0円からはじめる省エネ推し活

λμ

祈り

 高遠たかとお英心えいしんは自宅ワンルームのリビングで胡座あぐらをかいて思案していた。


 何も持たずに推し活をはじめるには、どうすればよいのか。


 世間では流行しているらしいが、かつて流行りに乗ってミニマル生活を推し進めた結果、部屋に物を増やすのが気持ち悪くて仕方がなくなっている。


 必然として金は余っているから、それをぶっこめばよいのだろうか。


「でもなぁ」


 英心は首を傾げる。

 そもそも、推したいものがない。

 ならやらなきゃいいではないかと思うが、流行りに乗れずにいるのはあまりに悲しい。せめて聞かれたときになんたら推しですと口にできる程度に、何かをしたい。


 となれば、ここは。


「まずは、感謝をしよう」


 英心は思い立つ。推しがあるということに謝意をもつ。肝心要の推しはいないが、とりもなおさず感謝をしよう。


「存在していただき、ありがとうございます」


 英心は膝を正し、とりあえずベランダを向いて頭を垂れた。肉体という頸木くびきから解き放たれた謝意は行き場を失い、虚空に拡散していく。


 次に、金もかけず物ももたずできる推し活は何か。


「……推しがあることを、祈ろう」


 無論、英心の心のうちに推し――すなわち応援したい対象など存在しない。

 架空の推しがいるでもない。

 しかも、無ですらない。

 流行りに乗じ、推しを推すという営為のみを、概念通りに再現しているのである。


「また明日も、健康であって下さい」


 誠心誠意、心を込めて、祈りを捧げる。

 指向性を伴わない祈りが夜闇に溶け、世界に浸潤していく。

 英心は、この時点で、推し活をしようという意志のみをもって推し活していた。

 推される対象は、今そこに、たしかにあった。

 あったが。

 形而上学上の推し――いや、より正確に言えば、推されがあった。

 それは推されうる推されであり、英心が推しうる推しである。

 しかし、誰にも観測できない推しだ。

 推している英心自身の理解を超えた存在しない存在があるのである。

 

「他に、できることは……」


 ない。

 ハンドメイドのグッズを作ろうにも、明確な形を与えられない。

 否。

 与えた瞬間、英心の推しは推されうる推しでなくなってしまう。

 では、何かを買うか。

 否。

 資金を投じたときから、推しを象徴しうる具象が生まれ、英心の推し活は終わる。

 ――と、なれば。


「祈ろう」


 英心は、推しに祈りを捧げた。


 あるいはそれは、推しえ推されうる万物に投げられた、無色透明の願いであったかもしれない。

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