その聖地には推しだけがいない

にゃべ♪

聖地巡礼の少女

 3学期の終業式の後、帰ろうとする私を友達のアミが呼び止める。


「エリカー、春休みの予定あんの?」

「聖地巡礼」

「え?」


 私の答えに彼女の動きが止まる。何か怪しい想像をしているのだろう。私はすぐに詳細な説明をする事にした。


「聖地ってアニメの事だよ。アニメの舞台のモデルになった場所に行くって事。私、そのためにバイトしてお金貯めたんだから」

「ああ、推し活ってやつね」

「何でそう言う言葉は知ってんのよ」


 ここで私達は笑い合った。それから、予定があるなら今日は付き合えと強引にカラオケに誘われて、その日はアミと熱唱する。まるで送別会みたいな雰囲気になってしまった。アミ、あなたの予定に付き合ってあげられなくてごめんね。


 翌日、私は聖地巡礼に出発する。向かう先は瀬戸内海に浮かぶ小さな島だ。そこが私の好きなアニメ『青猫島の破天荒な日常』の舞台だって言われてる。ネットで見比べても、実際の写真を背景に使ったんじゃないかって思うくらいにそっくりだ。アニメスタッフがロケハンに訪れたと言う話もある。

 私は期待に胸を膨らませて電車を乗り継いだ。最後は当然船。島だもんね。


 1日に2回しか便がない小さな船に乗って、私は念願の聖地に到着。島の大地に足をつけたところで深呼吸する。そこで目に映る空までアニメそのままみたいに見えた私は、この時点で感動で胸を震わせていた。


 アニメのモデルになった場所とは言え、辿り着くまでが手間な事もあって作品のファンの姿はどこにも見えない。そもそも、アニメ自体がマニアしか見ないって言われてたからなぁ……。

 しかもアニメではそれなりに豊かに描かれていたけど、実際の島はほぼ限界集落。島の外の人間が泊まる施設もない有様だ。帰りの便に乗り遅れたら野宿するしかない。だからこそ、私は1秒も無駄には出来なかった。


 この島に来たのは、のんびり島を巡るためじゃない。アニメの放送回の順に島のあちこちを巡る事だった。つまり、最初は1話のメインの舞台、次は2話のメインの舞台と巡っていくのだ。そうやって訪れた方が作品を追体験するみたいで楽しいはず。

 事前のチェックで見た感じ、そう言う風に歩く事で満遍なく島を巡る事が出来るようだ。上手く作られてるなあ。


 私は行き先をメモしたスマホを頼りに歩き始める。1話の舞台はこの船着き場。2話の舞台は港前の小さなお店、3話の舞台はメインキャラが作った秘密基地を作った小高い丘、そして――。そんな感じで、昼前に無事12ヶ所を巡り終える事が出来た。1日がかりを覚悟していた私はちょっと拍子抜けしてしまう。


「この島、やっぱり小さいなあ」


 最後に着いたのは島の全貌を見渡せる展望台。ここで昼ごはんを食べようと、リュックからお弁当を出そうとしたその時だった。ここから割と近い場所がまぶしい光を放っている事に気付く。昼間にそれが分かるくらいだからかなりの光量だ。

 好奇心に駆られた私は、お弁当をリュックに戻してすぐにその場所へと向かう。


「え? 何これ?」


 私が目にしたのは、ゲームのセーブポイントみたいに光っているエリア。もしかして、アニメの順番に歩いた事で封印が解除された的な事なんだろうか? 私は何の躊躇もせずにその場所に足を伸ばす。


「わっ!」


 光るエリアに入った瞬間、周りの景色が歪んでいく。その歪みは地面の光が消えると同時に修正された。

 戻った視界に映ったのは、アニメと同じ光景。アニメのモデルの場所って意味じゃない、本当にアニメそのままの景色が私の目前に広がっていたのだ。どう言う事?


 寂れていた島は賑やかになり、家の数もぐんと増えている。元の世界の島には学校なんてなかったのに、そこには小中高校まで揃っていた。まんま『青猫島の破天荒な日常』の世界だ。

 私は狐につままれたような気持ちで、このアニメのままの世界を歩き始める。


「これ、幻覚を見ているの?」


 どこを見渡してもアニメのままの世界が広がっている。それだけじゃない、アニメで見たことのあるキャラがどんどんすれ違っていくのだ。つまり、アニメのキャラがここに実在している。

 一人二人なら、たまたま超そっくりなコスプレイヤーが島に来ただけだって思えたかも知れない。でも目にする全てのキャラに見覚えがあるのだ。絶対これはおかしい。


 そもそも、島の発展具合が違うのだ。幻覚か、いつの間にか寝てしまって夢を見ているか、それ以外には考えられない。

 私が考え事をしていると、前から歩いてきた人にぶつかりそうになった。


「おっと、ちゃんと前を見た方がいいよ」

「ごめんなさ……えっ? 津村くん?」

「ん、何で俺の名前を?」


 思わず名前をつぶやいてしまったのは、アニメのメインキャラの1人にそっくりだったから。しかも、目の前のそっくりさんは名前まで一緒だった。そこで、私はひとつの仮説を思いつく。


「アニメの舞台になった島が実在していた……って事?」


 もし今私が体験しているのが現実だったとしたら、つまりここは現実だけど現実じゃないパラレルワールド。そしてアニメは異世界の現実を描写していたと言う事になる。なにこれ、聖地中の聖地じゃん。尊い……。

 このトンデモ仮説を立証するため、私は出来る限り島の人々と交流した。お店の人、道ではしゃいでいる子供達、公園で遊ぶ少年達、井戸端会議をする奥様達、治安を守るおまわりさん……。アニメで出くる人達っぽい人に話を聞くと、その誰もが100%アニメの設定と同じだった。


 私はこの事実を前に、感動して思わず両拳を強く握っていた。


「……あれ?」


 ここまで来て、私は大事な事に気が付く。アニメで一番の推しの聖斗だけがいなかったのだ。とは言え、ただ出会っていないだけかも知れない。私はその可能性を信じて島中を駆け巡る。アニメのエピソードに沿った場所や建物も調べ回る。

 けれど、どこにもそれらしき人物は見当たらなかった。


 途方に暮れた私は探索方法を改める。自力が無理なら聞けばいい。そう、アニメで聖斗の知り合いだった人々に彼の事を聞いて回るのだ。近所のおばちゃんや子供達、お店の店員さん、聖斗の友人達……。

 一通りの情報を集めたところで、驚愕の事実が発覚した。


 彼も確かにこの島に存在していたのだ。誰に聞いてもみんな気軽に話をしてくれた。気になるのは、聖斗はこの島では本名よりもニックネームでよく呼ばれていて、その名前がアニメの監督の名前と同じだったと言う事。そして、そのニックネームで小説を書いてみんなに読ませていて、その内容がアニメの物語とそっくりだったのだ。


「もしかして、あのアニメの監督が……?」


 確かに、アニメの監督は謎の人物だとネット辞書にも書かれていた。ある日突然現れて、何らかの手段を使って企画を通してしまったらしい。そんな事は普通ありえないんだけど……。

 それで、肝心の彼の今の所在は誰も知らなかった。ある日、突然いなくなってしまったらしい。


 感動と落胆が同時にやってきて、私の感情はぐちゃぐちゃになってしまう。もう出来る事もないし帰ろうと思ったものの、この世界から元の世界に戻るにはまたあのセーブポイントを通るしかない。しかし、この場所に着いた途端に光は消えている。

 悪い予感を感じながらその場所に足を踏み入れたものの、案の定何の変化も起きなかった。


「帰れない……もうこの世界で暮らすしかないの?」


 戻る手段を失った私は、がっくりと膝から崩れ落ちる。頭の中は真っ白になっていた。空っぽになった頭の中では、アニメでも主人公が絶望するシーンがあったなと、そのシーンが自動再生される。


「そうか、こう言う時は……」


 私は背負っていたリュックの中から、推しのイメージカラーのサイリウムを取り出す。アニメの中ではヒロインが土砂降りの中でこれを振っていたのだ。

 聖斗のキャラソンを口ずさみながら、私は力なくサイリウムを振る。それはまさにエアライブの観客状態。


 すると、突然その場に光の柱が立ち上がった。この奇跡的な状況に私はただただ成り行きを見守る。この光の中から現れたのが、ずっと探していた私の推しの聖斗だった。


「やあ、待たせたね」

「せ、聖斗……さ……ま?」


 私は自分の目を、耳を疑った。そこにいたのは紛れもなくアニメの聖斗その人だったのだ。


「僕はこの島に戻りたかった。君はそれを叶えてくれたんだ。有難う」

「それって、どう言う……?」


 私が疑問を口にすると、彼は何も言わずに私を優しく抱きしめてくれた。この突然のラッキー展開に、またしても私の頭は真っ白になる。


「僕はこの島を出てはいけないと言う禁を破って、君のいる世界に渡ったんだ。だから、その代償で島には戻れなくなってしまった」

「そんな……」

「僕がこの島に戻るには、君のいる世界のこの島で正しい順番で歩いて入口を開ける必要があったんだ。そのヒントをアニメに託していた」

「それって……」


 ただの偶然って言葉が出なかった。聖斗を想って正しい事をしたんだと今は自分にそう言い聞かせる。


「でもね、君がこの世界に来ただけじゃまだ足りなかったんだよ。君が僕を想って、そうしてその合図を島の外に送る事。そうする事で道が繋がったんだ」

「そ、そうだったんだ……」

「僕は君の愛に救われた。結婚しよう!」

「は?」


 突然の大胆な告白に私の目は点になる。自作に込めた謎を初めて解いてくれた人に求婚する事を、彼は最初から決めていたのだ。それが私だった――。

 聖斗は私を抱きしめる力を強くする。ああ、このまま時間が止まればいいのに。


「気持ちは嬉しいのですけど、私はまだ」

「ダメなのかい? 僕は君をすぐに好きになったのに」

「大人になるまで待ってください! そしたら……」


 返事を聞いた彼は、優しい笑顔を浮かべて離してくれた。高校を卒業したらまた会いに来よう。その時は覚悟を決めて――。

 こうして、光の柱を通って私は元の世界に戻った。未来の約束を果たすために。

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その聖地には推しだけがいない にゃべ♪ @nyabech2016

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