恋したハーピー

しらす

恋したハーピー

 ハーピー。

 それは人間の女の胴体と頭を持ち、鳥の翼と尾と足を持つ怪物だ。

 若い人間の男をさらって、巣に連れ帰って食べるということで有名である。

 だがそんな彼女たちの中に一羽、奇妙な例外がいた。



「ああっ……! ダリウス様の尊いお顔! そでから覗く引き締まった腕の筋肉! それにはち切れんばかりの胸元と太もも! まさに神の造形だわ……!!」


 ここはとある山裾やますその村である。

 毎日畑の世話に精を出しているダリウスの頭上を、一羽のハーピーが頬を赤らめながら飛び回っていた。


「また来たのか、お前……」

 うんざりした顔のダリウスに一向に構うことなく、ハーピーは彼の隣に着地すると、持っていた紙にダリウスの姿を写生し始めた。


「ああ、ああ! その呆れた顔もたまらないわ、もっとお願い!」

「もう来るなって言っただろうが、このバカハーピー!!」

 いかつい顔をさらに怒りにゆがめてダリウスが怒鳴っても、ハーピーはますます喜ぶばかりだ。



 実は一か月前、このハーピーはこのダリウスをさらって食おうとしたのである。


 しかし肩をつかまれ空中に持ち上げられた彼は、両手で彼女の細い足首をむんずと掴み返して肩から引きはがすと、空中で豪快に振り回しはじめたのだ。


「キャアアアア!!イヤぁ、目が回る、落ちるゥウウウ!!」

 悲鳴を上げて失速するハーピーの足を掴んだまま、ダリウスは器用に空中で彼女と上下を入れ替えると、そのまま木の上に突っ込んだ。


 ドーンバキバキ、バサバサ、ドスン!

 枝を何本か折りながらも、それが衝撃をやわらげて一人と一羽は大した怪我もなく、無事に地面に着地した。


 だがハーピーは目を回して、地面に仰向あおむけになっていた。

 はっと気づいた時には、ダリウスの腕が彼女の顔の両側にあり、目の前には彼女をにらみつけるいかついダリウスの顔があった。


 彼は右腕を上げてハーピーの鼻先に指先を突きつけると、太い腕の血管をピクピクさせながら低い声でこう言った。

「おい、二度と俺を食おうなんて思うんじゃねぇぞ。今度やったらお前を焼き鳥にして食ってやるかな」


 

「その時の声がまたシブくてカッコよくて……ああっ! あたしタマゴ産めそう! はいこれ、今日描いてきた彼の顔よ!!」

 自分の体を抱いてくねくねしながら、ひとしきりダリウスの話をしたハーピーは、写生してきたダリウスの似顔絵を仲間のハーピーに配り始めた。


「また始まったわ、エディーンの病気が……」

「はいはい、分かったからあなたも何か食べなさい。そのダリウスは食べられないにしても、何か食べないと死んじゃうわよ」

「死んじゃう? そうね、彼のためならあたし、死んでもいいわ!!」

「ああもう、今度の病気はいつ終わるのよ!!」


 すぐ人間の男に惚れてしまうハーピー、エディーンの恋の病気と布教活動は、今日も続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恋したハーピー しらす @toki_t

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ