「ミツナリとの再会と原始の海」
「彼女が…地球の生物の源?」
委員会の女性の言葉に思わず戸惑いの声をあげるホタル。
そこにクラハシが「そうそう、ホタルくん。彼女が委員会の女性と話しているうちに、ミツナリ氏を探すのはどうだろうか?」と突然提案をする。
「ふあ!?」
そう、今のいままで忘れていたが、ホタルの父ミツナリも騒ぎに巻き込まれた挙句に海中に没し、行方不明となっていた。
「え、でも今も海中に親父いるのかな?だって、溶けちゃったんじゃ…」
どこまでも広い海を見渡しつつ、オロオロするホタル。
そこにザクロが「別に見つけなくても良いんじゃないですか?」首を傾げる。
「明らかにミツナリさんのしてきたことは虐待ですよ。本の扱いだってひどいし、記憶の中でも読書なんて無駄な時間と言って…大体、僕は!」
「ザクロ、今日までにコーヒーを何杯飲んだ?」
不意にそう聞いてきたクラハシに、ザクロは目をそらすと「…五杯以上」と、モゴモゴと答える。
「ザクロ、君は興奮しやすいたちだろう?」と、やんわり注意するクラハシ。
「一日の摂取量は3杯まで。以後、気をつけるように」
それに「あ、はい」とザクロは答え「まあ、彼の言うことにも一理ある。気を悪くしたのなら、すまなかった」と言いつつ、ホタルの持つ本へと目を落とす。
「おそらく、彼は怖いのだろう。外部に対して異常なほどに恐怖を感じ、自分の殻に閉じこもっている。だからこそ外部からの言葉を受け入れにくく、自分本位な態度になってしまうのさ」
「え?」
「では、ミツナリ氏のところに行きたまえ…いつもの君の方法で」
ついで、ホタルの持つ本が光りだし、ふとホタルは自分がなにをすれば良いかわかった気がした。
「…リターンポイント、登録者ミツナリ」
そう口にした途端、ホタルの視界は一変した。
…そこは星々のきらめく宇宙空間。
目の前にあるのは惑星モノリスで青い光を放っていた。
(おう、どうした。お前さんも来ちまったのか?)
「親父!?」
声のするところに顔を向ければ、そこにいるのは黒いスーツを着たミツナリで(ああ、待て待て。こっからが面白いんだ)と、言うなり前方を指さす。
「何が…」とホタルは呆れ返りつつも前を見ると、そこには巨大な隕石が今まさにモノリスへと衝突しそうになるところ。
接触時にはモノリスの表層は半分以上けずれ、その大部分が衝突した隕石に巻き込まれるも、回転しながらなんとか形状を保つことができた。
(でもまさかな、アレがああなるとは…)
ミツナリの声に前を見ると、衝突した隕石は宇宙を漂い、表面の水分を蒸発させながら宇宙をさまよう。
その先は太陽系。その周囲を囲む星の1つへと衝突し…
(あれはな、地球だ。俺たち人類の生まれた最初の星だ)
大気圏へと突入した隕石は、マグマと水蒸気の沸き立つ大地で砕け散る。
そしてややマグマが冷え、黒々と固まった大地の上に隕石は残存し、その上に水蒸気が被さると、しばらくしてからマグマの大地は陸地へ、そして隕石の落ちた箇所は次第に海へと変化していった。
…気づけば、そこは大海原。
浅瀬に沈む隕石。
その表面に微細ながらも付着していたものがあった。
それはあの惑星の生物。
水分を含み、わずかに息を吹き返した生物は、あることに気づく。
『…暖かい』
それは、海上から降り注ぐ太陽。
太陽光は生物にわずかながらの刺激を与える。
そして、生物は増殖を始めた。水中で太陽光を吸収し、回遊しながら自己増殖を繰り返し、やがてその数は次第に種類と数を増していき…
(俺さ、変だと思っていたんだよ。どうして、あの星と何光年も離れたところにいる俺たちが、あの星の水の中に溶けるように取り込まれて、記憶を同調できるのかってさ。でも、この光景を見てわかったよ)
ミツナリは目の前で豊かになっていく海を見てぽつりとつぶやく。
(俺たちはさ、元を辿れば同じ生物だったんだよ。遠い星から隕石に乗って旅をして、辿り着いた先で増えて。でも、それってすごいことでさ。宇宙は広いけれど、それだけ繋がりもあるってことは俺もなんとなく感じててさ)
(それで、俺は…俺が何を描きたかったかわかった気がしたんだ。本当に描くべきものはこれだったんじゃなかったのかって…でもさ)
途端にミツナリの目から涙がこぼれる。
(俺は、本当は怖いんだ。俺自身が有名になって公に出て、それで出身星に連れ戻されて、契約書でオオグマ弁護士事務所の人間として無理矢理働かされることが、本当は怖くてたまらないんだ)
ミツナリは娘であるホタルの前でボロボロと涙を流す。
(親父もさ、お袋もさ、あの星の奴隷みたいな位置にいる連中で、口を開けば、オオグマ弁護士事務所は良い場所だって、あの場所に頼れとそればかり!)
(そのうえだ!)とミツナリは叫ぶ。
(奴らは、俺にも将来あの場所で働くべきだって、それ以外は行く場所などないって、自分の考えを押し付けるばかりで。俺の本当にしたいことなんて全然見てくれなくて、それで、それで、俺は…!)
「あの契約書を持ち出して、母さんに書かせたの?自分の居場所が欲しくて」
ホタルの言葉にミツナリは地面に座り込んで大声で泣く。
涙と鼻水を垂らし、子供のようになきじゃくる。
(うらやましかったんだ。アズキが編集者として生きていることに。活き活きと惑星中を回って、1人の人間として、女性として、立派に生きていることに)
「…なあ、親父」
(ん?)
いつしか、周囲はシダに覆われ、ホテルで見たような二足歩行の爬虫類が闊歩していく。
「じゃあ、アタシはなんだ?親父にとってアタシはどういう立ち位置なんだ?」
それにミツナリはホタルの方を向くと大きく頷き、こう言った。
(そりゃ決まってる。一生使い勝手の良い、有能な秘書兼カメラマンだ)
その瞬間、ホタルはミツナリの顔に拳を叩き込んだ。
別にアズキの言葉を受けて殴ったわけではない。
全身全霊。自分の意思で自分の拳でミツナリの顔へと鉄拳を喰らわせた。
「…クソ親父、いっぺん、しっかり反省しろ!」
その時、ホタルの背後から「おやおや」と声がかかった。
「手を貸そうと思ったが、別に必要はなさそうだったな」
そこにいたのはクラハシでミツナリは未だ地面に倒れてもだえている。
「こちらもひと段落着いたところでね。あとは君を引っ張り出すだけとなった」
ついで、ミツナリを見るなり「やあ、ミツナリ氏」と声をかける。
「どうやら、君は自我が強くてよかったね。オリの話では、カネツキ氏や夫人はすでに彼女の中に溶けてしまったと聞いていてね。それ以外の人格の引っ張り出しと肉体の修復には手間がかかるが、なんとかなりそうだよ」
「…なんの話だよ」
それに不機嫌そうに応えるミツナリに「これからの話さ」と続ける。
「何しろ、君はホタルくんを長いことオオグマ弁護士事務所製の契約書で拘束していた。それについて、今後賠償責任が発生するかをコジシとともに相談していてね。かなりの額になることを覚悟してくれたまえ」
「はあ!?」
半ばパニックになるミツナリに「いや、普通はそうだろ?」とクラハシ。
「もちろん、人を操作する契約書などという明らかに違法な書類を作成した時点でオオグマのほうにも責任はあるが、弁護士事務所は崩壊、しかしながら誕生日に君がホタルくんに譲渡した本には契約書の写しがバッチリと残っている。これを証拠として提出すれば十分なほどの金額が出るはずだ」
「ちょ、ちょっと待てよ…」
言うなりミツナリはホタルの方を向き「俺、そんな契約をいつしたんだ?」と、確認するように聞いてくる。
それにクラハシは「それは、コジシくんの手によるものだ」と答えた。
「コジシ?あの弁護士の?」
「彼女は元々君と同じ惑星の出身で、君の両親と同じく弁護士事務所に就職することが決まっており、そのままエスカレータ式に移動し、契約書で自我を取られて働いていた」
「しかし、カネツキ氏と接触した際、彼女の人生は変わった」とクラハシ。
「モノリスの酒には海洋水が使われており、そこに入ったオリの意思は彼女の体を取り込むのと同時に、ナノマシンの影響を受けない自我の復活をうながした…ゆえに彼女は半ば自分の意思で出身星の破壊を望み、その足掛かりとして周囲の人々にモノリスの酒を勧め、自我の開放を目論んだ」
「その中の1人が、君である…そう、ミツナリ氏だった」と、ミツナリへと顔を向けながらクラハシは語る。
「しかし君の場合、酒を飲んでも自我は解放されなかった。それどころか契約書を悪用し、妻や娘までを所有物として扱っていた」
「それを受け、自我を取り戻したコジシくんが何を思ったのか…想像に難くないだろう」とクラハシ。
「じゃあ、じゃあ俺の本は?俺が手に入れたものは?どこにいったんだよ」
「今はもう、どこにもない。アズキ氏が亡くなる日、コジシくんは彼女に接触し、事の次第を説明した上で契約書の変更をさせた。意思を完全に支配するものではなく緩和させ、ホタルくんが成人の年齢に達した時点で本が譲渡されるように変更した…これが、真実だ」
「そんな、そんな…!」
膝をつくミツナリ。
それに、ホタルはミツナリの前にかがみこみ「親父」と一声かける。
「アタシ、決めたんだ。これからは自分のことは自分で決めるって」
「…だからさ」とホタルはミツナリの目を見据える。
「親父も自分で生きてみろよ。人に頼らず、自分でできることをしてみろよ。それができるようになったら、また会おうぜ」
「ホタル」
ミツナリはしばらく上を向き、どこか放心しているようだったが、やがて大きくため息を吐くと「…わかったよ」と顔を上げる。
「思えば、俺の視野も狭かった。2人で暮らした期間は長かったが、父親らしいことは一度もしてやれなかった。けれど、ここに来て、いくぶんか頭を冷やして、叱られて…でも、これからどうしたものか」
「それは、決まっているさ」とクラハシ。
「彼女の意向に沿ってやれ。ある程度距離を置き、世の中について学ぶと良い。なあに、稼ぐことについては問題はないことはわかっているだろう?」
それに何か思い至った様子で「絵を描けってか?」とミツナリ。
「…まあ、確かに。思えば俺の人生それしかなかったからな。自分の描きたいものを描く。それで食っていければ重畳。まあ、その足掛かりは娘に作ってもらったしな」
ついでホタルを見るミツナリ。
「だが、方法はどうしたものか。俺は動画もスケジュール管理もできないぞ」
それにクラハシは「それは、問題ないさ」と答えた。
「管理に必要なツールであれば、こちらで用意しよう。何しろ、君はホタルくんに迷惑をかけてはいけないからね。自分の力である程度のことはできるようになるよう、先ほどホタルくんに言われただろう?」
「そう…そうだな」
そして、ミツナリはホタルを見ると「よし、ある程度距離をおくか」と決心した顔でうなずいた。
それにホタルも「そうしてくれると、助かるね」と大きくうなずき返す。
そして、ホタルはミツナリとともに外に出るため、彼の手を取る。
…そこには、あのミツナリがいなくなったときの動揺はなくなっていた。
ただ、清々しいまでの空気がホタルの中に流れている。
(もう、親父なしでもアタシは生きていけるな)
そんな思いとともにホタルは父ミツナリの顔を見る。
「じゃあ、戻ろうか」
そうして、クラハシの言葉を皮切りにホタルは地上へと戻ることにした。
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