第10話 落日
午前四時。荷物を持って家を出た。無論窓からだった。この時刻なら誰も起きておらず、直ちに露見する可能性は低い。既に、通信機器類は物理的に破壊しておいた。もしそれらが調べられ、行き先に繋がる手掛かりが失踪直後に見つかると不味いからだ。
始発の新幹線は六時九分発。人生において初めてグリーン席を取った。今後利用することは無い。
島に着くと、既に夕暮れが近付いていた。目的地に着いたにも拘らず、暁夫の表情からは何の感動も窺えない。彼自身もそのことに気が付いた。何故感動が無いのか。その理由はすぐに分かった。自分は死ぬことを決めている。決行とその後の事に意識が向いている。今自分の周りで何が起きようと、最早どうでも良いことだ。これが、彼の中で起きていたことだった。
死に場所を考え始めた。なるべく人目に付きやすい所を探した。計画の段階で既にその条件を考えていた。それは比較的人目に付きやすく、周囲に照明のない所だった。誰も来ない所では、死んで暫く後に傷みが進行した状態で発見される可能性が高い。それは避けたい。かといって死なない内に発見されるのも望ましくない。夜間は気付かれにくく、しかし日中は気付かれやすい場所。それが最適と思われた。
やがて道路の脇に茂みを見つけた。位置から考えて、もし自動車が通っても、夜間は恐らく気付かれないと思われた。辺りは闇に包まれていたから、テントを張り始めた。
本当に死ぬのか。生きたくはないか。練炭に火を点ける時、その思いが頭を過った。しかしそんなことは何度も考えてきたことだ。結論は出ている。生きたいかどうかではない。現実的に考えて、死ぬ以外の道は無い。選択肢が一つしか無いのならば、その道を進むしかない。単純な理屈である。
彼は恐れていた。それは遺体の損傷、また失敗した場合のことだった。死とは一体何か。死後の世界というものがあるのか。そんなことは考えても推測の域を出ないと分かっていたから、追究しなかった。
生き抜くことはそれ程までに重要なことか。生が何よりも重いのか。それを保持するためなら、最低限の安堵さえ犠牲にしなければならないのか。薄れゆく意識の中で、暁夫は考えた。
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