ヒミツの推し活☆

平 遊

第1話

「うふふ・・・・ふふふ♪」


私は朝から浮かれていた。

何気ない風を装ってはいたけど、ちょっとでも気を抜けば、頬が緩んで笑い声が口から漏れてしまう。

別に、今日が私の17歳の誕生日だからではない。

いや。

少しは関係ある、かな?

今日私は、自分の誕生日を自ら祝う予定なの。

大好きな地下アイドルグループのライブに赴いて。


「待っててね、私の『みうたん』。ふふふ・・・・」


チケットはもちろん予約済み。


いざ、出陣っ!


と、勢い良く教室を出ようとしたとたん。


七海ななみ


声とともに私の腕を掴み、行く手を阻んだのは、私の彼氏。


私の彼、三浦 駿みうら しゅんは超イケメン。

・・・・どちらかと言うと、陰キャなんだけど。

いつも端の方で静かにみんなを見てる感じ。

でも、偶に見せる微笑が、心を鷲掴みにするくらい衝撃的に尊くて!

彼の微笑を初めて見た時から、私はもうすっかり彼の虜で、片想いを貫く覚悟だったのに。

私のどこを気に入ったのか、高1の冬に彼の方から突然告白してきて、付き合うことになったんだ。

今でも夢みたいで、信じられない!だけど嬉しいことに、これは間違いなく現実。


でもね。

私、駿にまだ言えてない。

【推し活】のこと。

だって。

私の【推し】の『みうたん』は、『男の娘』だけで結成された地下アイドルグループ『ピンクサブグラウンド』のメンバーの一人。

だからもちろん、『みうたん』も『男の娘』な訳で。

・・・・言ったら、ドン引きされそうで、さ。

駿だけじゃない。

誰にも言ってないんだ、私。この【推し活】のこと。


「どこ、行くんだ?」

「えっ?!」


別にやましいことしてるわけじゃないけど、思わず声が裏返っちゃう。


「どこ、って?帰るんだけど?」


『みうたん』に会いにライブに行った後で、ね。


答えたあとに、心の中で言葉を付け足す。

うん。

嘘は、言ってないよ?


「1人で?」


駿の顔が、不機嫌そうに顰められる。


「七海の誕生日、俺に祝わせてくれないの?」

「・・・・へっ?」


駿の不機嫌の理由に、思わず嬉しくなりはしたものの。


困った。

これはものすごく、困った!


考えてみれば、今日は駿と付き合い始めてから初めて迎える私の誕生日。

駿は、一緒にお祝いしてくれるつもりだったんだ、私の誕生日を。


嬉しい。

それは本当に、素直に嬉しい!

でも。

でも私、今日は・・・・


ほんの一瞬の間で目一杯迷って悩んで。

私は、駿の手を取った。


「そんな訳、ないでしょ?全然誘ってくれないから、完全に忘れられてると思ってた!」


ごめんね、駿。嘘ついちゃって。

でもね。

嬉しいのは、ほんとだよ。

だって私、駿が大好きだから!



「ピアス、片耳だけだよね?」


そう言って駿がプレゼントしてくれたのは、細かいカット加工が施された、大きめのティアドロップ型のピアス。

動きに合わせて揺れるから、その度にキラキラと輝いてすごく綺麗。

小さめの目立たないピアスしかしていないのに、駿はよく見ているなぁ、なんて感心してしまう。

その場でピアスを付け替えると、駿は目を細めて嬉しそうに微笑んだ。


「うん。よく似合ってる。可愛いよ」


あの尊い微笑に見つめられながらメチャクチャ美味しいケーキを食べて。

私、幸せだなって思った。

でもやっぱり頭の片隅では、『みうたん』のことが気になってたんだ。


ところが!


『ピンクサブグラウンド』の公式サイトで今日のライブ情報を確認すると。

なんと、『みうたん』は出演していなかったとのこと。

ちょっと心配にはなったんだけど、体調不良とかではないみたいで、ホッとひと安心。


良かった、私、今日を駿と過ごすことにして。

なんて素敵な誕生日だったんだろう!


こうして私の17歳の誕生日は、幸せに過ぎたのだった。


そして、翌週。


私は『いざ、リベンジ!』とばかりに、ライブの準備を万端に整えて学校に向かった。

駿から貰ったピアスも、しっかりカバンに入れてある。

・・・・目立つから『みうたん』に見て貰えるかも?って思って。


そして、放課後。

教室を出ようとした私は、またも駿に行く手を阻まれた。


「七海、ちょっと付き合ってくれないかな?」

「ええっ?!」

「邪魔はしないから」

「・・・・は?」


駿の言葉にポカンとしたまま、しっかり手を繋がれた私はそのまま学校から連れ出され、気づけばライブ会場の最寄り駅。


「俺ちょっと用事あるんだ。七海も用あるでしょ?終わったら、そこのコーヒーショップで待ってて」


そう言うと、駿はスッと手を伸ばして、私の髪からシュシュを取る。

私のお気に入りの、真っ赤なシュシュ。


「ちょっと!なにす」

「後で返すから、ちょっとだけ貸してっ!」


そして駿は、私をその場に残して走って行ってしまった。


普通ならこれ、怒るとこだよね?

ていうか、なんで私がここに来る事知ってたんだろ?


不思議には思いながらも、内心ホッと胸をなで下ろし、私は急いでライブ会場へと向かった。


ああ、『みうたん』!

なんて尊いのっ?!


本当に人間なのかと思うくらいに、可愛くてキレイで。

薄化粧してウィッグつけただけであんななんて、これはもう人間業ではないと思うのよ。

神なの?天使なの?

あーもう、どっちでもいい!

その尊さで私の心を一杯にしてーっ!


【推し】の欲目かもしれないけど、私から見れば『みうたん』はグループ内でも断トツの美型なのに、なぜかいつも立ち位置は端の方。

まぁ、そんな控えめなとこも、魅力のひとつなんだけど。

陶器のような白い肌に、明るいアッシュのストレートの髪を、高めの位置でポニテに結んでいる。

毎度のごとく、『みうたん』ただ一人を目で追いかけていた私は、『みうたん』がクルリとターンした時にふと気づいた。


・・・・あれ?

あのシュシュ・・・・?


そして次の瞬間。

今度は、ほんの数秒だけ強いスポットライトの中に立った『みうたん』の耳元に目が釘付けになった。

そこには、今まさに私の耳についているものと同じピアスが!

しかも、私と同じ、片耳ピアス!


嘘でしょっ?!

こんな偶然、あるっ?!


一瞬、『みうたん』と目が合った。

私を見て、ニコリと微笑む。

それは、高校に入る直前の春休み、偶然ネットで見た『ピンクサブグラウンド』の配信ライブで、私の心を虜にした魅惑の微笑。


ああ、『みうたん』・・・・っ!

私このままだと、鼻血が噴き出してしまいそう・・・・


我を忘れて私は、ただひたすらに『みうたん』を見つめ、黄色い声援を送り続けた。



「ごめん、おまたせ」


ライブの後。

駿に言われたコーヒーショップでぼんやりとライブの余韻に浸っていると、駿がやってきた。

駿には色々と聞きたいことがあった。

だって、今日は何から何まで、おかしなことばかりだったから。

シュシュのことも。

ピアスのことも。

『みうたん』がやたらと、私を見てくれたことも。

だいたい駿は、ここに何の用があったのか。

今までどこで何をしていたのか。


「ねぇ、駿てさ」

「ん?なに?」


私の隣に座った駿に、思い切って聞いてみる。


「地下アイドルに・・・・」

「ん?」

「知り合い居たり、する?」

「・・・・は?」


駿は真顔でマジマジと私を見た。


ヤバイっ、引かれたっ?!


冷や汗が出はじめた時。


「やっぱりそのピアスにして良かった」


フッと、駿が私の大好きな尊い微笑を浮かべて、言った。


「舞台からも、よく見えたよ」


・・・・え?

舞台?


駿の言ってる意味が全く分からなくて。

多分私、ものすごーくアホみたいな顔をしてたんだと思う。

駿が私を見て吹き出したから。


「ねぇ七海。まだ分からない?」

「え?」


駿の両手が私の顔を包み込み、両の瞳が私の瞳を覗き込む。


「いつも応援ありがと。七海の応援が、一番嬉しいよ」


その声に、私の背中がゾクリと粟立った。


それは、いつもの聞き慣れた駿の声ではなくて・・・・


「みっ・・・・みう、たんっ?!」

「うん」


照れたような駿の微笑が、『みうたん』の微笑と重なる。


ウソでしょっ?!


頭の中がもうカオス過ぎて、私は強く目を閉じた。


駿が、『みうたん』なんてっ!

『みうたん』が、駿なんてっ!

それって、それって・・・・

『みうたん』が私の彼ってことっ?!


目を開けると、駿はまだ可笑しそうに笑って私を見ていた。

私は駿の両手を掴んで下ろしながら、言った。


「なんか今私、一瞬寝てたみたい」

「えっ?」

「アリエナイ夢、見てた。『みうたん』が実は駿とか。あはは」

「七海は起きてたし、夢じゃないけど?」

「あー、知らない分からない何も聞こえない」

「七海・・・・」


何を勘違いしたのだか、駿は悲しそうな顔をして目を伏せた。


違う違う!

これ絶対誤解してるやつっ!

あーもうっ、なんでそうなるかなぁっ?!


「私ね、実はある地下アイドルグループに【推し】がいてね。ライブとかめっちゃ行ってるんだ」


伏せられた駿の目が、チラリと私を見る。


「私、ほんとにその人が大好きだから。好きとか言うレベル、突き抜けてるから。これからもずっと【推し活】続けたいの。だからごめんね、駿」

「・・・・そうだよね、やっぱり」

「ライブに行く日はデートできないから」

「・・・・え?」


駿が目を見開いて私を見た。

その駿に、私は笑顔で頷く。


「良かった・・・・俺てっきり振られるのかと」

「なんで?」

「だって、七海の【推し】の『みうたん』は俺・・・・」

「知らない分からない聞こえない」

「七海?」

「私の【推し活】のこと、誰にも言わないでよ?駿にしか、言ってないんだからね?」


じっと目を見つめていると、駿は私の想いをようやく理解してくれたらしく。


「聞いた話なんだけど、ね。知り合いの地下アイドルから」


小さく笑って言った。


「いつも端っこにいるのにちゃんと見てくれている人がいるのって、ものすごく嬉しいんだってさ」

「そっか」

「俺もすごくよくわかるんだ」

「え?」

「七海はいつも、俺のこと見てくれてたでしょ?


駿はそう言って、あの尊い微笑を浮かべる。


「ありがとう、七海。大好きだよ」


あー、そんなことそんな顔で言われたら私。

鼻血噴き出してしまいそう・・・・



【終】

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