左利き同盟

凪野海里

左利き同盟

 麗央レオは、おそらく自分は生まれたときから左利きだったのだと思っている。

 何をどうするにも、とにかく左手が最初に動いた。字を書くときも、ボールを投げるときも、物を取るときも。何もかも、とにかく左手が先に動いた。

 お母さんいわく、「右利きに直そうかと思ったときもあったのよ。だって左って使いづらそうでしょう? でも直そうと思った頃には、レオったらもう字を書いていたから」だそう。


 別に左利きに不便さを感じたことなどなかった。字だって書けるし、野球をしていたら「左利き」ってだけで重宝される。みんなが右でできることを左に置き換えているだけだし。

 だから「左利きなんてすごいねっ!」と周りが褒める理由がよくわからなかった。でも、褒められて嫌な気分になりはしないので、「そうかなぁ」って笑いながら半ば自慢げに胸をそらしてみせた。

 ただ、左利きの民として生きてきて、10年ほど経った日。レオはとんでもないことに気が付いた。


 この世界は右利きを中心にまわっているのである!


 まず駅の改札口。ICカードをタッチする場所は右にある。これは右利きの人がすぐにタッチできるようにするためだ。左利きはとっさに左手がでるものだから、体の前に腕を交差させてタッチしなければならない。


 次に給食の配膳に使うお玉。とくに丸いヤツではなくて、左側が尖っているヤツ。右利きの人はスープを掬って、そのままお椀に移し替えれば良いが、左利きにはなんとも扱いづらい仕様になっている。このお玉での配膳はお断りなので、レオは絶対に近寄らない。


 極めつけは、教室の窓の配置だった。学校の夏季講習で普段使わない教室に入ったとき、部屋に違和感を覚えたのだ。どうしてだろうと考えていると、いつも左側にあるはずの窓が何故か右側にあったのだ。

 さらに、同じ講習を受けていたクラスメイト(右利き)は「なんかこの教室暗いね」などと言っていた。いつも使っている教室の窓は左側にあって、レオは授業を受けるたびに左から差し込む日差しにうんざりしていた。だって、日の光が強ければ強いほど影が濃くなって、ヘタをすると字を書いている左手の影のせいでノートが見えないことがあったのだ。むろん、右利きであればそんな不便は感じない――。


「もう、とにっかく。ほんっとに、信じられないんだけどっ!」


 夏期講習が終わり、ほとんどの生徒が捌けた教室には、レオの他に、仲良しの沙那サナと男子のミドリしかいない。3人は1年1組のクラスメイトで、1組に3人もいる左利きのメンバーだった。


「もうこうなったら、右利きを撲滅するしかないと思うんだけど!?」

「落ち着きなって。てか、右利き撲滅したら、人口の9割は消し飛ぶけど」


 興奮する親友を前に、サナは冷めた口調と目で。ため息交じりに指摘する。ミドリは2人の会話を聞き流しながら、学校指定のスポーツバッグを漁っていた。その中からグローブとワックス、端切れ布なんかをだしてくる。


「なんでサナはそんなに冷たいの! ミドリに至っては聞いてもいないし! 私たち、左利き同盟なんだよ? クラスで唯一の左利きなんだよ? 自覚持ってよ!」


 レオはチョークで「左利き同盟」と黒板に書きながら、左手で勢いよく。その字をバンッとたたいた。


「って、何その同盟。初耳なんだけど」


 むろん、当たり前だ。レオがたった今、考えた同盟なのだから2人は知る由もない。

 ミドリは右手に嵌めるグローブにワックスを塗りつけ、端切れ布で丁寧に拭きながら「左利きって言ってもさ」とボソボソとつぶやく。


「サナも習字だけ右だし、オレも鋏は右だぞ」


 それを指摘されると弱い。レオは思わず「うっ」とうなりながら一瞬だけ黙り込んだ。


「……鋏くらいなら、まあしょうがないかもしれないけどさ。でも、サナは字書くとき左じゃん。なのに、なんで右?」

「習字の先生に直されたのよ。右で書けって」

「そういうとこ! そこが右利きのいけないところだよっ! なんでもかんでも自分たち中心に物考えてさっ!」

「仕方ないでしょ。人口のおよそ9割が右利きなんだから」


 やはり冷静なサナの突っ込みに、レオは「うぐぐ」と歯ぎしりする。


「やっぱり、右利きを撲滅するしか」

「だからその物騒な考え、やめなさいっての」


 サナは、夏期講習の際に配られたプリントを手元でくるくる丸めて、レオの頭を軽くたたいた 。


「別に右利きがいても良いだろ。何かと不便なときはあるけど」

「ミドリは良いじゃん。野球でしょ? ピッチャーでしょ? そりゃ注目の的じゃん。左利きなんて滅多にいないんだから」

「左利きって言っても、バッターボックスに立つときは右だし」

「なんで」

「なんとなく。兄ちゃんの真似してたら、右の方が打ちやすくなって」

「それもはや右利きの洗脳だよ!」

「なんだよ、洗脳って」


 ミドリはため息をついて、サナに目配せをする。「この暴走女をなんとかしろ」と、口にはださないまま訴えるが、サナは軽く肩をすくめるだけ。「私にはどうすることもできません」ということだ。


「……いっそ、レオも右手を扱うことになれてみればどうだ? で、その左利き同盟ってのを、両利き同盟ってのに変えよう」

「両利き同盟より、二刀流同盟の方がかっこよくない?」

「お、それいいな」


 それは名案だ、とばかりに。ミドリとサナはうなずきあう。そして何やら2人で「二刀流同盟」の盛り上がりを見せ始めるが、レオはなおも譲れない。


「私まで右利きになったら、負けた気分になるじゃん~!」

「あんたはいったい、何の勝負をしてるのよ」


 サナとミドリは顔を見合わせてため息をつく。ここまで遠回しに指摘しても、レオは気付いていないらしい。

 先ほどレオが黒板に書いた「左利き同盟」の文字。レオはそれを右手に持ったチョークで書いていたということに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

左利き同盟 凪野海里 @nagiumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ