推さねばならぬ何事も

夏伐

後悔してもはじまらぬ

 数年ぶりの地下ライブ会場は、異様な熱気に包まれていた。記憶にある最後のライブとは違い、ファンの温度も高い。

 あの時の事は今でも脳裏に刻まれている。まるでお通夜のようだった。


 いや、アイドルが卒業するんだ……。それはファンとしての死を意味すると言っても過言ではないだろう。

 僕の応援していたアイドルゆめみん。彼女の卒業理由が問題だった。

 

 圧倒的かわいさではあったものの、あまりにも不遇。そして凛々しい容姿であるにも関わらずアニメキャラのような萌え声で、そしてポンコツキャラだった。

 その不釣り合いさから、人気が伸びなかった。


 ロリキャラで無垢な天然キャラ、ド直球アイドルのリーダー、天然おっとりキャラ、王道ともいえる性格を持ったチームの中でちぐはぐな彼女はいつも人気の最下位だった。


 けれども、素直さや努力をしている姿は確かなファンを生み出していた。僕もその一人だ。ダンス練習や、体型維持のための食事管理、それらをSNSで報告してくれているゆめみんは最高に可愛くて最高のアイドルだ。


 その彼女は、グループがメジャーデビューをするという発表がされたと共に、卒業することになった。事務所が人気のある三人でグループを再編成することに決めたのだ。


 ゆめみんは泣いていた。


 僕は後悔した。僕がもっとCDを買っていたら、友達を誘ってライブに行っていたら、SNSでゆめみんが好きだ、と公言していたら。

 そうしたらこの気持ちはもっと小さかっただろうか。


 ――好きなものを好きと言っていたら。


 僕みたいなのが彼女を好きだなんていうのは迷惑かもしれない、そう思っていいねやリツイートばかりで、コメントなんてしなかった。


 そうしてゆめみんを応援するファンたちが彼女の最後のライブに集まる。今までにないくらいにライブ会場にはたくさんのゆめみんカラーであふれていた。


 推しの色を身にまとう最後の機会。ゆめみんはそのライブで感動して涙を流していた。

 僕は物販会場の裏で、スタッフの会話を聞いてしまった。


「あの人数が半分でもライブに来ていたら、事務所も考え直してくれたでしょうね」

「ゆめみんの努力は認めていたもんね」

「今さら来ても卒業は変わらないし……なんだかね……」


 その会話は僕の心にズシリとのしかかった。


 更新しないゆめみんのSNSはどんどんとフォロワーがいなくなっていった。

 数年経って、ゆめみんのSNSが久しぶりの更新をした。僕は夢でも見ているのかという気分だった。


『また戻ってきました!』


 その投稿に『いいね』を押す。そしてリツイートも。

 僕は初めて彼女にコメントした。


『今も応援してます』


 ゆめみんはしばらくしてからコメントに返信をくれた。


『ありがとうございます。またこのアカウントでライブの告知をするので、機会があったらぜひ来てみてください!』


 その返信を見た時、僕は泣いてしまった。


 そして今日が、復活したゆめみんのはじめてのライブだ。

 僕は絶対に彼女の晴れ舞台に駆けつけると決めていた。もうあのような思いはしたくない。

 推さねばならぬ何事も! だ!


 そう思ったのは僕だけじゃなかったらしい。悪夢まで見たゆめみんカラーで埋め尽くされたあの静まり返ったライブ会場。

 同じ光景だったが、会場の熱気はすごかった。


「みんな! 今日は来てくれてありがとー!」


 ゆめみんが登場した瞬間、ワッと会場の温度が一気に上がった。僕も最高に盛り上げる。

 まるで夢のような時間が過ぎて、物販会場でCDやグッズを買う。CDについているチェキ券をもらって僕はゆめみんに会いに行った。


 別に何も話さない。しいて言えば「応援してます」とだけ。


 前はチェキには参加しなかった。僕みたいなのが応援しているというのが、きっとゆめみんには恥ずかしいだろうから。

 でも、今度は勇気を出して参加する。応援は見える形でしないと意味がないと気づいたからだ。


 もう人気がないから卒業だ、なんてさせない!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

推さねばならぬ何事も 夏伐 @brs83875an

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ