推しの色に、染まりたい!【KAC20222:推し活】

冬野ゆな

第1話 今日も推しに染まって頑張って生きようと思う

「はああ~、今日もいいご尊顔だった……」


 私は自分の部屋で手を合わせた。

 目の前には、自分のスマホ。そしてその画面には、アイドルのジュン君が写っている。

 公式が出しているものではなくて、普段のジュン君の素の顔が写っているものだ。

 ……正直、隠し撮りだなんて言われるとちょっと心苦しいけど、ひとつだけ言い訳させてほしい。


 それというのも、いま私が住んでいるこのマンションに、ジュン君が住んでいるのだ。


 彼の名前は宇津井純。名前が純だから、カタカナにしてジュンだ。

 新進気鋭の男性アイドルグループ「トリプルエックス」のメンバーで、ジュン君はいわば「ちょい悪系」キャラだ。ぶっきらぼうで、他の二人と違ってファンを見下すような言動が多々あり、Mっ気のある女子にはたまらない……らしい。SNSの更新も他の二人と違ってまちまちで、宣伝の他にはたまに呟く程度。ごく稀に買った小物なんかをアップすると、ファンの間では騒ぎになる。中には不仲説まで出てくる始末。


 だけど、このマンションに住んでいる彼は、それとは少し違う。

 少し口下手な感じはするけれど、ちゃんと挨拶もできるし、トリプルエックスとはまた違う顔を見せてくれる。

 誰かに電話しているのをたまたま聞いてしまった時は、敬語を使って何度もお礼を言ったり、笑ったり、礼儀正しかった。ステージに居るときとは本当に真逆で、他の二人との不仲説なんて飛んでいってしまった。いわゆるギャップ萌えってやつだ。


 男性アイドルなんて、もっとセキュリティのしっかりしたマンションにいるイメージだった。だから、最初見たときはこのマンションに住んでる人、という以上の認識が無かった。

 そもそも私はアイドルグループに興味なんて無かったのだ。でも最初の一週間ほどで、すっかりファンになってしまったのだ。

 次の引っ越し先を考えていた私を微妙に引き留めるに十分だった。

 気がつけばトリプルエックスの公式サイトを探し、YouTubeでアップされている動画を見て、ジュン君のSNSを見て一喜一憂していた。ジュン君がたまにアップする私物を見て、同じものを探すまでになってしまった。こういうのはファンっていうのだと思っていたけれど、いまだと『推し活』というらしい。

 特に、ジュン君のSNSにあげられた私物と同じものを買って、同様にSNSにアップする人がいる。そのコメントに、どこで買ったんですかとか、羨ましいとかいう声があがった。私はどきどきした。私だって羨ましい。

 目立ちたくはなかったけれど、私の中でその思いは膨れ上がっていった。


 私だって、推し活がしたい!!


 推しと同じものを使って、推しの色に染まりたい!!!


 どこかに向かって叫ぶ代わりに、私は強い思いを抑えきることができなかった。

 だから、私は恐る恐る同じものを手にして、SNSにアップした。

 同じ推し活をする人たちとキャーキャー言い合った。さすがに同じものを買うのはちょっと、というファンもいてがっくりきたけど、それはそれ。いろんな考え方の人がいるから、という言葉に励まされた。


 SNSを見ると、私が数日前にあげた写真にコメントが集まっていた。

 部屋のテープルの上にあったものを一旦片付け、パシャッと一枚撮ったものだ。

 ジュン君のSNSに写っているテーブルと同じものだ。本当はここに祭壇でも作ってしまいたいけど、そういうわけにはいかない。祭壇は作れないから、作れる人が本当に羨ましい。

 テーブルの同じところに傷があることを指摘された時は、さすがにちょっとドキッとした。

 ジュン君はこっそりファンのSNSを見てる噂もあるから、余計に。


 明日はどうしようかなと思いながら、眠りにつこうとした。

 そのとき不意に、壁の向こうが騒がしくなっていることに気がついた。

 今日はずいぶんと大人数で帰ってきたのかもしれない。


 静かにしておこうかな。


 ジュン君の声がほとんどすぐ近くで聞こえる。ガタガタと音がしたとき、ようやく異変に気付くことができた。

 そうだった。こんなことをしてる暇なんかなかった。


 ……しまったなあ。


 でも、もうどうしようもなかった。

 暗い部屋の中にまぶしいほどの灯りが差し込んだ。目が合った先にいたのは、ジュン君の引きつった顔だった。







「本日午後未明、人気アイドルグループ「トリプルエックス」のメンバー・宇津井純さんの自宅マンションに侵入したとして、四十三歳の住居不定無職の女が逮捕されました。


 女は宇津井さんのバスルームの天井に隠れて生活していて、『この部屋が宇津井さんの部屋だとは知らなかった。一ヶ月ほど生活していて、出ていくつもりだった』と供述。しかし、女はインターネットの交流サイトなどで、宇津井さんの部屋を無断で投稿。『宇津井さんと同じ物を買った』などと書き込み、いわゆる『推し活女子』として活動していました。

 このことを受け、トリプルエックスの所属事務所はコメントを発表。


 また、女はこれまでにも同様の住居侵入を何件も繰り返していたことをほのめかしていて、警察は余罪があると見て捜査しています。


 それでは、次のニュースです……」

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