【1】二刀を追って一校を得る

池田春哉

二刀を追って一校を得る

 武器は多いほうがいい。はじめはそう思ってた。

 しかし僕はすぐに、手がふたつしかないことに気が付いたんだ。

 武器がたくさんあっても持ちきれない。無理に持ちあげても重くて動けなくなる。それじゃむしろ弱体化してしまう。

 つまり、二刀流が最強なのだ。

 手はふたつしかない。それならその両方に武器を持つのが効率的で合理的だ。

 そしてその武器を操る腕と、武器本体を研ぎ澄ませることが僕を最強へと導いてくれる方法なのだろう。

 ――そう。

 僕は、最強に生きたい。


***

 

「だから僕は家庭科と体育だけ頑張ることにしたんだ」

「なにその謎理論と謎教科チョイス」

 目の前に座る楠谷くすたにさんは人間の限界まで首を傾けた。学校指定の赤いリボンが胸元で揺れる。

 どうしてか彼女には、僕の話が理解できなかったようだ。彼女はクラスでもトップの成績を誇るほど賢いはずなのにどうしてだろう。

「よく考えてみてよ。人として最強に生きるにはさ、まず健康が必要でしょ? で、健康な身体を得るためには運動が必要だ。だから体育は頑張らなきゃ」

 僕はさらに細かな説明を加えた。これならさすがに理解できるだろう。

「それと家庭科も大事だよ。家庭科では衣・食・住すべてについて学ぶ。生活のすべてが詰まってるんだ。人として生きていくのに、ここまで欠かせない教科ってあるかい?」

「高校受験には欠けてんのよ」

 楠谷さんの口から刀の切っ先のように鋭い言葉が返ってくる。

「せめて主要五教科のどれかならよかったのに」

「あの中には武器になりそうなのがなかったんだよな」

「入試に必要なのは刀じゃなくてペンだよ、佐伯さえきくん」

 かちかち、とシャーペンの芯を出して「ほら、ここ違う」と楠谷さんはペンで示した。ペン先が置かれたのは先程まで解いていた国語の漢字問題の解答欄だ。彼女は僕の解答を二重線で消して、逆向きの文字で正しい漢字を書く。

「この漢字間違えやすいから気を付けて」

「ありがとうございます、先生」

「問題児を相手にするのは大変だよ」

 やれやれと首を振りながらも先生と呼ばれた彼女はまんざらでもなさそうだった。彼女は他人に勉強を教えるのが好きなのかもしれない。ここ一ヶ月、ずっと僕に勉強を教えてくれてるし。

 しかしそう考えると、ひとつ不安がよぎる。

「そういえば受験まであと少しだけど、楠谷さんは勉強しなくて大丈夫なの?」

 彼女は自分の問題集やノートを開いていなかった。

 どころか、僕は今まで彼女の勉強している姿を見たこともない。今日だってまっさらな机の上に組んだ腕を置いて、僕の勉強を見てくれている。いや、見張られてるのかもだけど。

「余裕だよ。弐東にとう高校くらい」

 その言葉通り、彼女は余裕たっぷりの笑みを浮かべた。どこまで余裕なら受験勉強なしで受験に臨めるというのか。

 しかしそれほど余裕のある彼女なら、さらにレベルの高い壱西いっせい高校も狙えるんじゃないか。それなのにどうしてわざわざ弐東高校を選ぶんだろう。もしかすると壱西高校は東京の高校だから、一人暮らしをしなきゃいけないのが嫌なのかもしれない。

「ま、とにかく」

 目が合った。彼女の大きな目が僕を覗き込み、そのままにっこりと笑う。

「そんな私が教えてるんだから大丈夫。安心して受験を迎えなよ」

 そう言って彼女は小さく胸を張った。胸元のリボンがまた小さく揺れる。

 そのとき、教室の扉が開いた。

「おお佐伯、勉強中だったか。えらいぞ」

「あ、先生」

「頑張ってるとこ悪いけど、今ちょっと時間もらえるかな?」

 扉の前で担任が手招きする。目が合ってるから、彼女ではなく僕を呼んでるんだろう。やけににこやかな表情が気になる。

 僕が窺うように彼女のほうを向くと、彼女は「どうぞどうぞ」と両手で送り出してくれた。ノートを閉じて立ち上がり、教室の外へと歩いていく。

「まずはおめでとう」

 教室に出た僕に向けた担任の第一声はそれだった。


***

 

「スポーツ推薦で入学決定だって」

「……え?」

「僕がこの前ヘルプで参加した陸上部の大会を高校陸上部の顧問が見てたらしくてさ。すぐにでもうちの部に入部してほしいんだって」

「そんなことある?」

「僕もびっくりだよ。ついさっき先生のとこに電話がかかってきたんだってさ。入学試験免除されて、学費補助も出るみたい。面接はあるみたいだけど形だけだって」

 教室に戻った僕は、先程担任から聞いた話をそのまま繰り返す。楠谷さんは口を開けたままそれを聞いていた。

「えっと、ちなみにどこの高校?」

「壱西高校」

「マジか」

「うん。だから春から東京で一人暮らしになるね。まあ料理も掃除も裁縫もできるから大丈夫だとは思うんだけど」

「…………」

 僕の話を聞いて、彼女は急にがさがさと自分の鞄を探りはじめた。それから机の上に数冊の問題集とノートを開く。

 そして、がりがりとすごい勢いで問題を解き始めた。

「え、どうしたの急に」

「うっさい」

「さっき全然余裕って」

「集中してるから話しかけないで」

「ええ……?」

 そのまま彼女は口を閉ざして、ペンを動かし続けた。真っ白なノートが黒い文字で埋め尽くされていく。時折聞こえるのは、かちかち、とシャーペンの芯を出す音。

 そしてその合間に、本当に小さく。

 絶対同じ高校行くんだから、という声が聞こえた気がした。



(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【1】二刀を追って一校を得る 池田春哉 @ikedaharukana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ