を出さずに収めるにはどうすればいい」

「ゴエージョを明け渡し、そして……」

「ヴェスギーノの下に着く、か」

「はい」

「やれやれ。とんだプレゼントを寄越してきたもんだな。どうしたもんか」

「返答の期限はいつと言ってるんですか」

「3日後。俺の誕生日だ」

「なら情報を集めて、考えます。少し時間をください」


急いで部屋から立ち去ろうとするフッサを、ヴィットーリオが呼び止めた。


「待てフッサ」

「なんでしょう」

「俺はナッシモを殺したくない。それを第一に考えろ」


フッサは無言で頷くと、早足で部屋から出て行った。


###


「で、結局白旗上げるってわけか」

「ええ、スピーチで話した通りです。ドンとも、他の幹部カポとも話し合ったのですが、最後はドンが皆を説得するような形で」


サヤマは残念そうにフィナンシェを摘まむ。フッサは俯いて目を伏せた。


「もうヴェスギーノには話を着けたのか」

「はい。内々には。ゴエージョは明け渡すので、囲みを解いてくれ、と。ヴェスギーノは、その提案を飲む代わりに、頭に血が上ってるナッシモに降伏を伝えるためにドンがひとりで直接来い、と」

「何!? 受けたのか?」

「いいえ。そんな事をしたら、奴らはその場でナッシモと一緒にドンを血祭りにあげるに決まってます。だから、俺が行くことにしました」

「お前が、か」


サヤマは驚いた様子だった。フッサは、あまり荒事の現場へは行かない。が、今回はその最前線にひとりで行こうとしている。


「ひとりで大丈夫か」

「はい。その方が都合がいいでしょう。なにせ、ナッシモに降伏するように話を着けに行くんです。頭に血が上ったナッシモを説得できるのは、ドンか、俺だけです。……任せてください。俺は、カオがいいんで」


フッサが歯を見せて笑うと、サヤマはフッ、と息を抜いて頷いた。


「ああ。ああ、そうだな。任せたぞ相談役コンシリエーレ。マッシモを救ってやってくれ。この、いつ誰が裏切るかもしれないクソみたいな稼業じゃ、信じられるのは、血の通ったファミリーだけだ。それが実の兄弟なら、なおさらな」


サヤマは最後に1回、大きな音を立てて背中を叩く。頼んだぞ、と手を上げ去っていく師匠に頭を下げると、フッサはポツリ、と呟いた。


「――本当、クソみたいな稼業ですね。マフィアって」


その口元は、微かに綻んでいた。

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