オシカツっ! -Hit業!ロックshe!-

人生

第1564話 誹謗中傷以上終了?スキャンダラスなデンジャラス!




 照明の消えた真っ暗な部屋――パソコンのモニタだけが強い光を放っている。



『8696のKちゃんは某S社の男性アイドルU氏と××××』(*過激な表現を含むため一部内容を省略しています


『U氏は女性ファンと×××』(*過激な表現を含むため以下略



 毒牧どくまきハクバはアイドルが好きだ。

 最近特に推しているのが8696という芸能プロに所属する新人アイドルのカグヤちゃん――そんな彼女に対する、いわゆる誹謗中傷をツイートするのが彼の毎晩の楽しみであった。


 複数のアカウントをつかって口汚い罵詈雑言を書き連ねる。自分でしたツイートを別のアカウントでリツイート、拡散し、さも複数のアンチがいるかのようにネット上に放火するのが彼の密かな趣味なのだ。最近なんて画像加工の技術を磨き、ありもしないスクープ写真をでっち上げて出版社ハエに高くで売ったりもした。


 別に彼はカグヤちゃんに恨みがある訳ではない。握手会で無表情だったことも気にならない。それが彼女のキャラだからだ。警備員やイベント担当者に無下に扱われたことも、物販の待機列で後ろの連中がうるさかったことも――こうして用を足すようにツイートすれば全てすっきり忘れられる。だから、恨みがある訳じゃないのだ。これはそう、生活サイクルの一環? 的な?


(俺がカグヤちゃんのメンタルを育ててやってるんだ)


 つまり、これは愛なのだ。愛のカタチ。いわゆる推し活。俺以外にカグヤちゃんの悪口を言うヤツは許さないし、そういう輩をあぶりだすためのスパイ的なあれなのだ。


 実際こうしていると様々なゴシップが転がり込んでくる。その大半がウラシマという男性アイドルのファンによるカグヤちゃんへの誹謗中傷だが――そもそも、このクソ野郎が映画での共演をきっかけにカグヤちゃんにモーションかけ始めたのが最近の炎上騒ぎのきっかけだ。むしろフラれた腹いせにこのウラシマが燃やしてるまである。だからこの趣味は復讐も兼ねている。ウラシマに関する悪い噂もだいぶ集まってきたし、そろそろ爆発四散してもいい頃だ。先日自殺した蛇間田じゃまだプロのアイドルとの関係も見えてきた。全ての真実が明るみになった時、いわれなき誹謗中傷を受けていた悲劇のヒロイン・カグヤちゃんは世に返り咲くのだ。


「今、界隈で話題の〝闇のオシゴト人〟とは俺のことだ……」


 ピンポーン、と。


 キーボードを叩いていると、マンションのインターホンが鳴った。そうだ。パクルドナルドの注文をしていたのだ。


「ったく、おっせーな……」


 ドアを開けると、部屋の外には配達うーばーの制服を着た女性が立っていた。女とは珍しい。マスクをして帽子を目深に被っているが――


「え? もしかして――」


 この世の中の全てを呪っていそうな眼は――間違いない、カグヤちゃんと同時期にデビューしていつの間にかいなくなってしまったアイドル候補生の――


 ぐいっと、その女が荷物を押し付けてきた。頼んでいたパックのハンバーガーとドリンク。女は荷物を渡すとそそくさと去っていった。


(うっわ、地獄町じごくまちちゃんじゃん)


 声をかけたり引き留める度胸はなかったが、この興奮を黙っておくつもりはなかった。急いでパソコンの前に戻る。ドリンクにストローを突き刺し口を付けながら、


(元アイドルが今や……)


 キーボードを叩いていて、不意に。


「なん、だ……?」




 どすん、と何か重い物が倒れるような音が聞こえた。


「…………」


 ドアの前に立っていた配達員の女は軽く周囲を確認すると、毒牧の部屋のドアに手をかけた。荷物を渡す際に細工をしていたのでカギはかかっていない。ドアを開き、女は土足のまま部屋に上がり込んだ。


 真っ暗な部屋――モニタの明かりに照らされ、一人の男が床に倒れている。


 女――地獄町カガリは男の腕を踏みつけ指の骨を砕きたい衝動に駆られたが、これをグッと堪える。さながら家族の仇に報復せず、警察へ引き渡すような心境である。


 危害を加えてはならない。なぜなら、自殺を装う必要があるからだ。


 モニタを確認しながら、カガリは用意してきた縄を男の首にかけ、彼が目覚めた時その自重で勝手に首が締まるように細工する。睡眠薬の入ったドリンクの容器を回収し、真っ当なドリンクと入れ替え証拠隠滅。手袋をした右手でキーボードを叩き、遺書めいたツイートを残す。


「お前のは推し活なんかじゃない、汚私活おしかつだ。自分つみの重さで溺死しろ」


 ――それが、彼女のオシゴトだった。


                       ――毒牧ハクバ、人生引退リタイア




 毒牧のマンションを出る――そうしながら、カガリは電話をかける。


竹取たけとりP――完了しました」


『ありがとう。これでしばらくすればネットも静まり返るだろう。あとはこっちで対応するよ。……そうだ、この前のオーディションの件だけど……これはまだ内緒なんだけどね、君が背中を押してくれたお陰で蛇間田の子がいなくなって、カグヤちゃんが押し勝ったよ』


「本当ですか! それは良かったです――」


 思わず表情が華やぐのも一瞬、カガリは二言三言、電話の相手に言葉を告げると通話を切った。


「――8696のオシゴト人ね?」


「誰だ」


 暗がりから、一人の女が現れたのだ。


「8696といえば『方舟Bあーくびー四十八號しじゅうはちごう』かしら? まあなんでもいいわ。あの社会悪を処理してくれたみたいね、手間が省けたわ。あれには迷惑していたの……」


「同業者か」


「こうして出会ったのも何かの縁、同じアイドルオタク同士、これからは仲良くしましょう?」


「ケムたいな、お前」


「……なんですって?」


 火のない処に煙は立たない――転じて、火消しのために血生臭いことをしているという意味の業界用語である。


「その装備ファングッズ、シャニプロの……ウラシマファンか? こうしてあんたみたいな外注が動いてるってことは、あの害虫の噂は本当クロか」


「……あなた、私とここでヤる気?」


「そっちこそ、さっきから殺気が隠しきれてないぞ」


 目と目が合ったその瞬間――推し活ゾーンが展開する。



「ウラシマくん単推し! 色恋境いろこいざかミレイ!」


   VS


「カグヤちゃんこそ至高! 地獄町じごくまちカガリ!」



 お互い名乗りを上げ、いざ尋常に――推し活バトル!


「スタンド!」


 カガリは首から下げていたアクリルスタンドを引きちぎり、指の間に挟んで拳をつくった。容赦なく殴り掛かる。これがいわゆるスタンド攻撃である。


「ふん、新人アイドルの装備グッズは安価ね」


 対し、ミレイは高級ハンドタオルでしなやかにこれを受け流した。そして、コラボバックから取り出したウラシマプロデュースパフュームの爽やかな香りで幻惑し、その隙をついて背中に背負っていたケースから金属バットを抜き放つ。


「一撃で決めるわ」


 カガリはとっさにライブグッズのサイリウムペンライトで受けるが、カグヤちゃんカラーに切り替える前に弾き飛ばされる。


「……! (ウラシマは高校野球の映画に出ていた――それだけでただの金属バットも武器ファングッズたりえるのか!?)」


「実家のウラシマくん祭壇からのエネルギーを受けているのよ!」


「何が祭壇だ――神は一人だけ!」


 カガリは手袋を外すと――この手は使いたくなかったが――素のままの右手で脅威の物理攻撃を受け止めた。


「なんですって……!? まさか、その手――」


「握手会からずっと洗っていない――カガリちゃんに直に触れた手だ!」


「不潔だわ……!」


「日頃からバットを振り回してる変態アイドルのファンに言われたくはない! ウラシマはファンと寝てる、そうなんだろ!」


「その汚い手をウラシマくんのバットから放しなさい!」


 バットを掴み、奪い取る。その右手はミレイの信仰を遥かに凌駕するパワーを秘めていた。


「お前……最近界隈で話題の〝闇のオシゴト人〟だな? 女性ファンを粛清して回っている――ウラシマのスキャンダルをもみ消して回ってる」


「ええそうよ! ウラシマくんをたぶらかした女たちに罰を与えたのよ!」


「たぶらかしてる? 違うだろ、ウラシマが手を出したんだ。そして――お前は嫉妬した。ウラシマと寝た女たちに。それはもうファンの一線を越えている。推しを信じてるなら、そんな真似はしない。お前は、女として復讐してる……ただの殺人鬼だ」


「っ」


「安心しろ、偶像アイドルを名乗ったウラシマもすぐにお前と同じ地獄に堕ちる――神は、カガリちゃんだけだ」


 睡眠薬の入ったドリンクをぶっかける。ミレイは倒れ、彼女のまとっていたファングッズが路上に散乱した。推し活バトルの決着である。


                      ――色恋境ミレイ、再起不能リタイア




 カガリは意識のないミレイを暗がりに連れ込む。すぐには手をかけない。暴行の痕が消えるのを待って、それから自然死を装って処理するのだ。


「……それまでお前には、カガリちゃんのニューシングルを地獄で口ずさむくらいにendlessリピートしてやろう」


 もしかすると天にも昇る気持ちになって逝ってしまうかもしれないが、それはそれで救いだろう。下衆と同じ地獄に堕ちなくて済む――


「せっかくだ、お前を使ってウラシマを終わらせてやるよ。あの社会悪の集めたデータで、ウラシマの悪事を明らかにする――」




 ――どこか高いところから、カガリとミレイの戦いの一部始終を見守っていた四つの影があった。


「彼女は我ら『シャイニーズファンクラブ界因かいいん』のなかでも『中の下』……」


「暴走した彼女を最古参である我々が処理するはずが、まさか外野女性アイドル界隈が手を出してくるとは。不可侵の不文律を破るなど、正気じゃない」


「しかし、問題はウラシマくんだ。どうやら早めに手を打っておく必要がありそうだ」


「アイドルあってのファン、ファンあってのアイドル――彼には、卒業して消えてもらいましょう」




 ――この世界をつくった神は、偶像アイドルを崇めることを罪とした。


 しかし、それでも推そう、アイドルを――今宵もアイドルに救われた者たちが、その輝ける道の路肩に吹き溜まる悪を排除する。



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