俺の推し活はJKの比じゃない程に色濃く色恋エモ尊き世界のマスター

龍神雲

俺の推し活はJKの比じゃない程に色濃く色恋エモ尊き世界のマスター

 「はぁ、もうじきテスト期間だね。テスト始まると推し活できなくなるからやだな……今回のイベ、テスト期間と被ってて草」


「とか何とか言って、それでもイベ周回でしょ?」


「まー、それはそうなんだけど。テスト期間だと長時間ゲームできないし辛み」


「あーね」


──等というJK達の会話が朝の通勤時間のバスの車内に響き渡っていた。それを耳にした、普通の会社勤めの今現在35歳独身の俺は『羨ましい』と胸中で独り言ち、その話を羨望しながら引き続きJK達が交わす会話に耳を澄ませていた。


「でも今回は推しのSSRカードが無いから安心だよ。推しきたら天井確実じゃん?バイトで稼いだお金もお小遣いも全部持ってかれるからさぁ」


「ほんそれ!しかもすり抜けあるしイベピックアップ言いながら普通にすり抜けてイベに関係ない恒例SSRくるからヤバいよね。特に推しの時のすり抜けはガチでメンタル病むから止めて欲しいわ」


「それな!もうさぁ天井まで課金したら全SSR揃うガチャ仕様にして欲しい。財布に厳しいのガチで無理」


「分かりみ。ガチャ率渋いと重課金させる気だよねってなる。こっちはイベ以外にもイベ関連のグッズや漫画も集めたいし、コラボカフェも開催されるからそこも行ってカフェ限定メニューと推しグッズも制覇したいし。あと、推しの中の人が博物館や神社で期間限定音声ガイドするからそれも行かなきゃだし……推しイベあるのは嬉しいけど、あり過ぎるのも困るよね。あ、ねぇ最近推しのコスメ発売されてさ、デザイン良くて……」


JK達の会話はまだ続いていたが、今のJK達が話す内容からして間違いなく、よくあるソシャゲのガチャのイベでそれに関連した商品やそれに記念して開催されるイベントが盛り沢山だと分かるが──


推し活ができる環境にいられるだけでも有り難いと何故思えないのかと、何故感謝ではなく文句が出るのか──と、贅沢過ぎる悩みを抱えるJK達が正直妬ましかった。JK達が抱える悩みに妬ましい感情を抱くのは、俺の推しがマイナー所かグッズすら出てない、昔懐かし8ビットRPGゲームに登場する【酒場のマスター】だからだ。勿論、音声もなければキャラネームも【酒場のマスター】としか表記されず、その表記も変更できない完全なるNPCキャラだ。NPCキャラというのはNon Player Characterの略称でゲーム上でプレイヤーが操作しないキャラを指す言葉である。ちなみに俺の推しキャラ【酒場のマスター】はRPGに登場するメインキャラの戦士達のHPとMPを回復する役割なのでクリックしても『イラッシャイ。カイフクシマスカ?』の後に『ハイ・イイエ』の吹き出しと回復し終えた後の『アリガトウ』の吹き出ししか表示されないが、俺はその【酒場のマスター】の穏やかな雰囲気が大好きで、小学生の時から今現在もずっと推している。


小学生時代はよく授業やテストの時間を利用し『酒場のマスターに拾われた俺がマスターの店で働きながら絆を深める物語』といった夢設定で夢想し描いたり書いたりしてたが中学、高校になり、コミケや同人の世界、そしてBL《ボーイズラブ》という禁断のジャンルを知ってからは【酒場のマスター】と俺の関係は友達や親子関係から一変、恋人以上の関係まで進展し気付けば【酒場のマスター】と俺が繰り広げる壮大な愛の物語がこの世に爆誕していた。そしてその布教をすべく同人誌の漫画と挿し絵付きの小説、所謂、薄い本を自作し売り出したが全く売れず爆死に終わった。しかしそれでも諦めきれなかった俺は日本最大の匿名掲示板2ちゃんねるを利用し、ゲームや趣味といったカテゴリの【酒場のマスター】と俺が繰り広げる壮大な愛の物語をテーマにした漫画と挿し絵付きの小説──


『酒場のマスターに拾われた俺がマスターの店で実の息子の様に働きながらマスターに想いを寄せ結ばれ、後にマスターのマスターを優しく取り扱う目眩く甘美な物語』というタイトルの処女作の内容を公開投稿し布教を開始したが『独り善がり乙』『怪文書』『ただただ気持ち悪い』『性癖やべぇw』『ガチ勢サイコパスキタ━(゚∀゚)━w』『ブラクラより悪質』『これは間違った枯れ専』『酒場のマスターに寄せる想いと行為が逸脱、捻れ過ぎてて最早悪魔の所業』といった誹謗中傷の書き込みをされて終わった。以来、【酒場のマスター】は誰一人として共感も共有もできず、機会もなく、俺自身の中で夢想する日々となった。だからこそJK達が繰り広げる内容が羨ましかった。


俺だって誰かと共感して共有したい──あの世界のアプリが存在するなら課金制度も喜んで受け入れるしイベもあれば喜んで参加する……その時だ、タイヤのスキール音が鳴りバスが急停止した。吊り革を確りと掴んでいたので転ばなかったが、窓の外を見れば斜め横断した自転車を避けたのが原因だったようだ。取り合えず事故にはならず誰も怪我もなくほっとした。


「びっくりした~!」


「ね~、でも事故んなくて良かったよ」


先程のJK達も同じ様な思いを交わしていたが「あれ、スマホどっかいっちゃった!?」と一人が口にし「え、どこ落とした?」と探す声がし、自ずとJK達に視線を向けた。バスが急停止した為、何処かにスマホを落とした様だが──


「もし──お嬢さん方、探している物はこれですか?」


そこへ一人の男性が席を立ちJK達の元へ歩み寄りスマホを手渡した。「これです!拾って下さりありがとうございます!」とJKは直ぐにお礼を告げたが、俺はその光景を見た瞬間、目頭が熱くなり気付けば涙が頬を伝い落ちていた。


穏やかな声音で話す、品のある白髪の推定年齢70ぐらいの男性がJKが落としたスマホを拾って渡すという珍しくない光景だが──


──俺の、推し……


そう、小学校時代から大人になった今に掛けて長年思い、夢想し、絵を描き話を書き、そして『酒場のマスターに拾われた俺がマスターの店で実の息子の様に働きながらマスターに想いを寄せ結ばれ、後にマスターのマスターを優しく取り扱う目眩く甘美な物語』という処女作を世に出したが誰にも共感も共有もされなかった──昔懐かしの8ビットRPGゲームの世界でメインキャラの戦士達のHPとMPを回復する役割をしていたNPCキャラ【酒場のマスター】が、イメージ通りで現実に、バスの車内に現れたのだ。俺の涙腺は崩壊し年甲斐もなく涙が零れた。JKがスマホを落とさなければ決して巡り会う事はなかっただろう──不謹慎だが、JKがスマホを落とした事に感謝した。そしてバスが再び走り出し暫く、次のバス亭に停車するアナウンスが流れると今し方、JKが落としたスマホを拾った【酒場のマスター】のイメージ通りの男性がチャイムを押した。どうやら次のバス亭で降りるようで、


──このチャンスを逃がしたら二度と会えないかもしれない。そう悟った俺はスマホを取り出し会社直属の上司に休む連絡を急いでし、その男性と一緒のバス亭で降りた。バスから降りて直ぐ、俺は長年思い続けていた【酒場のマスター】のイメージ通りの男性に声を掛けた。


「あの──すみません……」


「はい──?」


男性は振り返って立ち止まり俺に視線を向けたが、視線も佇まいもイメージ通りで、エモ過ぎて……


「あの──俺、その……」


しかし感極まって再び涙が零れ言葉に詰まった。その様子に男性は僅かに驚くも「この近くに綺麗な桜が見える公園があってね。ベンチもあるし、もし良かったらそこで座って少しお話しませんか?」と次にはやんわりと提案してきた。不審者として警察に通報されてもおかしくない案件だが、相手の男性が年を重ねているのが幸いしたのか、会話する機会まで頂き、何から何まで【酒場のマスター】に抱いていたイメージとぴったり過ぎて、今日死んでも何も後悔はしないと巡らした。俺は嗚咽を堪え「はい……」と頷けば、男性はにこやかに笑い「それじゃあ行こうか」と歩き出した。


街路樹に沿って歩いていけば数分も経たぬ内に定番のブランコ、滑り台、砂場に続きその脇にはベンチが設置されており、男性が言った通りの綺麗な桜が咲いている公園に到着した。俺と男性はその公園に入りベンチに座ったが、イメージ通りの推しをいざ目の前にし、何をどう説明すればいいのか、寧ろ何から話せばいいのか分からず逡巡するが──男性から切り出した。


「私は時々、散歩がてらこの公園に立ち寄って、ベンチに座りながら景色をただ眺めるのが好きでね──まぁ、趣味になるのかな。今日もそうした変わらない日を送ると思ってたんだけどね、誰かと話す日があっても楽しいと考えてて、それが君のお陰で実現したよ。年寄りの我儘に付き合ってくれてありがとう」


男性の──寧ろ推しが話す言葉の一つ一つが優しく、俺はその言葉を噛み締めた後、小学生の頃から今現在に至るまで思い続け推していた【酒場のマスター】のキャラについての話を打ち明ける事にした。男性は俺が打ち明ける話に少し驚きながらも、話の腰を折らずに最後まで聞いてくれた。


──ちなみにだが『酒場のマスターに拾われた俺がマスターの店で実の息子のように働きながらマスターに想いを寄せ結ばれ、後にマスターのマスターを……以下省略』については伏せて話した、タイトルもだが内容も俺の迸る性癖の数々が初見殺し所の騒ぎじゃないからだ。とまれ、全ての思いと話を打ち明けた後、男性は「嬉しいねぇ」と呟き──


「もし、この後予定がなくまだ時間があるならば、私が経営する喫茶店で珈琲でもどうだろう?寂れた場所でお客さんも余り来ない所だけど、如何かな?」


「勿論行きます!」


俺の推しは【酒場のマスター】兼、現実世界の【喫茶店のマスター】となり、推し活を楽しむ日々に変わった。


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