推しが四天王になったから他の3人倒して唯一王にしようと考えた勇者なのだがどうやら推しに嫌われているようです

くらんく

奴は四天王の中でも最推し

「言い残すことはあるか」


「ない。君に殺されるなら本望だ」


 ハッキリと言い切った俺とは対照的に彼女は少し困惑していた。


「なぜ本気を出さなかった」


「君があまりにも強かっただけだ」


 彼女の細い腕に握られた禍々しい深紅の鎌。

 その刃が俺の首筋に触れている。

 氷のように冷たいそれは、両膝を地面につけた俺の身を凍らせる。


「嘘だな。貴様は彼らを簡単に葬ったと聞く」


「じゃあ彼らが弱かっただけだ」


 彼らとは、魔界に君臨する王に仕える4人の強者、いわゆる四天王のことだ。

 厳密に言えば、彼女を除く四天王である。


「君は強い。四天王の中で最強だ。比べ物にならない」


 彼女は俺の言葉に眉ひとつ動かさない。


「それに君は美しい。戦場に咲く一輪の花だ。こうして話すことができて嬉しいよ」


 彼女は眉間にしわを寄せて目を細めた。どうやら訝しんでいるようだ。


「これは本心だ。嘘じゃない。俺はずっと前から君のことを見てきた」


 俺は前のめりになって話すが、彼女は驚いたように前蹴りを放つ。

 蹴りは顔面に直撃して俺は後ろに倒れた。

 咄嗟に彼女は鎌をどかして、大事には至らなかった。


「あ、ありがとう」


「礼など言われる筋合いはない」


 彼女は視線を外してそう答えた。

 感謝されるのに慣れていないのだろうか。

 だが彼女は一つ勘違いをしている。

 俺が礼を言ったのは命の危機を救ったからではない。

 俺が感謝しているのは……。


「足蹴にしてくれてありがとう」


「ハァ!?」


 いつも冷静な彼女の表情が崩れた。

 初めて見る表情にテンションが上がった。


「ずっと君を見ていたんだ。冷たい瞳に長い睫毛、スッと通った鼻筋に薄い唇と揺れる銀の短髪。細い手足からは考えられないような力強さと滑らかな動きで敵を圧倒するその技量。それだけじゃない。控えめな胸と露出している肩と腰の曲線美が見ている者を魅了する。きっと戦場でも多くの人々が君に視線を釘付けにされただろう。俺もまさしくその一人だ。軽々と振り回すその鎌は君のお姉さんから受け継いだものなんだよね。先代の勇者とお姉さんが相打ちしたって聞いてるからきっとその形見なんだろうね。でもそれを継承した君が四天王に選ばれたのはお姉さんの功績が評価されたからじゃなくて、君自身が努力して勝ち取った結果なわけで、そういう努力家な一面も君の素敵なところだし、努力しているところを他の人に見せないで黙々と鍛錬を続けているっていうのも本当にすごいと思ってる。ああ、それに君の声も好きだよ。本当は透き通るような声をしているけど威圧感を出すためにわざと低い声を出しているところなんかはとっても可愛いし応援したくなっちゃうな。そうだ、今日初めて知ったけど君の足って小さいんだね。24センチくらいだと思ってたけど今蹴られた感じだと22センチくらいかな?少し大きめの靴を履いてるんだね知らなかったよ」


「き、気持ち悪い……」


 彼女はゴミを見るような目をしていた。

 いや、ゴミでもこんなに冷ややかな視線を浴びたことはないだろう。

 それほどまでに嫌悪の感情が色濃く表れていた。


「さあ!今こそ勇者である俺を倒すんだ!」


 俺は膝をついた姿勢で両腕を大きく広げて声をあげた。

 

「いったい何が目的なんだ……?」


 彼女はあまりの急展開に怯えているようにも見えた。

 それもそのはず、彼女と因縁浅からぬ勇者が彼女のファンだったのだ。

 

 それだけではない。

 何故かその宿敵が他の四天王を瞬殺したのに自分にだけ降伏している。

 怪しいなんてもんじゃない。


「まず、君は俺の推しだ」


「もう気持ち悪い」


 一旦彼女の言葉は無視しよう。


「そして君のために何ができるかを考えた」


「頼むから死んでくれ」


 辛辣な意見だ。


「君は魔王の配下、四天王の一人だ。一方で俺は君と敵対する勇者に選ばれた」


「なんでこんな変態を勇者に選んだんだ。人材不足か」


 俺という存在に慣れたのか、彼女は饒舌になってきている。


「そこで俺は閃いた。四天王の他3人を倒して君を唯一王にしよう、と」


「発想が馬鹿すぎるし、倒された3人が不憫すぎる」


 3人については同情します。


「そしてついに君と巡り会えたんだ」


「ロマンチックに言うな殺すぞ」


「君に殺されるなら本望!」


「気持ち悪い!近寄るな!」


 彼女に擦り寄っていくと前蹴りが顔面にヒットした。

 だが俺はそれを予期していたので上半身の力で彼女の足を押しとどめる。


「ご馳走様です」


「うわあ!気持ち悪い気持ち悪い!」


 彼女は何度も何度も蹴りを見舞う。

 しかし俺は当代最強の人類に与えらる称号、勇者の名を有する者。

 その程度ではやられはしない。


「うわー、やられたー」


 だが、彼女の強さを後世に伝えるために俺は敢えてやられてみせるのだ。


「ハアッ!」

 

 次の瞬間には仰向けに倒れる俺に跨るように彼女が追撃をかける。

 荒い息のまま彼女が俺を見下ろし、鎌の峰を首へと押し当てた。


「くっ、殺せ!」


 わざとらしいかもしれないが、悔しがる姿を見せて攻撃を誘う。

 これで彼女が勝者となればこれからの彼女のキャリアは安泰だろう。


「何がしたいんだ貴様は!」


 なかなか止めを刺してくれない。


「だから俺は君に――」


 言葉の途中で鮮血が舞って、俺の顔面は血塗れになった。


「どうした!大丈夫か!」


 なんて優しいんだ。

 彼女は敵であるはずの俺を心配してくれている。


「お前まさか、余命が僅かだから私のために命を使おうとしていたのか……!」


 俺の口の周りを赤く染める血液を見て彼女は呟く。


「そんなことをして残されるお前の家族はどうなるんだ!」


 家族の心配までしてくれるのか。

 大丈夫、俺に家族はいない。

 心配してくれる人なんて誰一人いないんだ。


「オイ生きろよ!こんな所で死ぬんじゃない!人類最強の男なんだろ!」


 彼女は姉を失くしてから命の大切さを知ったのだろう。

 だから彼女は誰かを守るために戦う道を選んだのだ。

 そんな君だから、俺は殺されてもいいと思えた。

 

「……し……ろ」


「なんだ、よく聞こえない」


「……しろ」


「敵である私に何をしろっていうんだ。やりたい事があるんだったら生きて自分で成し遂げろ!」


「……違う」


「違う?何が違うんだ?」


「パ……」


「パ?」


「パンツ……白……」


 彼女はハッとした。

 仰向けに倒れる俺とそれに跨り見下ろす彼女。

 その位置関係と視線の向き。


「じゃあ、その血は……?」


「……鼻血」

 

 彼女の純白の下着に興奮した俺の血管が破裂し鼻血が勢いよく噴き出た。

 そして仰向けのため喉へと逆流し呼吸が上手くできなかったのだ。

 彼女に心配をかけて申し訳ない事をした。

 だが別に病気でも何でもない。

 別に余命も短くない。


 彼女は顔を真っ赤にして俺の上から飛び退いた。

 そして深紅の鎌を大きく振りかぶる。


「死ね変態」


 余命は短かった。

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推しが四天王になったから他の3人倒して唯一王にしようと考えた勇者なのだがどうやら推しに嫌われているようです くらんく @okclank

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