多重都市キノマタ
「多分あの子、次の寄港地でしばらく外泊すると思うんですけどお」
接が言わんとしていることは分かる。例の『魔法を破壊する魔法』を捜索するための情報収集だ。イズモ本星を除けば、その手の行動にはうってつけの場所ではあった。
「貴様も降りろ。勤務扱いにはしてやる。遊んでいても何をしていても良いが、万里小路からは目を放すなよ」
「はあい、任務了解ですう。さあて、あの小娘どうやって言いくるめてやりましょうかあ」
次の上陸地が決定した。イズモ本星――ではなく、国家としてのイズモに属するガス状惑星『タキリ』の衛星『キノマタ』。小規模ながらも中核の魔法により位相世界を展開。多重構造は単純な広さとしてイズモ本星と同等程度となっている。
位相世界間の移動に不便があり、決して豊かとはいえない星だが、予定通りに寄港しなければイズモに弱みを見せることになる。そして、想定外の寄り道により速やかな補給も必要となれば、無視するわけにはいかない。
タキリ軌道上の民間船停泊用基地に明神丸を繋ぎ、自前の転移魔法にアンカー情報をセットした旨が全船員に通達。これでいつでも上陸できるようになった。荊は速やかに停泊期限ギリギリの外泊許可証を製作すると、上長――すなわちキサラギに提出。絶対に成し遂げなければならない目的がある。上陸できる場所が有るならば、全部立ち寄るつもりだった。ましてキノマタは探し求める『魔法の処刑場』が属するというイズモ勢力圏。かつ政府の情報操作も及ばぬ領域――裏社会の存在で有名だ。
荷造りをしていると、部屋の呼び鈴が控えめに一回だけ鳴った。誰が来たのかは分かる。シャルロッテだ。
「いらっしゃい、シャルロッテ」
「今晩はです、荊先輩。今日も夕食をお持ちしました。倭食に挑戦してみたんですけど……」
「鰯の……蒲焼ですわね」
「はい、明神丸はなぜか養殖場があるので。民間船はすごいですね。ブラウリンゲンの軍艦は冷凍ものに頼ってました。あえて養殖する動物といったら、鶏とか蛙が定番なんですけど」
「蛙……」
センゲンでは馴染みのない食材だ。食べる姿は想像もつかない。
「六十年前の感覚なので今はどうか分らないですけれどね。食用に遺伝子操作されたもので、五公斤くらいに成長するんですよ。甘いソースなど塗ってローストすると美味しくて」
「ええ、わたくしの覚悟が出来たらお願いしますわ……」
今は全く食指が湧かないが、シャルロッテが言うならば嘘は無いだろう。
上がってもらい、船内のモールで買い替えた少し広めのテーブルに二人で座る。冷蔵庫から用意した飲み物は、荊が炭酸水でシャルロッテがビールだった。実のところ、仮死状態にあった期間を除いてもシャルロッテの方が二歳ほど年上になる。ブラウリンゲンでは十三歳から軽いアルコールなら飲めるそうで、カルチャーギャップを感じざるを得ない。
「いつもありがとうございます、荊先輩」
壊血病防止という名目で、主計課の一部がビール工場を運営しているため、ビールはさほど高い飲み物ではない。船内では数少ない、完全自給できる食料品の一つだった。
「いえいえ、毎日のように食事を戴いているんですもの、このくらいは当然ですわ」
人種的なものか、シャルロッテは中瓶一本空けて赤くもならない。荊は少し飲んでみて諦めた。あの苦さと辛さに馴染む日など来るのだろうか。
「ところで」
唐突に、シャルロッテの方から切り出した。
「次の目的地、キノマタに上陸されるというのは本当でしょうか?」
「ええ、少々用事がありますの」
宇宙怪獣脱出の際に使用したことで、禁忌魔法の存在は船内の多くの者に知れ渡ることになったが、それを荊が持っているということは幹部と砲術課員くらいしか知らない。シャルロッテにも当然話していない。余計なトラブルに巻き込みたくはないからだ。
「宜しければ私も連れて行ってくださいませんか? アトミラール・クルーゲに乗艦していた時には帝国内の色々な星を回りましたが、帝亜共栄圏には行ったことが無いんです」
「ええと……」
「ご迷惑でしたか……?」
申し訳なさそうに俯くシャルロッテを見るとこちらも申し訳なくなってくるが、正直に言えば迷惑だ。イズモはセンゲンの政治犯を逮捕する義務など無い。とはいえ荊が指名手配犯であることには変わらないし、島津はじめとした謎の追手のことも気にかかる。何より荊の目的地はキノマタ第六層。半ば暗黒街と化した最下層だ。身を挺して明神丸を逃がしてくれたクルップ卿に誓って、シャルロッテをわざわざ危険な場所に連れて行くわけにはいかない。
「いいんじゃないですかあ?」
開いた扉を申し訳のように二回叩いて乱入してきたのは、間違えようのないピンク髪の女。医局長、里見接だった。
「スラムだろうが何だろうが、ヤクザとクスリにさえ気を付けてれば何とかなるもんですよう。どうせ行くなら人数多い方が安全ですう。私も付いてってやりますからねえ」
「医局長?」
接と荊は個人的に何か親交があるわけではない。会話もこの間の検査の時に数回した程度だ。そんな彼女が自分と上陸したいなどとはいかなる思惑だろうか。
「あなたはちょっと人を疑い過ぎですねえ。理由なんて今言った通りですよう。私もたまには上陸して遊びたいってだけですう」
明神丸の幹部たちが曲者揃いであることは既知だ。それでも奇縁あって行動を共にした卍やキサラギは、ある程度腹の内を明かし合ったように思う。しかし、里見接に対する印象は未だ固まっていない。いまいち読めない人物というのが現状だ。言葉通りに信用できるかと問われれば、否定せざるを得ない。
「わたくしは遊びに行くわけではないのですけれどね」
「だからこそ、何かお手伝いできることがあればと思ったんです。荊先輩が何か強い目的を持って動いていることは、なんとなく感じてましたから……」
「シャルロッテ……」
彼女も、決して観光気分で同行を申し出たわけではないということだ。
「決まりですねえ。じゃあ、明日から宜しくお願いしますう」
女だけで三人。一筋縄ではいかない面子とは言え、先行きは不安になる。
衛星キノマタ第一層は清潔そのものといった印象だった。アンカー地点である港は身なりの良い人々がまばらに行き交い、免税品店には立派なパッケージの酒類などが並ぶ。
港から外に出れば、日照権の関係か低層の建築が直線的に這い回る、明るい都市が荊たちを出迎えた。良く剪定された街路樹の立ち並ぶ街並みにはゴミ一つ落ちていない。捨てれば高額の罰金を払わねばならないのだと、看板が教えてくれる。
これがキノマタ第一層。階級としては最上階。イズモにもその影響を及ぼす上流階級の住まう支配者の街だ。
都市部を離れれば海や畑なども存在するが、基本的に食料生産は二層以下から賄っている。
「いやあ、娑婆の空気も久しぶりですねえ。一層にいる内に料亭でも行きますかあ?」
接は普段の白衣から一転――というわけではなく、白いサマーコートに丈の短いタイトスカートなので、普段の彼女を見慣れていると白衣に見えなくもない。現在キノマタ宇宙港の気温瀬氏二十度前後。どちらかというと肌寒い明神丸船内よりも温暖で過ごしやすい。
「現地時間ではまだ朝っぱらですわよ。街で軽食を取ったら位相間エレベーターを使って六層まで下りる。そういう予定だったじゃ有りませんの」
荊とシャルロッテも現在は私服だった。故郷センゲンから持ってきた絹の服は目立つ上に動きにくいので封印。ロングのボーダーシャツに薄手のスカジャンとレギンス、銀髪を極力隠すためにキャスケットを深く被っている。シャルロッテはスカジャンが色違いなだけで荊とお揃い。非番の日を利用し、明神丸内の服屋に二人連れ立って購入したものだった。
「あなた方は低燃費で羨ましいですねえ。私これでも魔族ですからあ、多めに食べないと保たないんですう」
「初耳ですわ。一体どのような種族なんですの?」
「秘密ですう。旧術で探ってみたらどうですかあ?」
やはり里見接には秘密が多い。外見年齢にそぐわぬ高度な医療技術も、どこで身に付けたものやら。
「そんなつまらない詮索に旧術は使いませんわよ」
「若いのに真面目ですねえ」
「苦労してますから」
売り言葉に買い言葉のようだが、別にお互い険悪な雰囲気ではない。お互いがお互い、こういう性分なのだろう。
「翻訳ツールがあるとはいえ、見慣れない文字に囲まれると異国に来た感じがしますね」
シャルロッテは興味深げに周囲を見渡していた。明神丸船内のショッピングモールも主として倭語が使用されているが、地上は地上で別の趣がある。
笛や篳篥に電子リュートを合わせたストリートバンドなど、エレベーターに近づくにつれ街も賑やかになっていく。帽子を被っているとはいえ、金、銀、ピンクと三者三様の髪色は非常に目立つようで、人が多い分視線も感じる。あまり外出する機会の無かった身の上、命の危険すら身近な無人惑星や沈没船よりも、見知らぬ大勢に囲まれていた方が落ち着かない。
一方同行者二人は見た目平然としている。人生経験の差というものだろう。一芸に突出しすぎて人付き合いに不得手が出るという点においては、キサラギも自分もあまり変わらない、と今更に自覚した。
「昔を思い出します。上陸の度にマイスターにお供させていただいて、屋台のカリーヴルストなど食べながら色々なお店を見て回って。軍艦住まいで荷物を増やすわけにはいかないので、買うものはデータが多かったですけどね」
シャルロッテが昔を懐かしむように漏らす。年寄りのような物言いだが、実際六十年以上も昔の話だ。彼女自身が知覚している時間は一年にも満たない、数か月でしかないというのに。
「信じられませんよね。街には人がいて、色々なお店があって……世界の有様は今も六十年前も大して変わらないのに、時間だけが過ぎてるなんて。マイスターに未来へ進めと言われたのに、私だけ取り残されてるみたいで、自信が無くなってしまいます」
シャルロッテも悩んでいないわけではなかったのだ。今まで親しんだ世界から急に放り出されて、今から六十年後の異国に住めと言われれば誰だって心細くはなるだろう。
「たかが十五の小娘がこんなこと言うのも説得力はありませんけれど、生きている限り新しいものに触れるのは当たり前のことですわよ。わたくしだってこの間初めて銃を撃って、初めてガス車を運転して――四百年以上昔のものだというのに真新しさの塊でしたわ。戦闘中だというのに思わず興奮してしまったほどに」
だから時間など関係ない、とも言うことは出来ない。シャルロッテとクルップを引き放したのは六十年という時間に他ならないのだから。
「彼らは人の絶えた星で、尚も人を待っていた。己の存在理由を満たしてくれる人々を、四百年間。だから――ええと」
急に言葉が思い浮かばなくなった。説得力など無いと断った上で、歯の浮くような事を並べる羞恥に耐え切れなくなったか。
「生きている限り、何かが何百年だろうが自分を待ってるしい、自分も新しい何かを待つことが出来る。何かやろうやろうと逸らずとも。――いいんじゃないですかあ? それでえ」
荊の言葉は接が継いだ。まさにそれが言いたかったことだ。
「私は医者ですからねえ、患者が生きたいと願うなら万策尽くして生かしますよう。禁忌魔法じゃあるまいしい、いつか無くなる命を無限になんてできませんけどねえ。――憶えといてくださいよう? 自分から死にに行くような奴はさっくり見捨ててやるって意味ですからねえ」
ピンク髪の医者はサマーコートのポケットに手を突っ込み前を歩く。碌な倫理観も無いが、医術にだけは真摯な彼女の軸は、明神丸の中でも外でも全く変わっていないようだった。
位相空間用のエレベーターは、エレベーターというよりドームに近い。同様の装置がこの星に十二基存在し、六つの位相空間においてこの建物と魔法本体の制御施設だけが偏在しているのだという。元より手狭な衛星を十分に利用しようと設置された多重領域魔法。階層間では人や物資が頻繁に行き来し、居住者たちの生活を支えている。
高層から下層への移動には碌な身体検査も無い。薄手のスカジャンの内側には拳銃を隠し持っていたが、それも奪われるようなことはなかった。自衛自助を基本とするテラフォーミング時代から、宇宙社会は武装が認められている。その点はこのキノマタも同様だったが、もしもということもある。
銃といっても現在主流の光子充填式レーザーガンでは無い。火薬で鉛や錫の弾丸を発射する昔ながらの拳銃だった。荊がキサラギのコレクションから譲り受けたのは口径.22吋の自動式拳銃。反動も弱く、競技ルールでの練習も可能な汎用性から勧められたものだった。安全のため初弾は装填していないので、使用の際は安全子解除の上で一回コッキングしなければならない。
使用するシーンなど想像したくはないが。
「ぶっちゃけ私も乗るのは初めてなんですよねえ」
「な、なんか接先輩がそう言うと緊張してきました」
「シャルロッテさんは私を何だと思ってるんですかあ?」
呆れた風に接が言った。六層行きの待機部屋。作業服姿が大半で、女の三人連れというのはやはり浮いている。簡素なパイプ椅子で甘い炭酸飲料を飲みながら、空間移動のタイミングを待っていると、その時が来た。壁に取り付けられたランプが赤から緑に変化し、ぞろぞろと全員が移動し始める。こんな簡単に、転移や関所のような酩酊感もなく、位相世界を移動できてしまうものかと拍子抜けだった。
それでも、出口付近になると雰囲気の変化を実感する。醤油系の調味料や焦げた油、それに体臭、腐敗した生ゴミのアンモニア臭などが入り混じる混沌の臭い。これがキノマタ六層――最下級の星の臭いだ。
宇宙武装商船 明神丸 霊鷲山暁灰 @grdhrakuta
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