「エンディング」

「空間航路出口」

『本日は、月面ステーションにお越しいただきありがとうございます。アポロ記念旅行パックツアーの方は右の通路に…』


「ここも、だいぶん賑やかになったなあ」


 ホタルはそう独りごちると花束を小さな石碑の前に置く。


 それは、母アズキが巻き込まれた月面ステーションの事故後に建てられたもので、この事故では母アズキの他にも3人が犠牲になっており、しばらくのあいだ区画規制されていた場所でもあった。


「お、お前さんも持ってきたか」


 みれば、父ミツナリがホタル以上の大きな花束を抱えてこちらに来ていた。


 その背はクラハシによって出力された際にいくぶんか若返っており(クラハシの話では、本人の希望だったらしい)母アズキの碑の前に花束を置くと、静かに手を合わせる。


「…なあ、親父。仕事の具合はどうだ?」


「ん?まあ、ボチボチだな。前の動画を出していた頃の比じゃないが」


「そっか。買った家はどうだ?」


「オリがうるさい。広い家にしたんだが、物がごちゃつくと文句を言う」


「我慢しろよ、それくらい。同居人を許したのはそっちだろ?」


 …あのモノリスでの事件の後、ホタルはミツナリと別れて暮らすことにした。

 

(共依存と昔は言ったものだが、どっちもどっちで相手に依存しあい、抜け出せない状態にあることをさすんだ。親離れ、子離れできないパターンがまさにそれでね。そう言う場合は互いに距離を置いてみるのもありなんだよ)


 クラハシの話では、ホタルは契約書から脱却はできているものの、ミツナリと長いあいだ暮らしているうちにミツナリの言うことを聞かねばという考えに囚われやすい体質になっていると指摘した。


(ゆえに、別々に暮らすことをオススメするね。まあ、この思考は契約書ひいては『アンカー』時代以前からあったし、ザクロとその母親も同じ状態にあったからね、どこにでもある、ありふれたものだと思った方が良い)


「…でもさ、前々から不思議だったんだけれど」


 そう言ってホタルはミツナリと歩きながら手に持つカメラの映像を確認する。


「秘書はわかるけれど、なんでカメラ係?絵を公開するなら、それなりのサイトだってあっただろうに」


 それにミツナリは目を泳がすと「まあ、そうだな」と答えた。


「まあ、お前さんが中等部時代に作った映像作品に嫉妬していたのもあったが…何より、その、あれだ」


 言うなり、ミツナリはホタルから視線を逸らすとこう言った。


「似ていたんだよ、アズキの仕事をしていた時の顔に」


「ん?」


 途端にミツナリの顔が赤くなり「言わせるな、これ以上!」と叫ぶなり、航路のゲート前まで行く。


「ともかく、俺はこれからも父親らしいことはできないが、アズキの墓前に花を手向ける日には連絡を寄越すから、お前も元気でいろよ!」


 言うなり、ゲート前で大きく腕を振るミツナリに「ああ、わかった。オリにもよろしく言っといて」とホタルはうなずく。


 その時、ホタルの背後に人の気配がし「ふむ、ちょうど親子の別れの場面だね」と声がした。


 みれば、そこにいるのは感慨深そうに腕を組んだクラハシ。


 背後にはザクロもいたが、どうやらクラハシの買い物に付き合わされていたらしく、腕には重そうな紙袋がいくつも下がっていた。


「げ、クラハシ!」


 言うなりミツナリは逃げるように『アンカー』を潜り抜け、その姿が消える。


「あ、親父逃げた。じゃあ、これで来年か」


 父娘の別れにしてはあっさりとした結末。

 拍子抜けしたホタルにクラハシが「そうだね」と声をかけた。


「だが、向こうも向こうの都合があるからね。おそらく、向こうにはオリの姿もあることだろう」


 それにホタルは「あーあ」と天を仰ぐ。


「でも、まさかオリがミツナリを選ぶとは思わなかったなあ」


「ホームシックかい?」


「違わい」


 ホタルの発言にクラハシは苦笑するも「ま、彼女の決めたことだ」と続ける。


「おそらく『アンカー』で繋がった時に、オリ嬢もミツナリ氏に同じ寂しさを感じ取ったんだろうね。この星に自分は1人かもしれないと言う寂しさにね」


 その言葉に思うところがあり、ホタルは「…博士も、同じ気持ちになったりする?」と尋ねる。


 それにクラハシはほんの少しだけ目を細めるもやがて「いや」と短く答えた。


「何しろ、今はすることがたくさんある。コジシから聞いているオオグマ弁護士事務所のばら撒いた契約書の処理に、各地に散らばるサミダレ工房の本の行方。それに…私についてきてくれた後進たちへの教育もある」


「ふむ、さいですか」というホタルにクラハシは手を叩き「さあ、話はここまでだ。そろそろ次の場所に向かおう」と近くのコンシェルジュへと目をやる。


 そこにザクロが「あ、その前に自宅に荷物置いてきて良いですか?」と聞き、クラハシは「ああ、そうそう。忘れていたよ」とホタルの方へと目を向けた。


「じゃあ、お願いして良いかい?」


 それにホタルは「わかりました」と言って本を取り出す。


 それは、父ミツナリから譲り受けた本。

 母、アズキの形見の本。


 そして、今はホタル自身の所有する本であり…


「「「「「「「おかえりなさーい!!!!」」」」」」」


 玄関先に、カモノハシたちの元気な声。


 その声に応えるようにホタルは「ただいま」と微笑み、クラハシ所属の記録係兼助手として、次の起点スイッチへと歩み始めた。

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Switch(スイッチ) 化野生姜 @kano-syouga

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ