魔王は勇者《推し》を待っている

ひゐ(宵々屋)

魔王は勇者《推し》を待っている

 その者が剣を振るえば、流れ星を思わせ。

 その者が魔法を唱えれば、聖歌を思わせる。

 人々が困っているのを聞きつければ、自分のことはそっちのけで助けに向かう。


 そんな彼を、人々は「勇者」と呼びました。


 今日も彼は、人助けを行っています。行商隊がモンスターに襲われているらしい……村でそう聞いた彼は、すぐに飛び出し助けに向かいます。敵は多数、勇者は一人。それでも舞うように剣を振るい、舞台の上であるかのように魔法を唱えるのです。


 そうして人々は、また彼に感謝します。あなたこそ「勇者」だと。


 もっとも、そこは田舎の中でも田舎。行商隊は小さく、積んでいた荷物もたいして価値がないもの。この事件について、こう言う人もいるかもしれません――助ける価値もないのに、無駄に体力と魔力を消費して。非効率的だと。そもそもこんなところで活躍しても、真の「勇者」とは認められないと。

 けれども。


「ああ、やっぱりあの勇者は違うなぁ!」


 声が響くは、その田舎から遥かに離れた場所にある魔王城。

 鏡に映っているのは田舎の勇者。玉座で目を輝かせそれを見るは、この城の主、魔王。


「おお、ひどく目が泳いでいる! 本当に面白い奴よ。普段は感情を顔に出すのをひどく苦手としているのに、ほめられ照れる際は、ああして簡単に出るのだから」


 鏡の中では、あの勇者が人々に感謝されていました。行商隊がモンスターに襲われていると聞いた際も、戦いの際も冷静だった彼が、いま、人々に感謝され、恥ずかしさのあまり落ち着きをなくしています。


 魔王は満足して玉座に座り直します。


「これでまた一つ、あの勇者の素晴らしさが世界に広がるぞ」


 すると、鏡の向こうで。


「あなたならきっと魔王を倒せるわ!」

「……そ、そんなことないです。世界には僕よりすごい勇者がいっぱいいますし……僕はこの辺りで頑張るのに、精一杯ですよ」


「――そんなことないってなぁ! それこそ『そんなことない』だぞ!」


 村人に自信なく返した勇者に、声が届くことはないものの、魔王は叫びます。


「勇者よ、お前はきっとできる! 頑張るのだ! またいい具合に事件を起こしてやる! いい具合にモンスターを配置してやる! それでお前はより技術を磨き、より名声を高めるのだ! そうしたらきっと……!」


 魔王がさっと指示を出せば、使いのコウモリが次の作戦を始めます。


 こうして今日も、魔王城では『推し活』が行われていました。



 * * *



 『推し活』。

 簡単に言えば『推し』を応援する活動。


 魔王が『推し活』を始めたのは、いつぐらいのことだったでしょうか。

 ただ、あの勇者を見つけてから、彼を真の勇者にするために、じわじわと『推し活』するようになりました。活躍を眺めるため、そして名声を高めさせるためにモンスターを仕掛ける。時に彼が討伐するモンスターや、潜り込む遺跡に便利な道具や高価なものといった「プレゼント貢物」を用意しておく……少し変わった『推し活』です。大胆なことはできません。もし彼と自分魔王が接触したと人々に知られたのなら、どういった方向に動くかわかりません。勇者は「勇者」を辞めさせられるかもしれません。


 ――「勇者」とは一人だけではありません。この世界には何百人、いや何千人もの「勇者」がいます。正しく言えば、彼らは「勇者の卵」。彼らは、魔王が世界を滅ぼすのを阻止するため、人々から認められる真の勇者を目指し、また魔王城の魔王を目指しているのです。


 ところが彼らは知りません。魔王が『推し活』に夢中なことを。


 「世界を滅ぼす計画」はどうしてしまったのかというと、魔王自身、どうして自分がそんなことを考えたのか、もうわからなくなっていました。推しに忙しいので。確か、むしゃくしゃしていたので滅ぼそうと思った……そんな気がします。

 世界を滅ぼす気は確かにあったのです。やる気はあったのです。最初こそ、積極的に行っていたのです。


 そんな日々の中で、あの勇者を見つけてしまいました。

 美しい剣と魔法。かわいらしいところもある性格。数々の勇者を眺めていく中で、彼のそんなところが気になりました。最初は本当に少しだけ。「へえ」と思った程度、それだけです。


 けれどもいつからか、彼のことばかりを見るようになっていました。彼の活躍がもっと見てみたいと、事件を起こしたり、モンスターを配置したりするようになりました。彼がそれで成功をおさめると、人々に彼の素晴らしさが広まります。そのことに気付いた魔王は、彼を応援するために、より『推し活』に励みました。


 そうして、いまに至ります。


 彼こそが真の勇者だと言う人々が増えてきました。相変わらず、勇者は恥ずかしそうにしていますが、どこか嬉しそうな様子もちゃんと見られます。


 推しの喜びは自分の喜び。魔王は一人、きゃっきゃと喜んでいました。



 * * *



 ついに彼が、真の勇者だと認められました。


 その技術、その名声が認められ、彼は大国から聖剣を授かったのです。


 聖剣を携えて向かうは、魔王城。この剣があれば、魔王城を囲むバリアを破けます。かつん、と足音一つを響かせて、田舎出身の勇者が入場します。


「掃除よし」


 玉座に座る魔王は、彼がここに来るのを静かに待ちます――推しが来るため、心臓は破裂しそうですが。


「剣もよし」


 魔王が身に着けた剣は、勇者の聖剣によく似た剣でした。まさしくそれは聖剣を模した剣であり、つまりそれは、勇者とお揃いの剣でした。


 ここが、推しの最高のステージになるのです。ついに彼に会えるのです。全ての準備は完璧です。


 たとえ、勇者の目的が自分の討伐であろうとも。

 自ら勇者と戦えること、勇者の美しい戦いを目の前で見られることは、最高の喜びです。


 ――玉座の間の扉が、重々しく開きました。

 立っていたのは、あの勇者。遠くから見ることしかできなかった、あの彼。


「――待っていたぞ、勇者」


 魔王は笑顔で立ち上がりました。


【終】

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