parhelic circle ー推し活ー

MACK

駅前広場の音楽


――たまには親孝行をしなさいよ。


 それに続く「孝行したいときには親はなしというでしょ」という耳タコ案件のフレーズに、はいはいと軽く返事をして電話を切って電車に乗る。

 巻き直していたマフラーを緩めて、息を吐く。


 長く自分の夢を応援してくれてる母をぞんざいに扱ってしまった事に若干の罪悪感が沸くが、スタイリストになるという夢を叶える事こそ親孝行であろうと思いなおし、先程まで故郷と繋がっていたスマホの画面を見て慌てる。


「いけない、いつもより遅くなっちゃった」


 日々バイトと専門学校通いで忙しいが、時間を死守し必ず決めた時間に帰宅できるように完璧にスケジュールを立てていたが、母からの電話を取るため途中駅で一度降りた事が響いてしまった。

 私の推しは自宅の最寄の隣駅前で、路上ライブをする二人組。二十台後半といった様子だけど、ずっと夢を諦めていませんという風貌と、歌詞の内容が自分を応援してくれているようで。


 二人の名前も本業も、何ならユニット名すら知らないが、右側に立つ粗野な印象の無精ひげの彼が特に気に入っていて、持っているギターの色に合わせてバッグの中の小物は赤をなるべく選んだりと、密やかな推し活に励んでいたりする。


 出会いのきっかけは、一駅分の電車賃節約のために歩くつもりで最寄りではない隣駅を使って。広場に出て最初に耳に飛び込んで来た音と言葉にハマりまくってしまったのだ。


 人通りの多い駅前なのに、彼らの前に足を止める人はその時は誰もいなかったけど、私が立ち止まって聞き入っていたら、それが呼び水になったのか気づけば他にも何人かが同じように耳を傾けていた。


 私は自分の手で人を輝かせたいと思い、スタイリストを目指しているから、この時自分が彼らを輝かせられたのだと感じて。そして彼らの輝きで自分も輝けたという気持ち。光の環が二つ出来上がって重なりあったようなレアな体験……。未だ夢は道半ばで取るに足りない自分だけど、彼らが私を特別にしてくれるのだ。


 それからは毎日、自分をきっかけに彼らの前に人垣が出来ていく様が私に快感に似た気持ちをくれて、欠かさずに立ち止まるのが最近の日課。これも私の密やかな推し活動である。



 いつものように最寄り駅ひとつ前で降りる。十五分の遅れだけど彼らは一時間ぐらいはいつもいるから大丈夫だろうと思いながら改札を抜けたが、普段なら雑踏に混じって聞こえてくるはずの歌声が今日はない。


 「今日はいないのかな?」と思った私の目に映ったのは、彼らを取り囲む人々。それぞれが手作りらしきCDを次々に購入している様子だった。


――彼らの歌が音源に!?


 脊髄反射のごとく欲しいと思った瞬間にはすでに一歩踏み出していたけど、自分の心に一迅の冷たい風が吹き抜けたようにも同時に感じた。

 多くの人に囲まれ次々と売れていくCDに対し嫉妬のような感情と、自分だけの彼らではないという一抹の寂しさ……。彼らは彼らだけで輝ける人達なんだという事に気付いての無力感。そして群がる人々に混じると一番推していたはずの自分が、一介のミーハーな人間に落ちぶれるように思え、すっと通り過ぎる。

 彼らがいるのに、立ち止まらなかったのは初めてだった。



 翌日は、時間通りに駅前へ。

 音楽がない駅前広場は全く違う景色に見えた。


「え? なんで?」


 あんなに人が殺到していたのだから、自分がいなくても彼らはやっていけるのだろうと思ったし、もしやメジャーデビューでも決まったのだろうかとも。

 立ち尽くす自分の肩が突然後ろから叩かれ、飛び上がる程驚いて慌てて振り向くと、推していた彼じゃない……もう一人の方が立っていた。


「いつも聞きに来てくれてありがとう、これ記念に」


 差し出された白いCDを反射的に受け取って、印象の薄い平凡な彼の顔を見上げる。


「俺ら音楽辞める事になったんで。ヒサシ……じゃなかった、相方の方はもう今日、田舎に帰っちゃったから」

「ど、どうして……?」

「俺らも三十になるし、そろそろ区切らないとなって。昨日、手売りでCDが百枚捌けたら続ける、ダメなら潔く辞めるって決めてたんだ」

「そんな、知ってたら十枚でも二十枚でも買ったのに……! あ、これのお金……」

「はは、ありがとう。お金はいいよ、それ最後の一枚だから。それじゃあ元気でね」

「え……」


 ラスト一枚、それが示す意味は一つしかない。

 私は呼吸も忘れて全速力で家に向かって走る。


――昨日、買っておけば!!


 自分はいったい何をやっていたんだろう。

 ただ立ち止まって聞くだけ、手持ちの小物を赤にするだけで、何で推せてるって勘違いしちゃっていたんだろう。

 一度も、「あなた達の歌が好きです、励みになってます」と伝えていなかった。友達にも同僚にも、素敵な歌い手が駅前にいると布教もしなかった。自分のやっていたことは、彼らの夢に向かうための栄養にならない自己満足でしかなかったのだ。


「うえ~ん、CDにお金を払いたかったよぅ。グッズ出してくれたら全種コンプする気概もあったのに~ライブするならチケット買ったし、知り合い全員分買って配って布教してみせたのにぃ~」


 すべては一期一会。生生流転。昨日あったものが明日あるとは限らないのである。


――全力で、推したい時には推しはなし……。


 スマホを握りしめ泣きながら実家に電話する。


「お母さん、親孝行させて、今すぐさせて」


 電話の向こうで困惑する母は、推し活とはこうするんだという見本のように私の欲しい言葉を一杯くれた。



これからは、全力で推す事をためらわない。


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