それぞれの推し活
春海水亭
押してダメなら引いてみろ
ま、推し活なんてものがありましてね。
それがどんなものかって言うと、推し――まぁ、アニメ・マンガの好きなキャラやら、現実のアイドルやら、そういう自分が推してる対象を応援するような行為のことを言うんですな。
んで俺の推しはVtuberの柳生ココロちゃんって女の子なんですがね……えーっと、知ってます?ま、簡単に言えば動画配信者ですよ、ただ、アバターを使って配信するから、結構自由にやれるわけですよ。男でも女でも、いーや、人間じゃなくても大丈夫なわけですからね。猫でもロボットでも、モデルがあるならどんと来いなわけです。
もっとも、声ばっかりは変わらないわけですからボイスチェンジャーやら、変声法やら、人工音声やらで工夫しないといけないんですがね。
で、ある日。大学のサークルで話してて、皆が皆柳生ココロちゃん推しだってことがわかって……ま、男だけのサークルですからね。恋の牽制ってわけじゃないですけど、愛情の形っていうのをついつい比べてみたくなっちまったわけですな。
ま、言い出しっぺは俺ですから、まず俺が語るわけです。
彼女に五万円の投げ銭をしましたよ、と。
そりゃガチの人と比べりゃあ少ないって言っても、なんだかんだで五万円は大金ですよ。周りも「おお」なんて声を上げてます。
次に後輩のタメ吉が言うには「僕ァ、彼女の素晴らしさを讃える記事を書いて十万のPVを稼ぎましたよ」
いやいや、凄いことですよ。
俺ァ、もう純粋な尊敬の気持ちで「あなたが記事を書かれたんですかぁ」なんて敬語使っちゃいましたからね。
んでヨシ坊は配信ごとに五体投地。六彦は彼女の絵を描いてます。なんて言って、まぁこうやって話を聞いてると推しを同じくする同士ですから、いつの間にか比べ合おうなんていうのも忘れちまうわけです。
順々に話を聞いていって、最後は熊五郎の番ですよ。
ところが、熊五郎。普段は名前のとおり熊みたいな男のくせに、いざ自分の番となるともじもじして話しやしねぇ。
俺ァ、言うわけです。
熊五郎よぉ。もう上も下もねぇんだ、自分がやったことを正直に話しゃいい。もう比べ合いっこは終わりなんだからよぉ、と。
ところが熊五郎の奴は「いやぁ……俺ンが一番凄いんですよ、申し訳ないけど俺が一番推しのために行動してますわ」なんてことを言い出す。
それを聞いて空気が一気に張り詰めました。
「オメェよ、熊よぉ。それならなおさら話してもらわねぇといけねぇぜ?」
「いやぁ、良いんですかねぇ。皆さんの自信が無くなったりしませんかね」
「いいからいいから話してみろってんだ」
「じゃあ、話しますけどねぇ……俺ね、早く寝て早く起きて、しっかり運動して、ご飯もきっちり三食食べて、身体にいい生活を送ってるんですよ」
熊五郎の話を聞いて、俺も含めて全員「はぁ?」の声が出ました。
代表して、俺が言ってやりました。
「そりゃ、健康的な生活を送るのは素晴らしいことだけど、そりゃ推しと一切関係ねぇじゃねぇか」
「いや、関係大アリですよ。健康な生活が推しの柳生ココロちゃんにしてやれる一番のことです」
「そりゃ、体調も崩さなけりゃずっと推し活が出来るとか、そういうことかい?」
「いや、俺が柳生ココロちゃんの中の人だからですよ」
熊五郎の言葉に一同ポカンだ。
そりゃ、そうだ。いくらなんでも声が違いすぎる。
「いや、お前全然声が違うじゃねぇか」
そう言ってみたら、熊五郎の奴。喉仏のあたりを抑えて柳生ココロちゃんの声を出してみせる。なんてこった。こりゃ本物だ。
「柳生ココロちゃんがいつまでも活動できるように、健康に気ィ使ってるんですわ」
「いや、そんなこと聞いちまったら……俺ら推せずに引いちまうよ」
そんなことを言って帰ったはいいが、結局帰ったら中身が熊五郎だとわかっても配信を見ちまってる。
引こうとしたが、推しが強くて、魅力が押し勝っちまったんだ。
それぞれの推し活 春海水亭 @teasugar3g
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