2通目
前略ごめんください。
権兵衛さん、お返事くださって本当にどうもありがとう。とってもうれしいです。権兵衛っていう字むずかしいですね。いっしょうけんめい練習しました。
それからわたし、実をいうとあなたをうたがってしまって。おじさま、いえ、叔父がよこしたのかと。でもぜんぜん字がちがいました。字、お上手ですね。達筆というのだと教わりました。わたしもお習字をがんばらないといけません。
前のおたより、木のうろにいれたでしょ。叔父がそうなさいって言ったから。海に流してもだれにもとどかないって。あそこなら、だれかが見つけてくれるんじゃないかって。
いうことをきいて本当によかったです。
わたしのお便り、ほめてくれてどうもありがとうございます。祖母にじまんしました。よろこんでくれました。
おっしゃるとおり、本はたくさん読みます。なんでも。
学校がはじまると教科書もらうでしょ。そしたら全部読んでしまうの。その日のうちに。わたし、叔父の家にひっこしたから新しい教科書をもらったのね。それもすぐ読みました。
休み時間はだいたい図書室にいます。辞書をめくるのが好きです。あと百科事典。おはなしも好きです。わたし、『あしながおじさん』が好きでした。だからこうやってお便りできてうれしいです。でもわたし、いくら想像力が豊かでも、権兵衛さんをあしながおじさんだと思いません。あのおはなし、ラブレターなんですよね。
叔父の幼なじみのおとなりさんに話したら、ジーン・ウエブスターというひとはトム・ソーヤとハックルベリーをかいたマーク・トウェインの親せきだと教えてくれました。おとなりさんは小説をかいているひとだそうです。わたし、生まれてはじめて作家というひとに会いました。ふしぎな気分です。そんなにかんたんに作家に会えると思っていませんでした。
おとなりさんはえらい作家じゃないって笑っていましたが、本を出しているのです。えらいと思います。わたしにまた本を読みに来ていいよと言ってくれたけど、書いた本がどんなのか教えてくれませんでした。わたしには早いそうです。
権兵衛さんにだけこっそりと打ち明けます。そしてひみつにしてくれるといいのですが、なんだかバカにされたように思いました。
春ちゃんにはまだ早いってどういう意味でしょう。わからないってことでしょうか。わたし、本をよむのは得意です。辞書もひけます。わかるまで百回よみます。『読書百遍意自ずから通ず』と祖母から教わりましたし、そらで書けます。
作家のひとがおとなりでたくさん本を読めるのはここにひっこしてきて一番よかったことです。けれど、そういうふうに言われたのはなんだかおもしろくなかったです。
でもわたし、そうは言いませんでした。
叔父は思ってることを口に出すといいって言いますが、わたし、できないです。なんだかウソついてるみたいな気持ちになる。それにとちゅうでどうせ打ち切られてしまうし。
おじの家にはあんまり本がありません。でも辞書と事典はあります。それからレコードはたくさんあります。祖母の家で聞いたことのない音楽をいっぱい聞きました。よその国の音楽です。いつか、わたしも行けるでしょうか。
権兵衛さんも本をよむの好きですか。どんなご本をよんでいますか。外国には行ったことがありますか。行ったとしたらどこの国ですか。好きな町はありましたか。
教えてくださったらうれしいです。
あ、そうでした。権兵衛さんが知りたかったこと、おこたえしますね。
叔父はわたしを「春の字」と呼びます。
はじめて会ったときに、春呼ちゃんって呼んだのです。その言い方がなんだかよそよそしくて、わたしを引き取りたくなかったみたいでした。めんどくさいと顔にかいてありました。だからわたし、すぐにお返事しませんでした。どうもあのときから、叔父とのあいだがぎくしゃくしたのだと思います。
でもどうぞご心配なく。
ここにひっこして三月ばかりたちました。わたしも叔父も、お互いになれてきたようです。リュネットがなついたのですからだいじょうぶ。叔父はこわい顔をしてますし言葉もらんぼうですが、わたしを嫌っているわけではないとわかりました。
だって、叔父がこの手紙を「権兵衛さん」にわたしてくれたんだってことくらい気づきますから。
でもどうか、叔父にないしょにしてください。
しばらくのあいだ、だまされていてあげたいのです。わたしが見知らぬだれかと文通していると思ってもらいたいの。
おとなりさんが言いました。叔父はむかし、英語でかいた手紙を海に流したのだと。なんだかはずかしくて、でもどうしてか、むしょうにうれしかったです。
またお便りくださいね。きっとですよ。お元気で。 かしこ
少女文学者・春呼さん はじめてのお便り 磯崎愛 @karakusaginga
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