終戦と休暇
激戦が続いたミトニア王国とカザリ共和国の戦争が終わり、1週間。
戦場に出兵した多くの兵が、自国へと戻ってきた。人生の10年分を奪った戦争。これから解放され、喜ばない兵士はいないだろう。
王国の首都であるユラガでは、兵士を乗せた軍部用の汽車が、連日戦場から帰ってきており、首都はお祭りムードだ。
しかし、それは元農民や元商人といった本来『兵士』という役割を担うはずでは無かった者達のみ。戦争以前から軍務に就いていた軍部出身の者達は、終戦で生まれた戦後処理に追われ、首都ユラガにある『王国軍務省』を日夜出入りしていたのだった。
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-王国軍務省-
「なぁ、ハイネェ。後で始末書書くの一緒に手伝ってくれよぉ~」
「バジライ少将の始末書は、全部少将程の地位がないと読めない機密内容が含まれてるじゃないですか。特別粛清官の地位の自分が関わるのは…」
「相変わらず硬いなぁ、ハイネは。折角戦争も終わったんだし、ユーモアを持とうぜぇ。ユーモアがない真面目な男は一生独身なんだぞぉ~」
なら、『30代でも独身の少将は?』と思いつつ、俺の頬をモチモチとつねる少将を見つめる。
独身……ライフスタイルの一つで、好いた異性と添い遂げることなく、自らのやりたい事に強く従った生き方。本で軽く読んだことはあるが、好いた異性がいない俺には縁のない話だ。
やりたい事……それも特に思い付かない。俺は目の前にいるバジライ少将に拾われて、魔法が使える兵士として育てられた。なら、与えられた兵士の在り方に従うのが正解だろう。
隣を歩く少将がいなければ、今の俺はいない。
軍部内では、真面目ではない方だったが、彼は俺の育ての親だ。実際、彼からは幅広いモノを沢山教わってきた。大半は戦争に関係ないものばかりだったが、それでもあの拾われる前の暗黒期では得られない豊かさを感じるものばかりだった。
「それにしても軍務大臣様から呼ばれるって何だろうなぁ?追加の始末書?」
「可能性はある方だと」
そんや育ての親であり、上司であるバジライ少将と共に辿り着いたのは、王国軍務省のトップが待っている『軍務大臣』がいる部屋。
事の経緯は十分前。
特別粛清官として活躍した自分とその上司であるバジライ少将宛に軍務大臣から重要な話があるという伝言を受け取ったのが始まりだ。
軍務大臣……俺も数回会って話はしたことあるが、それは全て俺に課された特別な任務に関わることばかり。基本は忙しい人だと聞いている。
しかし、戦争が終わり、そういった任務の必要性も無くなった筈。俺達を招集する理由が分からない未知のパターンの招集に俺も少将も不思議さと不気味さを少し感じていた。
だが、軍の最高権力者の招集に応じないわけにはいかない。そういう経緯があって、軍務大臣がいる部屋の前にいる現在へと至る。
「失礼します。ミトニア王国軍少将、バジライ・ユークス。同所属特別粛清官、ハイネ・ユークス。軍務大臣からの伝言を承り、参上しました」
『入りなさい』
バジライ少将がドアをノックすると、室内から少将よりも渋い声が聞こえ、俺はバジライ少将に続くように部屋の中へと入った。
入ると、真っ正面に大きめの高そうなデスク。部屋の側面は戦術書が詰まった本棚で敷き詰められ、俺達を呼んだ張本人は真っ正面のデスクに付属した椅子に座っており、その顔はまるで私達を待っていたと言わんばかりの様子だ。
「お久しぶりです。エドガー軍務大臣」
「ああ、こうして話をするのは久しぶりだな。バジライ少将、そしてハイネ特別粛清官」
エドガー・ガラント軍務大臣――
黒い髭を生やした厳かな雰囲気を持つ人で、王国が誇る『戦術の天才』。年齢は50歳と軍部でのキャリア経験も豊富で、王国の誰もが軍務大臣として相応しいと認めている。
「軍務大臣、戦後処理の方は?」
「順調だ。すでに相手国との領土割譲、友好条約との整備も済んでいる。これもハイネ特別粛清官が戦線で活躍してくれたお陰だ」
そう言って、エドガー軍務大臣はじっと自分を見つめる。渋い声で抑揚は感じないが、普段より柔らかい表情を見る限り誉めているのだろう。
「ハイネ特別粛清官……3年前、諜報官として各地をまわっていた際にバジライ少将が偶然拾った只の孤児だと思っていたが、今日まで『特別粛清官』に恥じぬ任務をよく全うしてくれた」
「はい、ありがとうございます」
特別粛清官――それは王国軍の中で俺しか持っていない階級。普通の軍の階級社会から外れた例外的な存在である。
外れた理由はその役割の内容にある。特別粛清官の役割は、戦時中の王国内外の密かな敵分子の掃討。いわゆる暗部なのだ。敵と悟られない子供という素性、そしてそれに秘める戦闘に特化した魔法、これほど暗部に適した存在はいない。
ある時は、敵国の厄介な参謀を子供という素性を使って暗殺をし――
ある時は、王国内の邪魔な貴族や敵国と内通している将官を闇に葬ってきた。
粛清の名に似合うような凄惨な現場を遺して
そして、100人以上を粛清して、始末してきた辺りだろうか。王国内外からその凄惨な現場を遺す人物として俺にある二つ名が付いた。
それが『
「さて、ここからが本題だ。2人を呼んだのは他でもない。2人は今回の戦争で充分過ぎる役割を果たしてくれた。そこで、2人には軍から休養を与えたいと思う」
「休養……ですか」
まさかの始末書ではなく、休みという報酬。予想外のプレゼントにバジライ少将と俺は驚いた様子を見せ、その傍らでエドガー軍務大臣は地図をデスクに広げた。
「首都ユラガから北東に馬車で5時間。ゼネタ川を上流に向かって沿って行くと、そこに軍用の療養施設がある。2人にはそこでの休暇を与える」
「エドガー軍務大臣、良いんですか?今はまだ軍も忙しいと思いますが……」
少将の言う通りだ。まだ戦争が終わったばかりで、戦後処理の最中。そんな忙しい中、貴重な人員を休ませる余裕があるのか。
「ああ、大丈夫だ。これは国王もすでに了承している。加えて、ここで今回の戦争の功労者に対して表彰をする式典を開く。少将達以外の者達も集まる予定だ」
なんと、国王も了承済みの休暇か。しかも、軍内部での功労者に対して表彰をする式典もするという。ここまで言われたら、休まないという理由はもう挙げられまい。
「なるほど、そうだったのですね。では、お言葉に甘えて休暇を頂きます」
この時、俺は考えもしなかった。
軍が俺に対してどんな感情を抱いているかを。
テラー・オブ・テラーと恐れられた粛清少年軍人。終戦後、新職種『語り部』として世界を渡る 上夜 @swimer0810
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