推し活クレイジーストーカー

高村 樹

押し活クレイジーストーカー

風間浦太郎は、倉本恵美子のマンションのベランダに住んでいた。

倉本恵美子はマンションの五階に住んでいたが、浦太郎にとってみれば何の問題はなかった。ベランダの手すりにクライミングロープをひっかけ、壁にハーケンを打ち込めば、たやすく上ることができる。

昇った後はクライミングロープを回収することも忘れない。

付近住民の発見を遅らせるためだ。


万が一、警察に通報されたり、住人と鉢合わせになっても浦太郎は自信があった。

浦太郎は所謂ミリタリーオタクという人種で、サバイバルゲームをやりこんでいた。

エアガン、スタンガン、催涙スプレーなど装備も手抜かりない。

若い時から体を鍛え、熊と格闘し、勝ったこともある。

柔道も有段者だった。


浦太郎が倉本恵美子のベランダに侵入し、生活を始めてから一週間が経とうとしていた。

浦太郎は、寝袋にくるまり、長方体の携帯栄養食を齧りながら、倉本恵美子の帰りを待っていた。背負ってきたリュックには1か月分の食料が入っているのでまだ余裕があった。


「彼女に一目会いたい」


浦太郎は歯に挟まったカスを器用に舌でなめとりながら、思った。


浦太郎は、今売り出し中の女性お笑い芸人トリオ「真夜中のマリトッツォ」の大ファンだった。

三人の中でも倉本恵美子が浦太郎の「推し」だった。

他の二人など、どうでもいい。

倉本恵美子のキレのいいツッコミが浦太郎の心を魅了してやまないのだ。加えて、彼女の外見は浦太郎の「どストライク」だったのだ。


「真夜中のマリトッツォ」が移っている雑誌の写真から倉本恵美子だけを切り取ったり、録画したお笑い番組で彼女が映っているシーン以外を削除するのが浦太郎の「推し活」だった。


最初はこれらの推し活だけで浦太郎の日常は満たされていた。


しかし、齢を重ね老境にさしかかってくると、ある強い思いが抑えられなくなってきたのだ。


老いて死ぬ前に彼女に一目会いたい。


浦太郎は、寝袋の中で目を閉じ、少し休もうと思ったその時。


ガチャ。ガラガラ。


ベランダの窓が突然、開いたのだ。


しかし、現れたのは二人の警察官とマンションの大家だった。


浦太郎は慌てて寝袋から出ようとしたが警察官が寝袋の上にのしかかり、身動きが取れない。


「おたく、こんなところで何やってるの。大家さんからマンションの外壁にハーケンが刺さってるって通報があったんだよ。大人しくしなさい」


ハーケン、そうかハーケンか。

失念していた。

いかに熊に勝てる膂力があっても、寝袋に拘束されていては、警察官をはねのけるのは不可能だった。


「午前9時33分。住居侵入の現行犯で逮捕する」




こうして浦太郎の生涯をかけた独りよがりで妄執的なミッションは失敗に終わった。


「真夜中のマリトッツォ」倉本恵美子の自室に平和が訪れたのだ。


ちなみに倉本恵美子は欧州の海外ロケで長期間留守にしていたのだという。


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推し活クレイジーストーカー 高村 樹 @lynx3novel

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