苦みも、甘みも
今福シノ
前篇
「店員さぁーん! ビールもう1ぱぁーい!」
先輩は手を挙げると、間延びした声で店員に追加注文をした。
「さすがに飲み過ぎじゃないですか?」
「なによー。今日はとことん付き合ってくれるって言ったの、
「たしかに言いましたけど……」
テーブルにはすでに先輩が飲み干して空になったジョッキがいくつも並んでいる。よかった、ここが大衆居酒屋で。もっとちゃんとしたお店だったらお会計がとんでもないことになっていそうだ。
ほどなくしてやたら元気のいい店員さんがビールのおかわりを持ってくる。先輩はそれをさっそくグイっとあおって、
「だからー。ほんっと浮気とか、ありえなくない!?」
「それ、さっきも聞きましたってば」
「そうだけどー。そうなんだけどー。言わせてよー」
ジョッキにしがみつきながら、テーブルにしなだれる。シャツのボタンは仕事中より1つ多めに開いていて、そこからのぞく胸元にドキッとしてしまう。
今夜は先輩の失恋の愚痴大会。私はその聞き手役だ。
「てゆーかごめんねー。明日香、お酒ニガテなのにさー」
「いいですよ。先輩にはいつも仕事で助けてもらってますから」
お酒、特にビールは苦手だった。何度かチャレンジしてみたけど、あの独特の苦みはいつまで経っても受け付けない。
まったく飲めないってわけじゃない。今日だって、最初の乾杯でうすめのレモンサワーを1杯飲んだだけ。でもほろよい気分になれているから、私にはそれで十分。
「明日香あー。ほんといい子だー。お姉さんうれしくて泣いちゃう」
「はいはい。それで、思いきりフッてやったんでしたっけ?」
「そーなんだよー!」
そして再び始まる愚痴大会。それを私は頬杖をつきながら聞く。まったく、いつもは頼れる先輩なのにこういうところは子どもっぽいというかかわいいというか。でもそれが先輩のいいところで、好きなところだった。
「ちょっと明日香ー。聞いてるー?」
「はいはい、聞いてますよー」
***
「よっしゃ! 次行くよ、次!」
「え゛?」
それからしばらくして店を出たところで、先輩は意気揚々と言った。
「先輩、さすがにもう飲まない方がいいんじゃあ」
結局何杯飲んだんだろうか。途中から数えてないからわからない。
ともあれ明日も仕事だし、このあたりで止めておいた方がいいに違いない。時にはストッパーになるのも後輩の勤めだ。うん。決して私が付き合いきれないとかじゃない。
「ちがうちがーう」
と、先輩は手をぷらぷらと振る。
そして、打って変わって力強く私の背後を指さして、
「次っていうのは……これ」
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