【KAC推し活】もし推しがあなたの前に現れたら?

結月 花

推し活は活動自体が楽しい

「これでよしっと!」


 大好きなゲームのキャラクターの顔が大きく描かれたポスターを壁に貼り、私は満足気に息を吐いた。ポスターの中ではサラサラの金髪と青い目をした私の推し、クライス様が優しげな眼差しで私を見つめている。わずかに細められた青い瞳が色っぽくて、絵であるにも関わらず私は思わずドキドキしてしまった。


「きゃー! クライス様がこっちを見てる! もう超素敵なんだけど〜!」


 心の中で歓声をあげる。自分の部屋にクライス様がいるという事実だけでもうテンションはうなぎのぼりだ。我ながら良い仕事をしたとついニヤニヤしてしまう。


「あっ、いけない。今度のライブでつけるアクセサリー作らなきゃ!」


 暫くポスターの前でニヤついていた私は、やらなきゃいけないことを思い出し、慌てて机に向かった。

 机の上には裁縫道具と作りかけのハンドメイドアクセサリー。私はライブまでの日数と、アクセサリーを作り切るまでの工程を頭の中で計算しながら、黙々と作業を再開した。


 推し活。

 これは自分の好きなアイドルや俳優、二次元キャラクターなどを応援する活動の総称だ。

 具体的に挙げよう。ライブに行ってアイドルに会いに行く。グッズを買って身につける。自分の推しを他人に広める。などなど。

 もう少し踏み込めば、「推し」をイメージしたグッズを手作りしたり集めたりすることも推し活の一種だ。大抵アイドルやゲームキャラクターはその人物をイメージする色が決まっており、ファンはそのイメージカラーのアイテムを身につけることが多い。勿論、俳優など実在する人物が好きな場合でも、その人の好きなものや愛用しているものをお揃いで身につけるのでも十分だ。

 

 私が今ハマっているのは、最近流行り始めた女性向けソーシャルゲームのキャラクターだ。まだそのゲームが配信されたばかりの頃に大学の友達に勧められ、軽い気持ちでプレイしてみた所、あっという間にハマってしまった。「恋する乙女乱舞」というそのゲームは、タイプの違う六人の王子様を選んで仲を深めていくタイプのもので、なんとボイスつきで配信されている。

 私はゲームの初期からずっとクライス様を推している。他のキャラは目に入らないほどに大好きな存在だ。現に今も、推しアクセサリーを作るにあたって彼のトレーディングカードを机に置いているが、見る度に顔が熱くなってしまう。


(こら、ダメダメ。早くアクセサリーを作らないと)


 思わずカードに見惚れてしまい、私は慌てて作業に戻った。私が今作っているのは「推しイヤリング」。キャラクターをイメージしたアクセサリーのことだ。クライス様は金髪に青い瞳なので金色の大きなストーンをメインに、周りに小さな青いストーンを組み合わせてみる。うん、どこからどうみてもクライス様だ! あと彼はヴァイオリンが得意だから、手芸屋で買ってきたヴァイオリンのチャームも合わせてみる。多分知らない人から見たらわけのわからない組み合わせだけど、私にとっては世界に一つしかない推しアイテムなのだ。


「あ、あと理沙と舞子とくるみの分も作らなきゃ。えーと、くるみは私と一緒でクライス様推しでしょ。ヴァイスが青でミケルがピンクね。差し色はやっぱり瞳の色かなぁ……それとも服の色にする?」


 私は各キャラクターのイラストとにらめっこしながら悩みに悩む。あれこれストーンの色を組み合わせてみるも、なかなか決まらない。でも、この時間もとても楽しい。推しのことを考えながら過ごす時間は全部「推し活」なのだから──。

 

 

※※※


 

「沙菜、起きて」


 耳朶をくすぐる甘いテノールに、私はパチリと目を覚ました。どうやらアクセサリーを作っているうちに眠ってしまってたらしい。「お兄ちゃん起こさないでよ」と言おうとして、今自分が一人暮らしをしていることを思い出し、私はガバっと飛び起きた。不審者が入ってきたのかと心臓がバクバクしていたが、声の主を見て私はもっと驚いた。


「え!! クライス様!?」

「あ、やっと起きてくれたんだね、沙菜」


 そこにいたのは私の推し、クライス様だった。ゲームと同じ、サラサラの金髪に優しいブルーの瞳。声もゲームのボイスと同じでとてもセクシーだ。目の前の出来事が信じられなくて、私は口をパクパクさせた。


「えっ嘘……本物?」

「僕は本当のクライス・リーズだよ。沙菜、どうしたんだい?」

「だってクライス様ってゲームの中のキャラクターじゃない。なんで私の家に」

「さあ。わからないけど、僕も気がついたらここにいたんだ。でも君のことはよく知っているよ、沙菜」


 そう言ってクライス様が微笑んだ。ゲームのスチルそのものの甘い笑顔を見て、私の心拍数がぐんと急上昇する。


(うそうそうそ! 本当にクライス様がうちに!? 夢みたい! 最高!!)


 心の中で黄色い悲鳴を上げながら万歳三唱する。優しい目で私を見つめていたクライス様が、ふと部屋の一画を見て上品に首を傾げた。


「沙菜、あれはなあに?」

「あ、えーと。あれは祭壇って言って……」


 言いながら私は恥ずかしさで顔から火を吹きそうだった。祭壇と言うのは、公式から出ている人形やアクリルスタンド、香水なんかのグッズを一箇所にまとめて飾っているスペースのことだ。説明するまでもなく、そこにはクライス様のグッズが所狭しと並んでいる。これも立派な推し活なんだけど、本人に見られるのは結構ハズカシイ。でも、クライス様はそんなことを気にせずにこりと笑ってくれた。


「沙菜はこんなに僕のことが好きなんだね。嬉しいよ」


 その笑顔が素敵すぎて、私は全てどうでも良くなってしまった。そしてその日から、クライス様と私の幸せな生活が始まった。



※※※



「今度のライブ超楽しみ!」

「恋乱初ライブじゃん! 気合いれていかないと!」

「もしかしたらアニメ化の情報解禁されるかもよ!?」

「えっマジだったら嬉しすぎて死ぬ!」


 クライス様が来てから数日経ったある日、私は舞子達と学食でランチを食べていた。話題は勿論、恋乱のライブについてだ。理沙が目を輝かせながら身を乗り出す。


「うちらがプレイし始めた頃はさ、ライブやるなんて思わなかったよねー」

「うん、これこそ、うちらの推し活のおかげだよね!」

「舞子が教えてくれたからだよー! ホント、恋乱見つけたアンタに拍手を送りたい!」

「へへへ〜推したいコンテンツは布教してかなきゃね」


 私以外の三人がきゃあきゃあと盛り上がる。舞子みたいに好きなものを友達に広めるのも推し活。そして公式が販売しているグッズを買って運営会社の資金にしてもらうのも立派な推し活だ。まぁこれは公式の為というより、グッズ欲しさの方が大きいんだけど。そんな私達の努力が実を結んだのか最近恋乱はCMをやり始め、一気にプレーヤーが増えた。それに乗じて知名度も増していき、とうとう初ライブまで開催することになったのだ。微々たる力ではあるが、私達の推し活がコンテンツを盛り上げる一助になっているのであればこんなに嬉しいことはない。

 くるみがウキウキしながら私に笑顔を向ける。


「沙菜も楽しみだよねー! 沙菜の好きなさ、あの人も出るじゃん! ……あれ? そう言えば沙菜って誰推しだったっけ?」  

「え、クライス様だよ? くるみと一緒じゃん」

「クライス様って誰?」


 くるみがキョトンとした顔で言う。ふざけているわけではない、本気で不思議に思っている顔だ。


「えっちょっと待ってよ。レギュラーメンバーじゃん」


 そう言って慌てて恋乱の公式サイトを開く。キャラクター紹介のページを見て、私は目を丸くした。

 そこにはクライス様の情報は無かった。まるで最初からいなかったみたいに、跡形もなくなってしまっていた。一瞬動揺したが、最近の出来事と照らし合わせて全てが繋がった私はスマホをギュッと握りしめた。


(そっか、私だけのものになっちゃったから)


 そう思った瞬間、私の心はポッカリと穴が空いたようになっていた。クライス様が家にいる私は、公式が書き下ろさなくても新しい絵が見られるし、新しいボイスも聞ける。でも私が求めていたのはそうじゃない。


「皆はさ、もし自分の推しが実在したら嬉しいと思う?」

「えっめっちゃ嬉しい! それ最高じゃん!」


 理沙が目を輝かせるが、反対に舞子は首を傾げていた。


「そうかな? だってさ、私は彼氏もヴァイスも好きだけど、彼氏のグッズとか作ろうって思わなくない? 好きな人と推しは違う気がする」

「そう、そうだよね」


 舞子の答えは、まさに私が感じていたことそのものだった。

 クライス様との生活は楽しかった。家に帰ればクライス様がいてくれて、一緒にご飯を食べたりテレビを見たり。クライス様はゲームと同じように優しくてイケメンで最高だったんだけど、やっぱり推し活とは違う。本人の前で顔が良いとか声が良いとか騒げないし。推し活は相手と恋がしたいとかではなくて、活動そのものが楽しいのだ。

 だから私は帰った瞬間、クライス様に頭を下げた。


「クライス様が私のところに来てくれて嬉しかったよ。でも、クライス様は皆の推しでいてくれた方がいい。だからごめんね」


 クライス様は微笑みながら聞いていた。ぽんと、優しく頭を撫でられた気がして顔をあげると、彼の姿はもうどこにもなかった。




 アイドルや俳優、アニメのキャラクターに推し活をする理由。それは、手が届かない場所にいるからこそ、推し活をして少しでもお気に入りのキャラを身近に感じたくなるのだ。だから、いつでも近い距離にいて触れ合えるのとは全然違う。


「あ、次クライス様だよ! くるみ!」

「やばい! 私死ぬかも!」


 くるみがソワソワしながらライブ会場のスクリーンを指差す。そう、こうやって推しが被ってる人と一緒にきゃあきゃあ応援するのだってすごく楽しい。一人でドキドキと恋をしているのとは、また全然違うのだ。

 

「クライス様ーーー! カッコいいーー!」


 だから私は今日も彼色のサイリウムを振って全力で応援する。

 大好きな私の「推し」を。

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