彼女の愛情たっぷり初手料理オムライス

郷野すみれ

オムライス

 今日は付き合い始めた彼氏が初めて私の家に来る日だ。


「うわ〜。ドキドキする。片付けとか掃除とか、大丈夫だよね?」


 私は誰もいない部屋に向かって話し続ける。ネットでおうちデートのコツや服装について調べてみたけれど、気を遣わなければいけない事項が多すぎて、諦めた。髪は後ろにゆるく一つでまとめて、それなりにかわいい部屋着を着たくらいかな。


 ピンポーン


 インターホンの音が鳴って、私はドアスコープを覗く。彼氏の拓実がドアの前に立っていたので、はやる気持ちを抑えてドアを開ける。


「お邪魔します」

「いらっしゃい」


 拓実たくみは眼鏡の奥の目を細める。


「いつも外で会ってたから、美玲みれいちゃんのそんな姿は新鮮だなあ」

「もう! ほら、入って、洗面所に案内するから手を洗って」


 私は頬を膨らませて、急かす。


「これ、さっきコンビニでスイーツ買ってきたから後で一緒に食べよう」


 拓実は持っていた袋を差し出す。行儀悪く覗き込むと、そこにはぽってりとしたおまんじゅうがあった。


「うわあ! 嬉しい! 和菓子が好きだって覚えていてくれたんだね!」


 渋いから和菓子が好きだということは言うのを躊躇っていたけれど、言っておいてよかった。


「そうやって目を輝かせている美玲ちゃんを見れただけで十分だよ」

「うん。ありがとう!」

「抱きついてきてもいいんだよ?」


 腕を広げるふりをした拓実を細い目で見上げる。


「とりあえず、靴脱いで手洗って」

「はい」


 私はぷいとそっぽを向いて、おまんじゅうを台所に置きにいく。洗面所は玄関のすぐそばだから案内しなくても大丈夫だろう。

 もう! 拓実は大人しそうな外見に似合わず、すぐに歯の浮くようなセリフを言うんだから。


 家に来てもらう時間を11時にしていたので、ちょうどお昼時だ。私は1Kのリビングに拓実を案内して座っていてもらう。


「今日は、オムライスを作ります」


 私は軽くエプロンをつける。いつもはエプロンなんかつけていないから、単なるポーズみたいなものだ。

 私の姿を認めた拓実は目を見開く。


「エプロン姿の美玲ちゃんもかわいいな」

「いっつもそう言うんだから」

「だってかわいいんだもん。仕方ないじゃん」


 くるりと背を向けて台所へ行くことで、顔を見られることを防ぐ。


 座っていてもいいのに、台所についてきた。とりあえず邪魔にならないところにいるので放っておいて、準備をし始める。


 冷蔵庫からベーコンを取り出し、一口大の大きさに切る。それをフライパンに投入しておく。


 玉ねぎとにんじんをみじん切りにして、ザルに移す。少食な私と拓実だが、私が少食すぎるせいだろう、聞いたところ私の2倍くらい食べるそうなので、いつもの3倍の量だ。案外時間がかかってしまった。


 フライパンの火を点ける。


 木べらでベーコンを炒める。油を引く必要はない。ベーコンの油で事足りる。ジュージュー、パチパチ、と香ばしい香りがしてきたところで玉ねぎとにんじんをフライパンに入れる。


 ご飯より先にケチャップを加えて炒める。馴染んできたところで私はあらかじめ炊いておいたご飯を取り出して入れる。木べらがぐっと重くなった。いつもより3倍近くのご飯があるから当たり前と言えば当たり前だ。


 後ろの方に立っている拓実に振り返って聞く。


「手、空いてる?」

「うん、空いてるよ」

「さっきのザルを洗って、それを使って冷蔵庫からレタスを取り出して洗ってもらえない?」

「わかった」


 レタスを洗ってもらっている間に洋風の顆粒だしと塩こしょう、隠し味の醤油を入れてケチャップライスの出来上がりだ。


「このくらい?」

「もうちょっと。そんなもん。ありがとう」


 お皿が足りないので、大きめのお皿にいっぺんに盛ることにする。こんもりと大きな山が出来上がった。


「おお」

「あ、レタスはこっちのお皿に乗せておいて」


 拓実も一人暮らしで、漏れ聞くところによると、外食が多くて野菜が足りなさそうなのでいっぱい食べていってほしい。


 ボウルに卵を5個入れる。いつもは2個だ。すごい量……。牛乳と塩を少し加えて、混ぜる。


 さっきのケチャップライスを作ったのと同じフライパンにバターを溶かし入れ、卵をジュワッと流し入れる。


 換気扇はつけているけれど、辺りにバターと卵の混じった、食欲のそそる幸せな匂いが漂い鼻を思わず動かす。


 菜箸でかき混ぜつつ、ちょうど良い頃を見計らう。少し早めに火を消し、いい感じにとろとろになり、外側は薄く焼けている卵をオムレツのようなラグビーボールのような形でケチャップライスのてっぺんに乗せる。


「はい! 出来上がり! 温かいうちに食べよう」

「美味しそう。サラダとまんじゅうを持っていくね」


 エプロンを外すのも惜しくて、バタバタとスプーンと私用の箸、彼用の割り箸を用意してリビングの机のところに座る。机の大きさ的に並んでは座れないので、斜めに座る。


「『彼女の愛情たっぷりはつ手料理オムライス』です……」


 言ってる途中で恥ずかしくなってきて顔が下がる。


「ケチャップはかけないんだね?」

「うん。ケチャップライスの味を濃いめにしてるから」

「なんだ。ハートでも描こうかと思ったのに」


 それはそれでハートが崩れてしまうから考えものな気がするが。私たちは手を合わせる。


「いただきます」

「いただきます」


「見ててね」


 私はニコッと笑ってスプーンの先で、卵の真ん中をつーっとなぞる。うまい具合に開いて中からとろとろの卵が流れてきてケチャップライスにかかる。


「すごい!」

「でしょー?」


 いつも彼に助けてもらってばかりだが、料理が好きで得意な私のできることと言ったら、美味しい料理を作って食べてもらうことくらいだ。


 一つのオムライスをお互いにスプーンで掬って口に運ぶ。


「ん! おいしい!!」

「うまくできた。よかった!」


 味がしっかりしているケチャップライスに、バターの香り漂うとろとろ卵のほのかな甘みが口の中で混ざる。ケチャップライスにベーコン、にんじん、玉ねぎが混ぜてあるので、食感や味が食べるごとに違い、飽きが来ない。付け合わせのレタスを食べて口をさっぱりさせて、いくらでも食べることができる。


「さっき、レタス洗ってた時、同棲したらこんな感じかなーって思ってたよ」


 私はケチャップライスのように顔を赤くして俯く。


はつ手料理じゃなくなっちゃうけど、『愛情たっぷりオムライス』はまた作るから……」

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彼女の愛情たっぷり初手料理オムライス 郷野すみれ @satono_sumire

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