推さなきゃ消える!

辺理可付加

推さなきゃ消える!

 僕はしがない独身サラリーマン。会社と家を往復したりしなかったりする日々。

趣味無し友無し貯蓄無し、何も無いのに身軽どころか気分と足取りが重い僕の唯一の癒しは、


『みんな〜〜! 今日も「♡甘子のミサイルゾンビチェーンソーミゾチェ実況生配信♡」! はっじまっるよぉ〜〜!』


動画投稿サイトで活動するバーチャルアイドル『尼子甘子あまこあまこ』ちゃんの配信を見ることだ。彼女の甘々な声と萌え萌えなトーク、そしてギャップのある絶叫リアクションは僕の鼓膜を世界で一番の幸せ者にしてくれるし、ゲーム自体も沼ってイライラすることがないくらいには上手い。

そして何より、ピンクのボブカットに甘ロリのファッション、髪留めから胸元や手首、二の腕にまで散りばめられた様々な形のキャンディーを模したアクセサリー、更に


甘々に揺れる大きなお胸。


モデリングが最高に僕の好みなのだ!

今の僕はこの甘子ちゃんを鑑賞するためだけに生きていると言っても過言ではない。


そんな甘子ちゃんを命綱としている僕だが、実は今とっても不味い状況に陥っている。

それは、このままでは甘子ちゃんが消えてしまうかも知れないということだ。



 二○三六年、日本。もう結構な期間少子高齢化ランキング世界皇帝の名をほしいままにしている、界隈では有名な覇権国家である。

それに比して介護・福祉業界は過酷な労働や薄給などマイナスイメージが広く深く浸透し、新規の担い手を獲得出来ないでいる。


「じゃあ過酷な労働内容はどうしようもないとして、せめて高給取りにすればやる人増えるんじゃないの? よく分かんない中抜きだけしてる会社の人に月給八〇万とか出してないでさ」


という意見もあるが、保育園不足でSNSに「日本死ね」と書かれた時の話を思い出してほしい。

保育園不足は保育園にお金が無いし国からの助成金も出ないので経営出来ないのが原因、というのを覚えてらっしゃるだろうか。

つまりは不景気赤字増税のジェットストリームアタックで壊滅した日本連邦軍には、その問題を解決する体力財源が無いのである。

つまりヘル国家日本がこの現状から脱却するには、介護・福祉の人材増加と景気回復の両輪を為さねばならないのだった。


 そこで日本政府は画期的な解決方法を思いついた!

無職の人々は当然として、売れない芸能人からスーパーマーケットの登場で瀕死な商店街のお店、低賃金でしかも最悪無くても生きてはいける物の製造やサービスに従事する労働者といった、イマイチ経済回すのに貢献してなさそうな人々を強制的に廃業させて介護や保育の業界に入れてしまうというものである!

当時は国民中から批判が巻き起こり、「オシャンティジャパン 〜美麗たる国〜」のスローガンによって儲かりもしなきゃホームセンターに売ってるもので代用が効くような伝統工芸の後継者にも人材を宛てがい始めた時は野党から


「矛盾だ!」


と叩かれもしたが、結局みんな与党の対外折衝と同じように遺憾の意しか示さないから、なんだかんだ政策は施行された。

あと自衛隊に人を入れる方針が決まった時も荒れた。


そしてその廃業する対象には当然ブレイクしていないバーチャルアイドルも含まれているのである!



 さて、長くて鬱な近代史を履修してもらった諸君なら既にお察しと思うが、

そう! 僕の甘子ちゃんは今現在その崖っぷちにいるのである!

ポテンシャルはあるのに運と時節に恵まれなかったか配信の同接も少なきゃSNSのフォロワーも激渋!

このままでは専業バーチャルアイドルである甘子ちゃんにも通称『赤紙』が届くのはそう遠くない!

見た目、声、トーク、プレイスキル! この全てが一流と言っても差し支えない甘子ちゃんが無に帰すなんて勿体無いじゃないか!

でもこのままじゃ消える! 儲からせなきゃ消える!


推さなきゃ消える! 消えてしまう!


 しかし諸君。僕もこの絶望的状況を、ただ指を咥えて見ているわけではない。そう、この動画投稿サイトには画期的でダイレクトに、しかも即効性を持ってバーチャルアイドルを支援出来るシステムがあるのだ。


そう! それが投げ銭機能『スーパーチャット』!


配信しているバーチャルアイドルへコメントを送る際に、なんといくらでも好きなだけ現金を付与することが出来るシステムなのだ!

これでバーチャルアイドルは政府の毒牙に掛からないよう儲けることが出来るし、僕らもお金を払っている分優先的にコメントを推しに読み上げてもらえるのだ! その上感謝までされちゃう!

なんて素晴らしいシステムだろう!



『ぎょええあああああぁぁぁぁ!!!???』


トマトゾンビの奇襲を受けて癒しの叫びをあげる甘子ちゃんに、僕は今日もスパチャを投げる。


『あぅう〜〜、ビックリし過ぎてなんか背筋痛めちゃったよぅ……。あん……。あれ? あーー! スパチャ! なになに、「SHIN-ITI @あまちゃる軍旗本」さんから「あまちゃる今のは怖かったねぇ(;ω;`)ヾ(´∀`*)ヨチヨチ」だって! ふわぁ、ありがとうございますぅ〜〜! SHIN-ITIさんのおかげで怖くなくなりましたぁ〜〜! ヴェッ!? 五千円も!? 本当に本当にありがとうぅ〜〜!』


あぁ! 今あまちゃるが僕に『ありがとう』って、『ありがとう』って!

天にも登る心地とはこのことだ! この為なら五千円ごとき痛くも痒くもない! 趣味も付き合いも扶養も無い僕にはお金がそれなりにあるし(貯蓄は無いしその原因がスパチャだけど)、同僚達が飲みやキャバクラに行ってることを思えば特別散財でもない。

何よりこれがあまちゃる、失礼、甘子ちゃんの存続に繋がると思えば……!



 あれから二ヶ月、バーチャルアイドル尼子甘子は廃業した。悲しい。

僕や他のあまちゃリスト達はスパチャの額を上げて抵抗を続けたが、それも全て虚しく終わった。あまちゃる軍敗北。

さよならあまちゃる、僕に生きる理由を与えてくれてありがとう。君のことは忘れないよ……。


はぁ、僕が応援するバーチャルアイドルが散って行ったのはこれで四度目だ。毎度毎度頑張ってスパチャするんだけど、やはりどうしても少ないファンでは力が及ばない。

またも生きる理由を失ってしまった……。


だけど心配ないさ! 今の僕には新しい生きる理由がある!

それは動画投稿サイトで活動する新人バーチャルアイドル『不知火しらぬいでこぽ』ちゃんだ! デコポンをモチーフにしたデザインをしている彼女の愛くるしさと言ったら!


しかし一つ懸念点がある。

それはでこぽちゃんも風前の灯バーチャルアイドルということだ。新人といえども政府は容赦無い。もう二度とあんな悲劇を繰り返さない為に、でこぽちゃんにはしっかり稼いでもらわねば!

もうすぐでこぽちゃんの配信が始まる。昨日が給料日だったので僕頑張っちゃうぞ!



 東京、霞ヶ関某所。


「じゃあ木佐貫きさぬきくん、今日も配信、よろしく頼むよ」

「はい、課長」


木佐貫千綾ちあやはバーチャルアイドルの『中の人』である。今日も配信があるのでスタジオに来ている。


「あーーあーーあーーあーーあーー」


千綾が控室で発声練習をしていると、


「あーーまっちゃるっ♪」


同僚でバーチャルアイドルの『晴々はればれ・スカイハイ』を担当している天城榛名あまぎはるなが後ろから両肩に手を掛けてきた。


「もう。榛名、甘子はこの前廃業したのよ」

「そうだったそうだった。新しいガワに変わると大変だよねぇ」

「えぇ、演技が一緒だとそこから廃業したのと同一人物って特定してくる人がいるものね」

「にしても新しいヤツのボイスチェンジャー、また随分とクセがある声に設定したねぇ」

「なるべく甘子から遠くしたくて」

「それはあるね、近いとバレやすいし。私も今のアレ、前のガワの反動で『普通じゃ絶対無理〜〜!』って高さにしたし」


千綾は一口水を飲んだ。これから喋り通しになるから喉は潤しておかなければ。先ほど配信が終わった榛名はもうどうなっても平気なので強炭酸のコーラを飲んでいる。


「それにしてもさ。画期的だよね、『国家バーチャルアイドル計画』」

「えぇ、お金を使ってくれない若者達もスーパーチャットなら目の色が変わったように経済を回してくれるし、それが全部国庫に入るから財政も少しづつ上向きみたいよ」

「増税すると支持率下がるからね。上手いお金の巻き上げ方だよホント。しかも『稼げないとあなたの推しが消えちゃう〜〜!』なんて悲壮感出して煽るしマジでエゲツない」

「一人千円でも、全部の国家バーチャルアイドルを合わせて一万人からスパチャもらえば一千万ですものね。しかも実際はもっと大きい額を投げてくれる人がいるし。でも、一々引退させる意味あるのかしら」

「『ホントに消える』って見せしめと〜〜、なんだっけ、低いラインで安定しだした時に『いつまでも貧乏商法やってる』って叩かれない為とか聞いたよ?」

「やっぱり億単位からお金動かす立場になると、小口の収入は見合わないのね」

「そういえば今度、運営のお偉いさんにいいポスト用意する条件で大手の企業Vアイドル買収するらしいよ。ゴリゴリ『税金』入るね」

「もしスパチャが国のお金になるなんて知られたら人気崩壊でしょうけどね。なんだか騙してるみたいな気分だわ」

「そんなこと言ったって、私も千綾ちゃんもコレのおかげで生きてるんだよ? もやしとお米のドカ食いでお腹埋めてた売れないアイドル時代を思い出してごらん?」

「それは……、そうね。この職場なら福利厚生もいいし収入も安定してる。打ち合わせもあったりするけど、配信の時間だけで見れば普通の会社勤めより労働時間も少ないし」

「あーー、ホント国家公務員最高」

「じゃ、榛名。私、配信行ってくるわ。お疲れ様」

「今度焼肉行こうよ〜〜」

「はいはい」



『やぁ諸君、今日もでこぽのバカゲー実況生配信、始まるよ? おや、早速スパチャありがとう。えーー、「でっちキターー♪───O(≧∇≦)O────♪」と一万円! 「SHIN-ITI @でっち果樹園経理部」さん、いつもありがとう。嬉しく思うよ。それじゃあ早速……』

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