日曜日の部

男子高校生と寮生活

 光喜こうきは隣の部屋の戸をノックも無しに開け放つなり叫んだ。

「弱冷房車!!!!!」

「残念、クーラーは壊れてます」

「げえーっ」

 夏休みの日曜日ともなると静かな学生寮。皆里帰りしているからなのだが、光喜はまだ実家に帰らず寮にいた。

 自室のクーラーが壊れたので涼を求めて隣の部屋にやって来たが、当たり前のように壊れていた。当てが外れた光喜はがっくりと肩を落とす。

「なんで夏休みは寮母さんいないんだよー!」

「代わりに守衛さんが外と連絡とってくれるって話じゃん。落ち着けよ」

 同じく寮でだらだらと呆けていたのは、同じ2年生の源都げんと。源都も汗だくで自らが原動力のうちわを頼りに一日を過ごしていた。

「今すぐ涼しくはならないじゃん!!!!」

 無茶を言うな。

 光喜の気持ちはわかるが、守衛さんの待機している建物まで炎天下の外を歩くのは源都も絶対に御免だった。

「そうは言ってもクーラー壊れてること言わないと直してもらえないだろ」

「じゃあ源都行けよ。クーラー着かないんだろうが」

「光喜が行けよ。耐えられないくらい暑くて死にそうなんだろ?」

「お前こそ顔死んでんぞ。ばあちゃんが漬けた梅干しみたいな顔色しやがって」

「お前だってグレーのTシャツが変色してんじゃねえかよ。俺の部屋に汗垂らすなよ」

 うだうだと言い争う体力も惜しい。しかし両者心は一つ。


『絶対に外に出たくない!』


「……とりあえずお茶飲む? 氷入れてやるからそれで我慢しろ」

「おー……さんきゅー」

 部屋の隅に置いてある白くて小型の冷蔵庫。そこからペットボトル入りの麦茶を取り出し、半分以上霜にやられ始めている冷凍庫から氷を出して二つコップを用意する。

「この冷凍庫に入りたい……」

「死ぬぞ」

 喉を鳴らしながら麦茶を飲み干した。

 屋内なのでさすがに屋外の日向ほど暑くはないが、今日は風も入ってこないし、古い寮だからかどこからともなく湿気が湧いてくる。じめっとしたへばりつくような日本の夏を感じる。それが容赦なく気力と思考力、水分などもろもろをいたいけな男子高校生から奪ってゆく。

「これ死人出るぞ……マジでヤバいな今日は」

「さっきから源都死ぬとか人が死ぬとか、物騒だな。語彙力が死んでるじゃん」

「お前も言ってるじゃん」

「この部屋アイス無いの?」

「無ぇよ、ふざけんな」

「食堂はダメかな?」

「夏休み中は動いてないから空調も着いてないだろ」

「多目的室は?」

「以下同文」

「詰んだな……」

「今日が命日か……」

「お盆近いからすぐ帰って来れるな」

「良いことではないぞ」

 一ミリもやる気が起きない。

 ぐったりと床に倒れ、密やかなフローリングの感触だけで意識を保つ。

「……早く守衛さんところ行って来いよ、光喜」

「ゼッタイヤダ」

「意地張ってる場合じゃねえだろ、これはもはやエマージェンシーだって」

「そう言ってる源都こそ意地でも外出る気ねえじゃん。それはズルい」

「出たくないのは当たり前だろうが。これは溶ける。溶けて死ぬ」

「死ぬ好きだなおい」

「死にたくねえから出たくないんだって、わかれ」

「……っそうだ!」

 と、突然光喜が驚いた猫のように跳ね起きた。

「わ、何? どした?」

「部屋から出ないで守衛さん呼べばいいんだよ」

「は?」

「ほら、無人島とかで瓶にSOSの手紙入れるじゃん?」

「……ん?」

「あれをやればいいんだよ!」

「なるほど……ってなるか! どゆこと?」


 というわけで、光喜はルーズリーフを折って紙飛行機を作成した。

「空調が効かなくて死にそうです。って書いたし、これで気付いてもらえるだろ」

「届くか? この窓から飛ばすの?」

「いけるいける!」

 源都の部屋は寮の三階の中ほどに位置している。すぐ隣が光喜の部屋なので、どちらが守衛さんがいる建物に近いとも言えない微妙な距離。だが、幸いターゲットまでの航路は植樹の広がった枝も無くまっすぐに見えた。

「よっしゃ、いっけー!!!!!」

 本日は快晴なり。無風、方角よし。

 光喜は振りかぶって紙飛行機を夏空へ解き放った。

 だが――、

「落ちたーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」

「その折り方じゃ飛ばねえんだよ。一枚よこせ」

 二機目は源都が折った紙飛行機。

「おらっ」

「おおーっ! すっげえ飛ぶ!」

 その紙飛行機はふわふわとうまい具合に空気抵抗をいなし、光喜の紙飛行機の落下地点よりも大きく距離を伸ばした。

「だろ。なんか小学校の時に流行った折り方」

「そうなんか。折り方教えてよ!」

「おう、いいぞ」

 次は源都と同じ折り方で、光喜の再挑戦である。

「っしゃーっ! 飛べっ……て、あれー?」

「ちがうちがう。投げるのにそんなに力入れないんだよ」

「そうなん?」

「もっと打点高めに狙って、空中にホイって感じ」

「え、え? なんて?」

 再度、源都が説明しながら紙飛行機を窓から空へ放つ。それはやはり光喜のものよりもよく飛んでいった。

「こう、腕は真っすぐスローインする感じで」

「こ、こう?」

「そんな感じ。で、目線の先に投げる」

「はー。ちょっと練習したい」

 また教えてもらった折り方で光喜は紙飛行機を作成する。

「あと、ここの羽のとことかこんなふうに角度つけて……」

「ほうほう。早く言えよそういうことは」

 何度か試行錯誤を繰り返し、ようやくこれで光喜も源都と同条件で飛ばせるようになったはずだ。

 明るい窓の外側へ、目線を遠くへ、高い空へと紙飛行機を放った。

「いっけえーーーーーーーーーー!!!!!!」

 寮のある敷地は学び舎である校舎とは別の区画にある。緑豊かな環境で、自然が多い。そのため、野鳥や都会ではまずみないような大きなガなんかもうようよしている。

 そして守衛さんがいる建物だが、二階建ての四角柱、といったようなたたずまいのこじんまりしたものだ。そこで日夜交代で学生と学校の安全を守ってくれている。

 コンーー……

「と、届いたーっ!」

「お、二階の守衛さん気付いてくれたみたいだ」

 光喜が飛ばした紙飛行機は、めでたく守衛さんの待機している建物二階のガラス窓に辿り着いた。先端がガラスを叩き、二階で書き物をしていた守衛さんがびっくりしているのが見えた。光喜と源都はその様を見て興奮のあまりに飛びあがって笑い合った。

「……あ、待って」

「どうした光喜?」

「手紙書くの忘れてた」

「え、あの紙飛行機何も書かれてないの?」

「うん……」

 窓から見えた二階の守衛さんは一階に下りて行ったようだ。姿が見えない。

「投げた意味ねえじゃん」

「途中から初心を忘れていたので」

「アホ!」

 一階で仕事をしていた守衛さんも異変に気付いたようで、二人の厳めしい制服が揃って建物から出てきた。

 そのうちに地面に落ちている紙飛行機にも気付く。そして、寮の方へ視線を向けると……まだある墜落した紙飛行機たち。

 光喜と源都が黙ってなりゆきを眺めていると、守衛さん二人とばっちり目があった。

「何してるんだお前達!!」

「す、すみませーーーーーーーーーーーーーーん!!!!!!!」

 男子高生二人は慌てて寮を駆け下りて行った。


「いやーめっちゃ怖かったけど、クーラー直って良かったね」

「それな。親と先生以外で怒られる事あんまりねえからマジびびったわ」

 結果オーライと言えばそうとも言える。

 結局二人は炎天下の外に出て、自分たちの飛ばして落下させたかわいそうな紙飛行機たちを回収して回った。それから守衛さんに事の顛末を話し、修理業者をその日のうちに呼んでもらえたのだった。

「やっぱ夏は室内が一番だよな」

「ほんとほんと。クーラーあるなら急いで実家帰んなくていいわ」

「もう出たくねー」

 怠惰な夏休みの男子高校生は空調が効いてきた部屋で溶けきっていた姿かたちを取り戻し、対戦ゲームに高じる。

 しかし守衛さんにまだ寮にいる生徒があの部屋にいるとマークされた二人は、夜更かしていることをその後また叱られたのだった。

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