蒼天と紅天は、仲がいい

笛吹ヒサコ

蒼天と紅天は、仲がいい

 刀にはたましいが宿る。

 刀霊を御する主を、刀霊士と呼ぶ。かつては、戦場で活躍し後世に名を残す英雄だった。

 平穏な現代では、刀霊バトルと呼ばれる刀霊対刀霊のスポーツの選手として、刀霊士は活躍している。




 片手で印を結んで、深く息を吸う。


「抜刀」


 俺たちの声に従いひとりでに鞘から飛び出した互いの刀は、すでに刀気を纏いながら宙を滑る。刀気は、またたく間に刀霊の姿になる。


 先輩の刀霊蒼天は、豊かな髪がうねる蒼い美女。俺の刀霊紅天は、ギザギザ歯が特徴的な紅い小僧だ。


 蒼天と紅天は、本当に仲がいい。


『行け。今日こそは負けるなよ』


 俺が命令を念じた頃には、紅天は大きな口で笑いながら蒼天に飛びかかっていた。

 蒼天の髪が踊り、紅天を優しく包み込むように襲いかかる。鮮やかな蒼い髪を、するりくるりと戯れるように避けながら、紅天は蒼天に接近する。


『噛みちぎれ』


 ギザギザ歯で蒼天の髪を噛みちぎりながら。ちぎれた髪は、たちまち針のような鋭さを失い蒼い残光になり消え失せる。少なからぬダメージがあるはずなのに、蒼天も主の先輩も余裕綽々で涼しげに微笑んでいる。ちょっと――いや、かなりイラッとした。俺の苛立ちの影響を受けて、蒼天の顔を引き裂こうとした紅天の長い鉤爪がブレる。

 あっと思ったときには、紅天は蒼天に捕まっていた。髪だけでなく、両腕で抱きかかえる蒼天は、実に嬉しそうだ。逃れようとジタバタともがいている紅天に、同情する。蒼天が『可愛い』とクスクス笑っているのと、紅天が『はなせぇええ』とムキになっている声が聞こえてきそうだった。

 霊力を消耗してぼんやりとした頭で、そんなことを考えていると、先輩は足取り軽くやってきて俺の肩をポンポンと叩く。

 一度も勝ったことはないが、あまり悔しくない。まったく悔しくないわけじゃないが、楽しさのほうが圧倒的に勝っている。


「蒼天と紅天は、本当に仲がいいよね」

「うん」


 首を縦に振りながらも、曖昧に笑った。

 俺と先輩の仲はどうなんだろうか。


 刀霊が仲がいいからと、毎日のように手合わせする。そんな日々がずっと続いていくと疑わなかったくらい、俺は幼くて当たり前の日常だった。


 正直なところ、俺も紅天みたいに先輩に抱きしめてほしかった。そういう、いや、それ以上の関係になりたい。なりたかった。


 先輩と俺は、片手で印を結ぶ。

「納刀」


 声を揃えて唱えると、刀はついと宙を滑る。蒼天は先輩が腰に佩いている鞘に、紅天は俺が背負っている鞘に、それぞれ納まる。

 あとは、「じゃあまたね」と、いつもどおり肩を叩いて背を向けた先輩を、俺は初めて呼び止めた。


「先輩!!」

「ん?」

「プロになっても、俺と刀霊バトルしてください」


 一瞬、きょとんと目を丸くした先輩は、なんだそんなことと笑う。


「もちろんだよ。私の蒼天のためにもね」

「ありがとうございます!!」


 本当は、本当は、刀霊抜きにして、俺のためにと言ってほしかった。


 二週間後にプロデビュー戦を控えていた先輩は、その一時間後に歩道に突っ込んできた車にはねられて死んだ。




――――


 今日の試合が終わったらプロを辞めると、密かに決めていた。

 高校卒業してすぐにプロになって、もうかれこれ十五年。

 刀霊士として、そこそこ活躍してきたつもりだが、もう先が見えてきた。戦績が振るわなくなってきたわけじゃないが、最近の刀霊士界の流れには、どうもこうにもついていけないからだ。


 まだまだ刀霊士としては若手の三十代前半だというのに、世間からは古いスタイルの刀霊士と軽視されるようになるとは、な。

 それもこれも、今日のいけ好かない対戦相手のせいだ。


「まったくもって、気に入らない」


 ねぇ、先輩もそう思うでしょ。と、声に出さず続ける。 先輩亡き後、蒼天は紅天の主である俺を次の主に選んだ。以来、俺は二振りの刀を背負い続けている。なのに、もう十六年も刀霊たちの仲がいい姿を見れていない。


「今日は、お前たちのための試合だからな」


 勝てる気がしないが、とことんやってやろうと気合を入れ控室を出る。


 スタジアムを埋め尽くす観客のほとんどが、いけ好かない対戦相手のファンなのはわかっていたはずだが、さすがにこうもあからさまに見せつけられると、少しの悔しさもわかずに、逆に気持ちに余裕を与えてくれた。

 いつもなら忌々しい精神統一の邪魔にしかならないうるさい声援が、まったく気にならない。


 入場する前から、圧倒的な存在感を放っている三三の刀を背もたれに組み込んだ悪趣味な玉座が、今日はやけに滑稽だ。

 刀王などと自称し、称賛されている対戦相手が、尊大に玉座に腰を下ろし足を組むと、ひときわ客席が盛り上がる。


 俺は、お前を王なんて認めていないし、刀霊士としても認めたくない。

  三三の刀霊の主と言えば聞こえはいいが、捨て駒のように次から次へと刀霊を変えるスタイルを、俺は一生認められない。ヤツが新人だった頃は、俺だけでなく業界全体で批判して叩いてた。刀霊を育てるよりも、一振りでも多くの刀霊を従わせるなど、刀霊を侮辱していると。今でも俺はそう考えているし、少なくない刀霊士も刀霊バトルファンも受け入れがたいはずだ。それを隠そうとしない俺みたいな刀霊士は、もう古いとこき下ろされるようになるまで、そう時間を要さなかった。

 ヤツには、批判を黙らせる実力とファンを魅了する華々しさがあった。

 一振りの刀霊の自我を大事に育て命令を与えなくても戦えるようにするよりも、自我よりも命令どおりに動く刀霊を数多く従えるほうが、効率がいい。そんなくだらないヤツの理論に追従する刀霊士も、少なくない。とは言え、三三も従えているのは、ヤツだけだが。

 俺も蒼天と紅天の二振りで試合に臨むから、数は違えど同じではないかと面と向かって罵られたことも、少なくない。反論するのもバカバカしかったが、対戦する刀霊に応じて刀霊を使い分けるのは、それこそスポーツと認められるよりもずっと前から行われている。だが、根本的に違うのだ。蒼天の意志で次の主に選ばれた俺と、複数の刀霊をそこそこまで育てて命令どおりに従えるヤツとは。刀霊をまったく尊重しないヤツと一緒にされるのは、どうにも我慢できなかった。

 俺は刀霊にこだわる時代遅れの刀霊士と今じゃ馬鹿にされている。


 とことん、いけ好かない野郎だ。

 だからこそ、俺の最後の試合に選んだ相手だ。今まで二度対戦して、

ヤツの実力は認めざる得ない。三三の刀霊を従わせるのは、ある意味才能だとも。

 まったく勝てる気がしない。それでいい。

 この試合は、蒼天と紅天のために挑むのだから。


 結局、一五分遅れて、試合が始まった。


 ヤツが玉座に座ったままの片手で印を結ぶだけで、爆発的に歓声が轟くのには、笑ってしまう。こんなヤツに、俺は負けるんだ。

 熱狂する観客は、俺が印を結んだことに気がつかなかっただろう。

 玉座で睥睨していたヤツの眉間にシワが寄ったのを見ただけでも、俺は満足だったりするんだよ。


「抜刀」


 格下の俺が先に唱えれば、背中の鞘から勢いよく蒼天と紅天が飛び出した。

 蒼天のうねる髪が勢いよく紅天へと伸びる。朗らかな青年に育った紅天は、青い髪が捕まえるよりも先に蒼天を抱きしめた。

 仲のいい刀霊たちの一六年ぶりの再会だ。そして、初めての共闘だ。


 今日初めて観客が俺の行動にどよめいているのが、本当におかしくてしかたない。

 無理もない話だ。

 複数の刀霊で試合する刀霊士は珍しくもなんともないが、複数の刀霊で同時に試合する刀霊士は、前代未聞もいいところだろう。そんな非常識な馬鹿は、俺が初めてだろう。

 刀王相手に自暴自棄になったのかとでも、多くの観客は思ったに違いない。

 俺だって、そんなことする刀霊士を見たら、ものも言えないほど呆れるに決まっている。


 注目を奪われたヤツは、わずかに遅れて唱えた。


「抜刀」


 玉座から飛び出してきた無表情な刀霊は、抱き合う蒼天と紅天を引き裂こうと飛び交ってきた。


『さぁ、思う存分戦え楽しめ


 そんな命令とも呼べない命令、蒼天と紅天には無用だったに違いない。

 蒼天の髪が踊り、ヤツの刀霊を切り裂く。


「抜刀」


 動じることなくヤツが唱え送り出された刀霊は、蒼天の隙間から閃いた紅天の鉤爪に切り裂かれた。


「抜刀」


 ヤツは、冷静に次の刀霊を呼び出す。

 勝利を確信しているに違いない。

 同時に複数の刀霊で戦わないのは、霊力の消耗が激しすぎるからだ。現に、俺は倍どころではないほど霊力を消耗し続けている。あと三分もてばいいところだろう。


 紅天の鉤爪を避けた先に待ち構えていた蒼天の髪が、刀霊を捻り潰した。

 ヤツはただ俺の霊力が尽きるのを待てばいいだけだ。まだ三〇の刀霊が残っている。

 まったく勝てる気がしないのは、こういうことだ。


 だが――


「抜刀」


 ヤツが唱えても、玉座の刀霊が応じなくなった。


「……ッ、抜刀。抜刀!」


 これは、そうか。


「なんだなんだ。刀霊使いが荒すぎて、拒否られてんのかよ」


 思わず笑いながら言ってしまったじゃないか。


 ヤツは無視して、なおも「抜刀」と繰り返すが、悪趣味な玉座は沈黙したままだ。


 霊力を消耗しすぎて立っているのもやっとだってのに、俺は笑わずにはいられなかった。


「ハハハッ。もしかして、俺の勝ちかよ。刀霊に抜刀拒否られるとか、ド素人かよ。刀王とか、笑わせんな、よ。ハハッ……」


 そこまでだった。

 霊力が尽きた俺は、背中が床に叩きつけられるのを感じながら意識を手放した。


 結局、俺は前代未聞の二刀流刀霊士として、プロを続けるはめになった。

 正直、一度きりと決めていたのに、蒼天と紅天のためにも、鍛錬を続けなければならない。

 先輩の墓に蒼天を供養するのは、まだまだ先になりそうだ。

 


 先輩、蒼天と紅天はまだまだ仲がいいですよ。

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蒼天と紅天は、仲がいい 笛吹ヒサコ @rosemary_h

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