私のヒーロー

あーく

私のヒーロー

「サツに代わってお仕置きよ!」


ふとTVをつけたらニュースがしていた。


昨日の深夜、一丁目の交差点に怪獣が出たところを、キューティクルガールが現れて退治してくれたらしい。


キューティクルガールは怪獣が現れた時に現れる、黒髪ロングがトレードマークの謎の美少女だ。


そして、その正体を知るものは誰もいない。


さっきのはこのキューティクルガールが怪獣を倒した時の決め台詞だ。


本当は決め台詞なんてしてる余裕なんてないはずなんだけど――まぁ、ちょっとしたパフォーマンスだ。


最近は怪獣が現れる頻度も増え、物騒になっている。


今日もいつどこで怪獣が現れるかわからない。


私はあくびを一つして食パンを二枚テーブルに並べる。


「おはよう」


父が起きてきた。


父は眠い目を擦りながら椅子を引く。


メタボリックなお腹がテーブルに密着する。


用意された食パンをつかみ、一口かじる。


「いつも朝ご飯ありがとね。学校があるのに大変でしょ」


大変だと思うのならたまには早起きして、代わりに朝ご飯を作ってほしい。


母は私が小さい頃に出て行った。


私が高校生になった今でも帰ってくることはなかった。


父は食パンを食べながら新聞を読んでいる。


「見て!またキューティクルガールが怪獣をやっつけたんだって!」


それさっきTVで見た。


「いやーすごいよね毎回!」


父は彼女のファン、最近よく聞く『推し』というわけだ。


いい歳して恥ずかしくないのだろうか。


父の部屋には彼女の写真やポスターやグッズが大量に飾ってある。


娘の私じゃダメなのだろうか。


「次のニュースです。マスクド仮面お手柄、三丁目の空き巣を捕まえた、とのことです」


父は食事をしていた手を止め、ニュースの方を見る。


「へ、へぇ〜!このマスクド仮面もやるじゃないか!」


マスクド仮面もキューティクルガールと同様、正体不明の謎のヒーローだ。


父は急いで朝食を食べ終え、颯爽と出社の支度をする。


「じゃ、パパは会社に行ってきます」


私は手を振り、父を見送ると、父の部屋へ向かった。


「……また脱ぎっぱなしじゃないの」


部屋の入り口には、マスクド仮面のマスクとマントが脱ぎっぱなしになっていた。


そう、謎のヒーローの正体は父なのだ。


小太りでシルエットが父と同じだし、たまに衣装を脱ぎっぱなしにするし、マスクド仮面の話題になると露骨に避けたがるし。


本人は隠せてるつもりだけどバレバレだからね?


てかマスクド仮面ってふざけた名前はなんなのよ。


日本語にすると『仮面仮面』じゃないの。


私はそんな父が嫌いだった。


ヒーロー活動で忙しいのは分かるけど、そのせいで夕食はいつも私一人だ。


参観日にも一度も来たことがない。


休日も特に用事があるわけでもなく、ただダラダラしてるだけ。


こんなことならお母さんについて行きたかったな。




今日、学校はテストだったので早く帰ってきた。


相変わらず英語でいい点がとれない。


誰の遺伝だろうか。


てかキューティクルガールのキューティクルってキュートって意味じゃなかったんだ。


玄関の扉を開け、靴を脱いだ。


その瞬間だった。


「緊急速報!緊急速報!」


携帯電話からけたたましく音が鳴り響いた。


駆け足でリビングへ向かう。


急いでTVのリモコンの電源ボタンを押す。


どうやら近所のショッピングモールで怪獣が大暴れしているらしい。


TVでは実況中継が流れていた。


割れた窓ガラス。


折れて倒れた看板。


辺りから聞こえる悲鳴。


凄惨な有り様だった。


父は今会社のはず。


自宅からあのショッピングモールは意外と遠い。


あのショッピングモールは会社を挟んで、自宅とは反対方向だ。


衣装を取りに帰ってる余裕があるのか。


だって、衣装は部屋に――


急いで父の部屋に向かった。


扉を開けると、衣装はそこにはなかった。


すると、TVから声が聞こえた。


「マスクド仮面参上!」


リビングに戻ると、父――もといマスクド仮面の姿がTVに映っていた。


もしかして、私が家を出たのをわざわざ見計らって、取りに帰って来たと言うの?


普段だらしない父とは正反対の印象だった。


TVではマスクド仮面の活躍がありありと映し出されていた。


そういえばマスクド仮面の活躍を実際に見るのは初めてだった。


新聞やネット記事など文字媒体で活躍を見ることはあるが、正体が父だと知っていたからわざわざ映像は探さなかったし、TVでやってても父がすぐチャンネルを切り替えるのだ。


私は思わずマスクド仮面を応援した。


「マスクド仮面頑張れー!負けたら夕飯抜きだからねー!」


結果は言うまでもなく、マスクド仮面の圧勝。


幸い、怪我人は一人も出なかったらしい。


私は安堵の息を漏らした。


窓の外からは夕焼けの光が差し込んでくる。


一息ついていると、玄関の扉が開く音がした。


「ただいまー」


私は返事をした。


「お帰り」


「どうした?ニヤニヤして。いいことでもあったか?」


「いや、別に」


「そうだ、今日はプレゼントがあるんだ」


父が私にプレゼント?


今までそんなことなかったのに。


「ほら髪留め。その長い髪、勉強する時に邪魔だと思って。うちはあまりお金がないからこういうものしか買えなかったけど――」


私は頬を緩めた。


「うん、大事にする」


TVはマスクド仮面の話題で持ち切りだった。


夕食中、父は別のチャンネルを見たがったが、私はリモコンから手を離さなかった。


私は今、『推し』と食事をしている。




僕は目覚まし時計の音で目が覚めた。


リビングからトーストのいい匂いがしてくる。


僕はリビングで朝食の準備をしている娘に声をかけた。


「おはよう」


娘が返事をする。


「おはよう」


この頃、娘から返事をもらうようになった。


TVではキューティクルガールのニュースが流れている。


僕は思わず娘に話しかけた。


「キューティクルガールがまた活躍したんだって!」


TVの方を見ると、キューティクルガールがアップで映っている。


「ん?今日はあの子、髪結んでるんだ」

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