後篇

 小さな街路灯だけで照らされた夜更けの公園。そこで私と先輩は、ベンチに並んで腰かけていた。


「あ、すごくおいしい」

「でしょでしょー?」


 私たちの手には、カップに入ったジェラート。そう、先輩が言う「次」とはお酒を飲んだあとのいわゆる「シメ」というやつだった。


「スイーツって、お酒のシメで食べるものなんですね。知らなかったです」

「私もそうだったんだけど、ちょっと前にこのお店見つけてハマったんだー。夜まで開いてるし、シメにぴったりなんだよー」


 私はぜんぜん飲んでないからその気持ちにピンとはこないけど、このジェラートがおいしいのは間違いない。甘いけどしつこくなくて、どんどん食べれちゃう。クセになる味だ。


「はーおいしかったー」


 気がつけば先輩のカップはすっかり空になっていた。


「先輩って、二刀流なんですね」

「んー? どゆこと?」

「先輩みたいにお酒も甘いものも好きな人のこと、二刀流って呼ぶらしいですよ」


 この間読んだ小説に書いてあった知識を披露ひろうする。どうやらそういう意味もあるらしい。私も知るまでは二刀流と聞くと有名なメジャーリーガーしか思い浮かばなかった。


「ほら、お酒好きの人って甘いもの苦手な人が多いじゃないですか。だからどっちもいける人ってことなんじゃないですかね」


 なんだかウンチクをひけらかしたみたいになってしまったので、早口で補足する。先輩、酔ってるし聞き流されるだろうな、なんて思っていたけど意外にも興味深そうにしていた。


「へえー、二刀流かあー」


 先輩の顔は街路灯にぼんやりと照らされて、どこか幻想的な美しさを放っている。それをじっと見ているのが気恥ずかしくなって、私は自分のジェラートを食べることに専念することにした。


「うん、たしかに私は二刀流かも」


 すると、先輩がぽつりとつぶやいて――私を呼んだ。


「ねえ明日香」

「はい?」


 その呼び方がさっきまでみたいに間延びしたものじゃなくて、それこそ仕事中みたいに凛々しい声だったので、私は条件反射的に先輩の方を向く――と。


「――」

「――」


 キスを、された。


 無限にも思える時間。唇が重なって。でもそれは一瞬の出来事で、私は先輩と見つめあう。


「え…………っと……せん、ぱい?」

「やーごめんごめん。明日香がかわいいもんだから我慢できなかった。あははー」

「いやでも私、女ですよ?」

「そこは大丈夫! 私は二刀流だから!」

「え……」


 二刀流って、そういう意味!?


「ねえ明日香。もっかいしてもいい?」


 驚く私をよそに、先輩はアンコールを要求してくる。


「えと…………はい」


 だけど、私はそれを断ることはしなかった。というか、断る理由がなかった。

 だって、ずっと憧れていた人だから。


 二度目のキス。それも永遠ではなくて、やがて終わる。


「甘いね。ジェラート食べたあとだし、当たり前か」

「先輩は……ちょっと苦いです」

「え、うそ!? もしかして口もとにビール残ってた!?」


 慌てて自分の唇に触れる先輩。そんな姿を見て、私は思わず笑みをこぼす。


「先輩」

「ん?」

「また、飲みに行きましょう。今度はヤケ酒じゃなくて、普通に」

「いいの? 飲みに行っても明日香は退屈じゃない?」

「そんなことないですよ」


 飲んで酔っ払う先輩を介抱かいほうする羽目になるかもしれないけど、いろんな表情を見せてくれる姿を、もっと私は見たい。

 ……それに、私も少しは知っておきたい。苦み、というものも。

 だから、


「私も二刀流になってみることにします」

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苦みも、甘みも 今福シノ @Shinoimafuku

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