第5話 泥濘

 その晩、またも騒ぎが起きた。母親の態度は、先程の面談の時とは全く異なっていた。面談で進路は既に決定したにも拘らず、東工大を勧めてきたのだ。担任の先生はあなたのことを分かっていない。あなたはまだ力を出せていないだけだから、今から頑張れば可能性はある。そういう説明だった。


 その論理のようなものを、暁夫の脳が雑音と認識している間――いや、人間の脳は要らない情報は遮断すると言うから、そもそも認識していなかったかもしれないが――彼は、万人に通じる論理とは何であるかを考えていた。現在、同じ事象について異なる論理が成り立っている、ように見えた。しかし両者はごうも噛み合わない。このような場合、果たして解決する方法は存在するだろうか。幾らかの人々は、「話し合って、折り合いをつけられる所があるはずだ」と言うかもしれない。しかし実際には、両者はそもそも言葉が通じないのだから、折り合いをつける以前に意思の疎通ができない。ではなにがしかの決着をつけるためにはどうすれば良いか? それには、情報を最低限共有できる共通の論理が必要だ。それは一体どのようなものだろう。或いはどのようにしたら共有できるだろう。暁夫は考えた。しかし答えは見つからなかった。


 母親の関心は、主に後期に向いていた。どうにかして後期に東工大を受験させる。その一点に拘っていた。前期に関しては、話題にも出したくないほど不満なのだろう。暁夫はそう推測した。どのような展開になるのかは全く不透明である。しかし議論の中心が後期に移っているのだから、前期は出してしまおう。彼はそう考えた。母親に「前期は玄大で出す」と宣言した。そして翌日、前期の志願票を郵送した。宛先は玄海大学であった。

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