いつか一緒に歌える日には
神凪柑奈
この空に歌を
歌い手、ニーナ。その歌声はさることながら、ゲーム配信や雑談配信で人気を集める歌い手がいた。
私、
「すごいなぁ……」
私とは違う次元の人だと、そう痛感させられる。
自分の声が大嫌いだった。周りの人は可愛い声だとか綺麗な声だとか言ってくれるけれど、私は嫌いだった。
そんな、他人がどれだけ素敵だと感じてくれる声があっても、私にはそれを生かせるだけの力がなかったからだ。
だから、だんだんとその好きを広げられるニーナのことを尊敬していた。
中学生から活動を始めたニーナは、今や高校生。私よりもいくらか歳が下なのにもかかわらず、事務所に所属して忙しなく活動をしている。今だって配信中だ。
『そだ。この前のラジオ、みんな聞いてくれましたか? まあ、歌が好きだよーって方もできれば聞いてみてほしいな。そのことの質問とか、あったらどーぞ』
ラジオ番組でも、はきはきと話しているのが特徴だった。当たり前のことだけれど、それができるのがすごいなと思った。
コメントが流れている。少し前は、こんなにも多くなかった。少しだけ嫉妬してしまう。
「あ……」
気になるコメントがあった。今まであった嬉しいことってなんですか、というコメント。私も気になった。
『お、いい質問だー! 今まであったことは、ライブでみんなが手作りのフラスタくれた事なんだ! でも、実は理想のシチュがあってね。聞きたい? それはね、いつか同じステージに立った人にずっとファンだったって言われることなんだ。できれば歌の人がいいなぁ』
すごい目標だな、と思った。
確かに、そんなシチュエーションには憧れる。すごい。でも、有名になったら建前でもそういうことが言える。
『もし、古参の誰かが歌い手とかやってるなら教えてね』
はっとした。そうか、この言葉を聞いて始める人がいるかもしれないのか、と。ニーナに認知されているような人なら、そのニーナの小さな夢も叶えられるかもしれない。
それが、私だったらどうだろうか。
そんなことを考えただけで、興奮してしまった。すごい、もし私が大舞台でニーナの隣で歌うことができたら、すごい。
幸いにも歌うのは好きだ。褒められる声を最大限に活かすことができるから。決めた。歌い手になろう。こんなちっぽけなきっかけで始めてしまうようでは舐めていると揶揄されるかもしれないが、本気だ。
そう。これは人生を賭けた推し活だ。
「えっと……チャンネル名は『アオちゃんねる』で……安直だな」
これからアオちゃんと呼ばれることになると思うと、少しだけ笑えてしまう。元々葵と呼ばれるよりあおと呼ばれることの方が多かったから、どうということはないけれど。
機材を揃えて、歌を録音した。イラストレーターやCGクリエイターに頼んで、動画も作った。
そうして公開した動画は、驚くべき視聴回数だった。
「……三回」
こんなものなのか、と。早くも投稿を後悔した。
ニーナの動画はもっと伸びていた。何が足りないのだろう、何がいけないのだろう。考えてみても答えは見つかりそうもない。
翌日、流行りの曲を歌って投稿してみた。
「……えっ、五千!?」
初投稿の倍なんて次元ではない視聴回数に驚きを超えて夢を疑った。だが、現実だった。
少しだけ自信が持てた。けれど、ニーナの伸びにはまだまだ追いつかない。
ふと、思いついたことがあった。ニーナのように伸びないのであれば、ニーナに聞いてみればいい。
ニーナはSNSのダイレクトメールで配信などで話してもいい質問なんかを募集していた。だから、送ってみた。『ニーナは歌の動画をどうやって伸ばしましたか』と。
ただ、返事にはそれほど期待していなかった。ニーナからの返信は五時間後で、謎のリンクが貼られただけだった。
おそるおそる、リンクをクリック。すると、通話アプリのアカウントだった。アカウントの名前は『七瀬』となっている。
『突然ごめんなさい! ニーナです!』
そんなメッセージが送られてきて、ようやく理解。
『突然ですが、通話してもよろしいですか?』
メッセージに『もちろんです!』と返す。すると、すぐに着信音が鳴った。
「あの……もしもし」
『もしもし、アオさん? お久しぶりです!』
「えっ?」
『あ、あれ……? ライブ以来です……よね?』
「あ、ひゃいっ!」
覚えていてくれた。認知していてくれた。それが嬉しくて、変な声が出てしまった。
『あはは、かわいー!』
「うぅ……」
『あ、そだった。本題なんですけど、私が伸びた話ですよね』
「あ、そうです。そうでした」
ニーナと話していることが嬉しくて、私もそのことを忘れかけていた。
『ぶっちゃけ、運なんですよね。アオさんが投稿し始めてから私も追ってるんですけど、実力は私なんかよりずっとあるくらいですから、ほんとそのうち伸びるはずなんです』
「……えっ!?」
運。そりゃ当然必要にもなってくるだろう。結論としては私も必要なものだと思っていた。
だけどそれ以上に、ニーナが私の歌を聴いてくれていた。それが嬉しくて恥ずかしくて、でも実力を認めてもらえたことがやっぱり嬉しかった。
少しだけ、自分の声が好きになれた。
『でも、ここでちょっとだけ近道というかズルというか』
「ズル?」
なんとも嫌な響きだった。歌以外のものには頼りたくない。金や繋がりというものもいずれは必要になるだろうけれど、今はまだ頼りたくなかった。
『やりたくないことも、やらないとダメです。私がめっちゃ伸びた曲って、実はぜんっぜん歌いたい曲じゃなかったんですよね。でも、それがきっかけでファンが増えた』
「やりたくない、こと……」
『もちろん、やっちゃダメなことを自分で決めて、ですよ』
やりたくないこととはなんなのか、自分でもよくわかってはいない。歌いたくないというのもよくわからないし、したくないことがあまりない。
「でも、参考になりました」
『よかった。またいつでも聞いて……』
「いや、ブロックします」
『……ええ!?』
「私がそっちにいけたら、そのときにまた」
『……おーけー、わかった』
通話を終えて、ニーナをブロックした。
やりたくないことを見つけることが、私の一歩目だとようやく気づけた。
二年が経った。事務所に所属し、マネージャーがついた。ニーナと同じ事務所だった。
「アオ、新しい仕事の打ち合わせなんだけど」
「了解です。どんなやつですか?」
あれから、やりたくないことがいくつもあった。それを全部やって、ここにいる。オーディションという世界を知った。他人を打ち負かさなければいけないことを知った。
自分に、他人を認めさせる力があることを知った。
「ラジオ番組。ニーナって知ってる?」
「……へっ?」
「ニーナがメインのラジオにゲスト出演するの」
ラジオのことが決まってからは早かった。スケジュールの調整が入り、二週間後に撮影だった。ニーナが多忙なためさほど打ち合わせというものもなく、本番の撮影となった。
「本日のゲストは、私の後輩でもあるアオちゃんです!」
「こんニーナ! アオです!」
ラジオでの挨拶をして、何事もなく進行をする。来ていたお便りを読んで、企画をする。なんでもない、普通のラジオ。
役一時間の撮影は何事もなく終わろうとしていた。そんなとき、ニーナが話を思いっきり変えた。
「そういえば、アオちゃんは私に言いたいことってない?」
「言いたいこと……あるにはありますけど、それって今じゃないとダメですか?」
「えぇ? 後でこっそりっていうのでもいいけどぉ」
「……こっそり伝えるつもりはありませんよ?」
「へっ?」
「いつか同じステージに立ったときに伝えます」
「……おーけー、めちゃくちゃおっきいステージで待ってる」
本気で呆気にとられたような表情のまま、ニーナはその驚きを隠してラジオを締めた。
「……お疲れ様でした、アオさん」
「お疲れ様です、ニーナ」
「やるねぇ? あーあ、やっとあこがれのシチュだと思ったのになぁ」
「すぐに追いついてみせますから」
本当は、私も今伝えるはずだった。けれど、それはやりたくないことじゃなくて、やっちゃダメなことな気がした。
「でも、これくらいならいいんじゃないですか?」
いつか私がニーナをブロックしたアプリを、期待したような目をして開いていた。
「よろしく、葵さん!」
「うん。よろしく、七瀬ちゃん」
この推し活には終わりなんてものは無い。強いて言うなら、私がニーナを超えた時、本当の意味でこの推し活は終わるのかもしれない。
そのときまで、私は歌い続けるのだろう。これが人生を賭けた、私の推し活だから。
いつか一緒に歌える日には 神凪柑奈 @Hohoemi
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