東へ

悪食の怪鳥

「ショウビ、そっち行きましたよ!」

「おのれ、ちょこまかと……」

 旅に必要なのは路銀、あるいは荒野で寝食を確保する技術である。そのいずれも調達可能であるとして、タミヤはちょっとした寄り道を提案した。

 朔の頃に僧都を出て、まるまる満ちた月がまたすこし痩せた夜。その月明かりのもと、見渡す限りの草原で二人は目に見えないものと格闘している。

 その銀の残光だけは肉眼でもかろうじて捉えることができたし、魔力を帯びているためタミヤの第六感で居場所は容易に判明するものの、地を駆ければ矢の速さ、止まればその姿は瞬時に透過する。ただあまり頭が良くないので、走っているあいだに灌木の茂みを突き抜け、他の生き物に激突し、身体にくっついたいろんなもののせいで見つかってしまうことも珍しくない。

 その鳥の名をゲッコウミチバシリ。明るい夜に草原を縦横無尽に駆け回り、葉裏で休んでいる虫や細かな生き物を狩り尽くす、ついでに夜を渡る旅人に怪我をさせることで有名な、野生の通り魔である。タミヤの相棒の竜馬・ヒサメもすでに何度か衝突の憂き目に遭いかなり苛立っていた。

 タミヤは生き生きと解説する。

「その鳥がまたとんでもない悪食で」

「とんでもない悪食」

「腹が減れば石でも毒でもなんでも食べられるようにできているらしく」

「毒でもなんでも」

「肝そのものに強力な解毒作用があるだけでなく、硬いものを砕くために金剛石まで抱え込んでいて」

「なんだかよくわからなくなってきました」

「要は腹をかっさばいて中身を取り出せば薬、羽根は魔装具師にけっこういい値で売れます、なにしろ捕まえにくいですからね。肉は僕らが焼いて食べてしまえばいいので、大変な益鳥なんですよ」

「益鳥とはそういう意味ではないと思いますが……」

 大きな身体に剣を携え、見るからに豪胆そうなショウビが実は繊細で、童顔でひょろりとしたタミヤのほうがはるかに大雑把で肝が据わっていることは、傍から見ていればすぐにわかる。早くから聖職に就き、都市で暮らしたショウビは虫が跳んでも驚くほどで、あまりにやかましいのでタミヤは日々虫よけの香を練ってショウビの身体ごと燻してやっている。

 さておき、この厄介極まりない生き物をとっつかまえて路銀と腹の足しにしようと、タミヤはショウビの身体能力に期待をかけて狩りに挑んだわけだが。

「ちっとも捕れないじゃないですか」

「本当に速いですね……いつもより小さいので的も定まりにくい」

 息切れの合間に吐き出された何気ない一言が、これまで彼がより大きなもの、すなわち人を標的にしていた事実を表している。そのことに思い至ったタミヤは一瞬ぎくりとしたが、平静を保って次の一手を打った。

「いつも通り、罠を張ることにします」

「はじめからそうしていれば……」

「罠だとからんで羽根が荒れるので、価値が落ちるんですよ」

「守銭奴ですか」

「普通だと思いますけどね」

 より小さな努力で大きな成果を得ようとする執念は生きていくのに必要なことだ。戦士としては研ぎ澄まされているわりに、ショウビは生活感のようなものがすっぽり抜け落ちている。それがタミヤにはどうにも危うく映るのだった。


「うまい」

「でしょう」

 野生の鳥の肉は薄く、それでも十数羽集めるとそれなりの量になった。これとは別に、ヒサメが仕留めた三羽がある。怒りに任せて叩きつけた尾に運悪く当たったもので、羽根をむしられたのちヒサメのおやつになった。

 医術士のタミヤは薬草のほか、野営に備えて塩や香草もしっかり持ち歩いていて、捌いた肉にこれでもかと塗り込んで鉄串を打ち、あかあかと燃える焚き火にかざすように突き立てた。肝はきれいに取り出し、脇で燻しておく。

 しゅわしゅわと細い煙を上げ、わずかに脂を滴らせるゲッコウミチバシリ。こんがり色づくほどに香ばしいかおりが立ちのぼり、奥歯のあたりがじゅわりと潤う。道中手に入れた果実酒とともに口に含むと、残った塩の粒と肉の旨味が溶け出してふくよかな味わいが喉奥に落ちて、二人は揃って深く息をついた。

「こういう小さい鳥は焼き鳥にするに限りますね。焼けるのも早いから腹が減った身にはありがたい」

「これがあの、虫から毒草までなんでも食べる鳥だとは……」

 一度目を輝かせておきながら釈然としない面持ちで顎を動かし続けるショウビに、タミヤは現実を突きつける。

「都会で食べる肉だっておんなじですよ。野菜だって、家畜の糞尿まじりの土で育ってるんですから」

「まだまだ知らないことばかりだなあ」

「そうですよ、いまごろ気がついたんですか」

 そう言いながら、タミヤはふと、あることに気がついた。

(話し方がずいぶんくだけてきたな)

 ショウビの丁寧な言葉づかいや物腰のやわらかさは彼を理想に縛る一種の枷であり、徹底されればされるほどショウビ本人の情動とは離れていく。それが彼を、命を削るほどの自己犠牲に駆り立てる一因であるような気がタミヤにはしていた。緩んでいるなら願ったりだ。医術士としては喜ばしいことである。

 そう、医術士として。

 うっかり焼きすぎた肉の焦げた部分をがりっと噛み砕く。炭の苦さもいくらか舌で転がしたあと、ほの甘い酒で一気に飲み下した。

 そんなタミヤを、ヒサメの金の瞳がじっと見つめている。

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医術士タミヤと双剣の守護者 草群 鶏 @emily0420

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