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べてぃ

第1話 雄ノ島にて

 しまは人口約二百、周囲五キロの小島である。しまと共に、本土から雌雄島汽船しゆうじまきせんが就航している。

 雄ノ島で最も美しい所は灯台である。港とは反対側、島の最北端にある。明治二十八年に造られた、全国でも珍しい御影石造りのものである。灯台の周りは一方は海、他方は山である。色の対比により、灯台は遠方からも明瞭に望める。


 三月下旬のことだった。まだ寒い時間に、灯台近くの道を通った者がいた。彼は、道から少し離れた所にテントが建っていることに気付いた。雄ノ島にはキャンプ場があるから、テントを見ること自体は珍しくない。しかし、このような場所にテントが存在するのは、いささか奇異なことであった。警戒しながら近づいて声を掛けてみる。しかし返事はない。テントの出口にはガムテープが張ってある。この状況から導き出される推測は、常識的に考えて好ましいことではなかった。発見者は警察を呼んだ。だが島には交番は無く、本土から警察が到着した頃には数十分が経過していた。


 警察がテントを調べると、中には青年が倒れており、直ちに病院に搬送された。青年の近くには睡眠薬と練炭があった。

 身元確認は容易であった。荷物の中に学生証があったからだ。家族には直ちに連絡がなされた。夕方には両親が到着した。彼らは黙っていた。取り乱してはいなかったが、震えていた。現実に起こったことが理解できていないようであった。警察に対して、この青年――名は暁夫あきおと言うのだが――の母親は、自殺の原因を、受験の失敗だと説明した。詳細は語らなかった。三月下旬であること、青年の年齢等を考えれば、そこには特別の疑問も無かった。だから警察もそれ以上追及しなかった。


 受験の失敗――これは確かに、全くの間違いではなかった。しかしながら、事実を誤解無く伝えようとするのであれば、この説明は甚だ不正確であった。むしろ事実とは遠くかけ離れた出鱈目でたらめと言っても良いかもしれない。何故ならば、暁夫は第一志望に合格していたからである。誰に強制されたのでもない、自分で選んだ大学であった。合格したにも拘わらず、彼は死を決断した。

「合格した。その結果自殺した」……常識的に考えて、この論理が破綻していることは、万人にとって明らかである。しかし事実は、彼は死を実行する瞬間まで冷静で、かつ論理的であった。常識的な思考をした末に死を選んだのだ。では、彼がその結論に至るまでの経緯とはどのようなものだったのか。彼に死を決断させたものとは、果たして何だったのだろうか?

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