俺の相方は最強の大剣二刀流使い兼VTuberのヘビーリスナー
木元宗
第1話
黒い肌に苔を生やした洞窟内で開けた場所に出ると、片手に持った松明を掲げて立ち止まった。
「……ふう。やっと着いた。始めようぜ」
俺は振り返ると、後ろに続いている筈の相方へ告げる。
俺と同じく、全身を銀色の甲冑で包んだ小柄な相方は、俯いていた顔を上げた。
「む。そうだな。この洞窟内に潜んでいる魔物を調べて退治して欲しいという依頼だったか」
甲冑で互いの表情は見えないと分かっているが、俺は
「……何で依頼して来た村の奴らみたいな喋り方してんだ?」
「いや、依頼書を読んでたから」
相方は、両手に広げていた茶色いボロ紙を持ち上げてみせた。俯いていたのはどうやら、腰に提げている携帯ランプの灯りを頼りにそいつを読んでいたかららしい。
俺は肩を
「何だよあぶねえな。転んだらどうするんだ? 依頼書なんて村から歩いて来るまでの間に
相方は、兜の
「ああ、いや、何かド忘れしちゃって……。へへ」
俺は空いている手を腰に当てると、相方を見下ろす。
「あっはっは。おいおいしっかりしてくれよー? この洞窟、周辺が荒らされてるから魔物がいるのは確かだが、どんな魔物が何匹いるかは分からねえって村人も言ってたじゃねえ……」
高い洞窟の天井から、何かが背後へ落ちて来た。
落下音は岩でも落ちたように鼓膜を揺らし、その正体を隠すように土煙を噴き上げる。
そいつへ向き直っていた俺は、背負う身の丈程の大剣を、松明を持っていない手で引き抜く。
「おっと早速お出ましか……? 依頼書読む手間なくなったみたいだぜ!」
薄れていく土煙を注視しながら、隣で武器を構えているだろう相方へ声をかけた。
……返事が無いので視線を投げる。
いない。
辺りを見ようと首を巡らせる。
さっきと全く同じ位置で全く同じ姿勢のまま、まだ依頼書を黙読していた。
「は!? 何やってんだよ魔物あそこにいるだろ!?」
「えっ?」
我に返ったかのように頭を上げる相方。
「えじゃねえよそこにいるだろうがっ!」
松明で土煙が上がる方向を指す。
すると土煙の向こうから、蜘蛛の脚みたいなものが三本突き出た。俺の腕ぐらいは厚みのあるそれは、槍のように土煙を裂いて突進して来る。
だが遅い。
俺と相方は歴戦だ。
現れた形状から魔物の正体も見抜いているし、この程度の魔物は朝飯前だという事も分かっている。
何だか今日の相方はボーッとしているが、こんな奴に後れを取るような奴じゃあないぜ!
「全く、行くぞ!」
俺は相方のカバーには入らず、三本脚の間を縫って土煙へ猛進すると、大剣を薙ぎ払う。
「おりゃ!」
ゴムのような弾力を捉えた大剣は、土煙を掻き消し魔物を洞窟の壁へ打ち付けた。砲弾のように激突した魔物は、壁面の破片と共に地へ落ちる。
その泥の塊みたいな胴に、蜘蛛の脚のような触手を無数に生やした姿。予想していた通りの魔物だ。その辺の奴には退治を頼めない危険な相手だが、俺と相方の敵じゃあねえ!
「ぐえぇ!」
遥か後ろで、相方の情け無い声が上がって振り返る。
触手に突かれたようで、魔物と同じく壁にぶち当たって土煙を上げていた。
「おおい何やってんだァ!」
俺は相方へ駆け寄りながら、もう我慢ならんと怒鳴る。
「あんな雑魚魔物の攻撃も避けらんねえなんてフザけてんのか! 真面目にやれよ!」
俺は相方を起こそうと、松明を投げ捨てて腕を伸ばす。が、相方が両手で依頼書を持ったままだと分かると、その腕を引っ込めて更に怒鳴った。
「お前っ、何でまだ依頼書読んでんだァ! もう要らねえだろ二度とってぐらい!」
相方は申し訳無さそうに、地面でひっくり返ったまま声を漏らす。
「い、いや、ちょっとまゆたんが可愛過ぎてつい……」
「可愛い!? 頭おかしくなったのかお前っ! 確かにあの魔物の名前はマユシターンだけれど、んな
その時相方の兜の奥から、声優でもやってそうな若い女の可愛い声が鳴り渡る。
「っはーい! こんばんまゆまゆー! マシカクライブ所属VTuber、真綿まゆりだよーっ!」
相方は男だし、可愛らしい女の声を出せる特技も持っていない。
そしてその女の声は肉声では無く、何らかのメディアから流れているノイズが混ざっていると分かった瞬間、俺は大剣を相方へ打ち落としながら怒り狂った。
「てんめえ! 高難度クエスト中にVTuberの配信観てやがったな!」
大剣を打ち落とされた相方は、ド派手な破壊音と共に「ガハァッ!」と声を上げるも、ダメージは完璧なゼロだ。
そう。俺と相方はこのオンラインゲームを何年もデュオで遊んでいる親友であり、今日は高難度クエストを片付けようと約束して、いつものようにボイスチャットを繋いで遊んでいたのだが……。
俺は相方の首根っこを掴むと頭上へ持ち上げて、画面酔いを起こしてやろうとガクガク揺らす。
「この野郎、戦闘中に! マユシターンは本来十八人で挑むのが適正の相手なんだぞ!」
宙で目を回しながら呻く相方。
「ぐ……、済まない、今日はまゆたんの新衣装お披露目配信なんだ……! 配信前にアーカイブもチェックしておかないとと、ついクエスト中に……! 許してくれ相棒よ。リスナーと冒険者の二刀流に挑んでしまった事を……」
「その甲冑もてめえの血で新衣装風に染めてやろうかアァン!?」
「ギャピィイイイッ!」
マユシターンが怒りの声を上げながら立ち上がる音を聞き、相方の首を放しながら振り返る。
俺の攻撃に腹が立ったようで、触手を活発にうねうねさせながらこちらを睨んでいた。目は無いが。
兎に角、幾ら俺達が歴戦とは言え、手を抜いていい相手じゃない。俺は相方に集中させようと、軽口を吐く。
「ほれ、まゆたんが呼んでるぞ」
「まゆたんはあんなんじゃねえよ! もっと可愛いわ!」
案の定ブチ切れし出す相方。オタクってのは自分が好きなものを馬鹿にされると正気を失うから、今は丁度いい。
足踏みをして暴れ出す相方の横で、俺は続ける。
「ふん。俺はVTuber詳しくねえから知らねえもんね。だったらお前の力で教えてくれよ。まゆたんの魅力ってやつを」
「上等だ! このゲーム内で唯一の組み合わせでの二刀流を確立した俺に……」
顔が真っ赤になっているだろう相方は、俺から大剣を奪い取った。そして、自分で背負っている大剣を、空いている手で小枝のように引き抜く。
「力を示せと侮った事を後悔させてやる!」
そして、俺の猛進より遥かに速く、最早疾風と言ってもいい速度でマユシターンへ直進した。
それは、初心者でもしないような
中級者なら鼻で笑い、上級者なら可愛いものだと微笑むだろう。
だが、その道を極めた者には分かる。
この歩みは愚者の行進では無く、王者の凱旋である事を。
マユシターンの無数の触手が、豪雨のように相方へ降り注ぐ。
相方はそれを、一切の減速も進行方向の変更もせず、寧ろ加速しながら両の大剣で打ち払う。
斬り落とされる触手が舞う中、悲鳴を上げようとマユシターンが身を捩った。声が噴き出す間際、二つの巨大な太刀筋が、マユシターンを頭から両断する。
余りにも呆気無い幕引き。
マユシターンの血が降り注ぐ中、このゲーム内でただ一人、大剣の二刀流を確立させた廃人プレイヤーである相方は、横顔を見せるように振り返る。
「俺は配信を観ながらでも強いし、まゆたんは世界一可愛い。分かったか。だから配信を観ながらクエストをさせろ」
俺は呆れて、肩を竦めた。
「いや、ボッコボコにされてたじゃねえか」
「まゆたんは可愛いから、仕方無いね」
「何言ってんだお前」
やっぱり俺の相方は、頭がおかしいのかもしれない。
俺の相方は最強の大剣二刀流使い兼VTuberのヘビーリスナー 木元宗 @go-rudennbatto
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます