シュレディンガーの彼女
月城 友麻 (deep child)
シュレディンガーの彼女
「ねぇ? なーに見てんの?」
ボサボサ髪のパッとしない男子高校生、
へ?
そこにはクラスメートの
「何それ? マンガ?」
人懐っこい笑顔で畳みかけてくる。
「こ、これはラノベだよ」
陸はほほを赤らめながら、青い髪の少女の挿絵が映ったスマホを見せた。
「ふぅん……。陸はこういうの好きなんだ?」
首をかしげながらそのかわいい女の子のイラストに見入る。
「か、彼女、すごいんだよ。宇宙一強いの! 俺の一番の『推し』なんだ」
つい興奮してまくしたてた。
「宇宙一? この娘が?」
「そう、かわいい顔して地球を蒸発させたりするんだよ」
「は? 極悪人じゃん」
怪訝そうに聞いていた栞は、突拍子もない説明に思わず突っ込む。
「いや、そうじゃなくてね。蒸発させても元に戻せるんだよ」
「ふはっ! そりゃ、ひどい話だね」
思わず吹き出した栞は、ジュース片手に楽しそうに陸の隣に座った。
(えっ!?)
陸は焦る。こんなところをクラスメートに見つかったら何て言われるか……。つい店内をキョロキョロと見まわしてしまった。
そして、知り合いがいないことがわかると、ふぅと大きく息をつき、『推し』の世界の魅力を語り出す。
「ひどくないんだって、それがこの宇宙の本当の姿なんだ」
「ん? 現実と混ざっちゃってる? 大丈夫?」
怪訝そうな顔をしながら、ストローでオレンジジュースを吸った。
「この世界はね、コンピューター上に作られた仮想現実空間なんだ」
ニコッと笑う。
「またまたぁ。証拠は?」
「二重スリット実験というのがあってね、この世界は観測者が事象を確定しているという実験結果があるんだよ」
「どういうこと?」
首をかしげる栞。
「つまりだね……」
陸はそう言いかけて、止まってしまった。
ミクロの世界では物質は波と粒子の性質を併せ持つ不思議さを説明しようとしたのだが、それはややこしかった。
すると、窓の外を野球少年たちが駆けていった。
陸はそれを見てニヤッと笑うとつづけた。
「簡単に言うとね、ピッチャーが球を投げるとして、バッターが目を開けるとボール、目を閉じるとストライクになるっていう奇妙な現象が実験で見つかったんだ」
「へ?」
「ピッチャーが投げて、バッターの目の前に球が来た時に目を開けるとボールは遠く逸れ、そのまま目を閉じているとど真ん中のストライクになるんだ」
「またまたー」
栞は肩をすくめる。
「実際には電子を飛ばすんだけど、ミクロな世界では観測するかしないかで過去の電子の飛ぶ軌道がガラッと変わっちゃうんだ」
「なんで?」
「この世界は観測することから逆算して作られているからだよ。つまり、僕が見るから栞はここにいるってことさ」
栞は眉をひそめ、腕を組んで考え込む。
「そんなことって、あり?」
「ふふふ、面白いでしょ? これは世界がコンピューターで作られている証拠だってみんな考えているんだ」
「でも、私が見てるから陸がここにいるってことでもあるよね?」
ニヤッと笑う。
「そ、そうかもしれないね」
「どっちが正解?」
栞はじっと陸を見つめる。
「え?」
陸はその、心をのぞき込むかのような透き通った瞳にドキッとして言葉を失った。
「私が陸を生んだの? それとも陸が私を生んだの?」
ニヤッと挑戦的な笑みを浮かべる栞。
「ぼ、僕は……」
目をつぶって考える。
もしかしたらこの答えが自分の一生を変えてしまうかもしれない。いきなり訪れた運命のチャンスに、陸の心臓はドクドクと高鳴った。
陸は大きく息をつくと、ニコッと笑って答えた。
「僕は栞のために作られたのかもしれないね」
「はっはっは! 何それ? 告白?」
愉快そうに笑う。
「こんな僕を作った責任、取ってもらうよ?」
陸は悪乗りして重ねた。
栞はそんな陸をしばらくジーっと見つめる。そして、
「ふぅん、いいわよ?」
そう言うと、陸にそっと迫り、チュッっとほほにキスをした。
「へ?」
ふんわりと甘く優しい香りが陸を包んだ。
「じゃぁ、これから陸は私の物よ。じゃあね!」
栞はそう言うとそそくさと席を立ち、最後、大きく手を振って店を出ていった。
「『私の物』? どういう……意味?」
陸はほほをそっと指でなで、いつまでも栞が消えていった方を見つめていた。
シュレディンガーの彼女 月城 友麻 (deep child) @DeepChild
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