【KAC20221】アルコールとお砂糖

肥前ロンズ

アルコールとお砂糖

 星にちなんだ酒はありますか。そう言った壮年の紳士は、雪に覆われた枯木のような声をしていた。低く静かだが必ず人を振り向かせるその声は、暗いバーの中で灯る琥珀色の照明とよく似ている。

 真っ先に思い浮かんだのはスコーピオンだったが、紳士が、娘が酒を飲める年になったことに気づいた、と言うので止めておいた。娘さんの成人祝いということだろう。あれはオレンジジュースやレモンジュースを使用するため口当たりがよく飲みやすいが、アルコール度数が高いため、限度を知らない初心者だとすぐに酔いが回ってしまう。期日までに私は、成人したばかりの女性が楽しく飲みやすく、かつ星にちなんだお酒を考えることになった。

 お酒に慣れないなら、カシスオレンジのような甘口のカクテルだろうか。いやあの紳士の娘さんなら、案外辛口を好むかもしれない。紳士はウィスキーなど辛口のお酒を好む人だ。酒飲みは甘味が嫌いだと言うが、紳士は二刀流だった。ウィスキーにはよくチョコレートファッジを注文する(ファッジはかなり甘いイギリスのキャンディだ)。ケーキやチョコレートではラム酒やブランデーが使われるので相性がいいのは当然だが、日本酒におはぎを合わせた時は驚いた。――いや、アルコール度数も味もつまみも重要だが、肝心なのは星にちなんだ酒、という紳士の要望だ。

 当日、私は青いグラスに、無色透明な日本酒を入れた。そして隣には、切子のガラス皿に金平糖と、金平糖と形が似たあられ菓子を乗せてみた。日本酒に金平糖を入れるのがSNSでバズったらしいです、こっちは新潟のあられ菓子です、と説明する。カラフルな星のお菓子が、ぽてん、ぽてんと落ちていって、キラキラと透明なお酒に浮かぶ姿は、きっと娘さんの目を楽しませるだろう。だが娘さんの姿はどこにもない。紳士は少し角が減った鞄から、古びた写真立てを取り出した。

 そこには、どう見ても小学生ぐらいの女の子が笑っていた。

 その意味を、私はすぐにかみ砕けなかった。見開いた目には、照明の光を反射したグラスが突き刺すように入り込んできて、視界がぼんやりになっていく。その中で紳士は笑っていた。笑って、一緒に飲んでくれませんかと言った。娘の成人祝いをしたいのです、と。

 私たちは外へ飛び出した。冷たい冬の空気で指がかじかむが、お酒であたたまった私たちの身体は、白く不透明な息を吐いた。奥歯で金平糖をかじる。お酒の苦みに、柑橘系の匂いをつけた甘ったるい砂糖が溶けていく。雪と草木と土の匂いの中に、アルコールの匂いが掠る様にしたのは、グラスに注いだお酒から立ちのぼったのか、それとも吐いた息からか。喉が焼けて呼吸が少し苦しい。真っ赤になった鼻がツンとして、目の奥でじんわりとした熱が込み上がって来る。それをこぼさないために、ひざの上に乗せたグラスには目もくれず、私は透明な星空を仰いだ。

 遥か彼方から光る星は、私の片手で掴めそうなほど小さく映る。だが、どれだけ光を辿っても、生者であるうちには届かないのだろう。あの写真の中にいる娘さんが、永遠に歳を重ねることがないように、絶対に星を手にすることは無い。

 それでも人は、星に手を伸ばすのだ。

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