テラリウム巌流島
ギヨラリョーコ
第1話
去る12月に認可店以外での宮本武蔵の販売が規制されてからというもの、宮本武蔵の飼育ブームは下火になったように思う。
ブームが冷めたからと宮本武蔵を川や海に捨てる不届き者もいるらしいが、変わらず愛で続けるマニアたちもまた未だに根強く存在する。
私もその1人で、最寄りのペットショップで規制に伴い宮本武蔵用のフードを取り扱わなくなってからは、二駅先のショップにわざわざ行くようになった。
マニア仲間の古川さんとはそこで知り合ったのだ。
「去勢?」
私が聞き返すと、古川さんはアイスティーをストローでちゅるちゅる吸いながら頷いた。ペットショップの隣のカフェはいつもそこそこに空いていて、趣味の溜まり場としてちょうどいい。
「ええ、最近はする方も多いんですって」
「そもそも宮本武蔵をつがいで飼う人なんて殆どいないでしょう」
「どちらかというと、気性を穏やかにしてテラリウム内の他の生き物を傷つけたりしないように、って意味の方が強いみたいですよ。ほら、規制騒ぎのときに他の生き物とみだりに争わせるのは残酷だって話もあったし」
「それならそもそも宮本武蔵と他の生き物を一緒に飼わなきゃいいじゃないですか」
私はいささか腹が立っていた。宮本武蔵テラリウム飼育マニアから言わせれば、やれアマガエルだのトカゲだのと混ぜて飼育するなんて邪道の極みだ。
「でもブームの時の需要って、他の生き物と一緒に写真撮ってメルヘンでかわいい、絵本のこびとみたい、って感じだったじゃないですか」
「それはそうですけど」
「そういう人たちからすると、逆に去勢しちゃった方が都合がいいんじゃないですか? 去勢すると刀も持たなくなるらしいし」
「刀、無くなるんですか」
私はいよいよ呆れかえっていた。二刀無くして何が宮本武蔵か。ミーハー勢の考えていることは本当に理解しがたい。
「古川さんはしたんですか」
「してないですよ、うちの子はどうせひとりですもん」
そういえばテラリウムのセッティングをちょっと変えたんですよ、と古川さんは嬉々としてスマホを取り出す。
古川さんの霊巌洞タイプのテラリウムは何度か写真で見せてもらっていたが、いつ見ても感心してしまう。
180×60×45cmの大きな水槽の中には、飾り天然石と鬱蒼とした植物で、自然の中の洞窟が再現されている。贅沢な空間の使い方と、その維持にかかるだろう手間暇を考えると尊敬せずにはいられない。
写真では、洞窟の奥にいる宮本武蔵の姿までははっきりと捉えられない。しかし目を凝らすと坐している小さな姿が洞窟の中に見える、その演出力も古川さんのテラリウムの素晴らしさだ。
「いつ見てもいいですねえ、少し苔を増やされましたか」
「よくお気づきですね」
誇らしげに画面を撫でながら、古川さんが言う。
「よく見えないけど、確かに宮本武蔵がいるという緊張感を大事にしたいんです。やっぱりそのためには刀が無いと」
家に帰ると、真っ先に宮本武蔵の水槽へと向かう。
私のテラリウムは巌流島タイプで、水槽に浅めにはった水の中に岩で陸地を作っている。殆ど植物は無く、岩の起伏のみで表情をつける玄人好みのタイプだ。
宮本武蔵は、その島の中心に威風堂々と立っている。
二刀を構え、敵を迎え撃つようなポーズがうちの宮本武蔵のお気に入りのポーズだ。
私の人差し指程度の大きさだが、宮本武蔵の力強く勇ましい姿は私の日々に勇気を与えてくれる気がする。
二刀を持たない宮本武蔵なんてやはり考えられない、と思いながらフードの用意をする。テラリウムの雰囲気を壊さないようわざわざ探して注文した石造りの皿に武蔵フードを入れてやっても、武蔵は警戒するようにそのポーズを崩さない。
宮本武蔵に太刀打ちできる生き物なんて、きっと一回りも二回りも大きい生き物でも滅多にいないだろうに。
「お前がその刀で安心して戦えるくらい、強い生き物だったら一緒にテラリウムに入れられるかねえ」
私は水槽を覗き込み、宮本武蔵が餌を食べ始めるのをのんびりと待った。
テラリウム巌流島 ギヨラリョーコ @sengoku00dr
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