友人ガチ恋勢

あぷちろ

推しに貢ぐ快楽は何者にも代えがたいのだ

 さて、私の同学年に……もっと言うのであるのならば同クラス内に推しがいる。

 彼女の名は、『一ツ橋茉莉花』。見目は麗しく、深窓の令嬢。口を開けば品性溢るる。言葉遣いで対話者の心を掴む。運動が不得意ながらもチャレンジ精神は旺盛で、体育の授業などでも率先して参加する。

「推せるよなあ」

 口を衝いて出た言葉に私は慌てて口をふさいだ。

「なんて?」

「ナンデモナイデス」

 隣で私と同じように三角座りで膝を抱える耳ざとい友人が、胡乱げな視線をこっちに寄越す。こっちみんな。

 最推したる、茉莉花チャンはこの今も目前でバスケットゴールからあぶれたリバウンドの玉を捕ろうとして顔をバスケットボールにぶつけていた。

 赤くなった小鼻をさすりながらもはにかむ表情は正に至高。

「かわえ……かわえ……」

「河江さん? そんな人ウチのクラスに居たっけ?」

「シャーーラーーッップ!」

 事あるごとにダル絡みしてくる友人の戯言を無視して茉莉花チャンのご尊顔を記憶に刻み付ける。マジでこの友人、ウチの父親と同じような絡みからしてくるんですけど……異母姉妹の可能性すらありません?

 とてとてと、少々赤くなった鼻をさすりながら、丁度私と友人の間に挟まるように座り込む。

「だめだった」

 えへへ、とはにかむ茉莉花チャンは何を隠そう私たちの何時もの面子イツメンでもあるのだ。

「はい、タオル」

 私はすかさず茉莉花チャンにこの日の為に用意した、茉莉花チャンイメージカラー(藤色)の今治タオルを手渡す。そんでもって序にプレゼント・4フォーUユウ

「ありがとう」

 はい、『ありがとう』いただきましター! 鈴が鳴るようなしゃらりとした声色で甘ったるく呟く。最高では?

「これも、買っといたからどう?」

 すかさず私は懐に忍ばせていたスポーツドリンクの容器を手渡す。

「いいの?」

 上目遣いでこちらを見つめる茉莉花チャン。消失する語彙、私の無様を曝け出さぬように無言で頷く。

 茉莉花チャンがドリンク容器を受け取る瞬間、彼女の指が私の手に触れる。

「ンンンン」

 変な声が出ないように必死に我慢して、顔を伏せる。

 こんなハプニングがあるから、推しに貢ぐのは止められないぜぐへへへ……などと開き直れればどれだけ良かっただろう。

 実際は持ち前の無駄に長い黒髪を盾にちらちらと横目に窺う事しか脳みそになかったのだけれど。

 そんな私の態度が気に食わなかったのか、茉莉花チャンは私の直ぐ傍へ近づく。そして、耳元て囁くのだ。

「ありがとう」

「ヒィイン」

 それだけで、いや、だからこそ、私は耳の先まで真っ赤に染まった。





おわり

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