テラー・オブ・テラーと恐れられた粛清少年軍人。終戦後、新職種『語り部』として世界を渡る
上夜
プロローグ
帝国歴1845年。アドイス平原戦線。
今から十年ほど前から続くミトニア王国と隣国であるカザリ共和国の戦争の最前線で、二国の国境線も近いことから、他の軍事戦線よりも状況は激化しており、被害規模も最悪だった。
緑溢れる平原は二国の兵士の死体で埋まり―
平原に流れる川は赤く染まり――
その惨状は後世にも残るものだろう。
そんな軍事の最前線の中、王国軍側から塗り潰すような黒髪に一筋の白色の髪色を灯した少年が共和国軍へと駆け抜ける。
「はっ……はっ……」
戦場に似合わぬ165cm程の少年は、身体を守るために作られた厚い軍服を着て、共和国軍から飛んでくる大砲、銃弾の嵐を避けていく。
「なんだ?あのガキ……こっちに来て…」
「なにっ?……っ!?アイツはまさかっ」
そんな様子を共和国軍の一人の兵士が、自陣から双眼鏡で目撃しており、それを階級が高い上司に報告すると、上司もその少年の姿を見る。見た瞬間、その上官は見覚えがあるのか、焦った様子を示していた。
「全員後退せよ!『
「なっ!?あのガキがっ!?」
「ああ、そうさ!王国軍の人離れした少年なんて一人しかいない!いいから逃げっ……!?」
上官である共和国軍兵士が周りの部隊に後退することを命令した瞬間、彼の首後ろから喉を貫通するように、刺したナイフの刃が飛び出す。
彼の後ろには先程の少年の姿があった。
「あっ…ああああぁぁぁぁっ!!?」
報告した兵士は目の前で上官を瞬殺され、一刻も逃げるべきだと本能で感じ、その場から背を向けて逃げようとする。が、もう遅い。
「……
首に刺したナイフを抜き取り、改めて右手で握り締めると、ナイフの刃は紫色の光を帯び、大きくなっていく。
そして、その怪しい光を放つナイフで容赦なく相手国陣地に振りかざす。
その瞬間、相手国陣地が紫色に包まれる。
ナイフから飛び出した紫色の遠距離斬撃が後退する兵士一人一人逃がさないように真っ二つにし、やがて紫色は深紅の赤色へと変えていった。
色合いの移り変わりは綺麗かもしれないが、現実は残酷。少年の刃は敵兵士の顔を穿ち、ある兵士は胴体を真っ二つ。中には斬撃が多数命中し、細切れになる兵士も。
「お~、流石だな。ハイネ」
ハイネ―――と呼ばれた少年の後ろから、三十代ぐらいの軍服を着た金髪の男性が声をかける。
「まだ行くのか?ハイネ」
「はい、バジライ少将。俺の魔力はまだ残っていますので」
「そっか……そうだよな」
バジライという男は目の前の魔力持ちの少年を見て、隠した憐れみの表情を浮かべていた。
この世界には魔力というものがあり、一部の人間はその魔力を用いて、多種多様な『魔法』を日常で行使してきた。
しかし、魔力は有限。使えば、その分を何処かでチャージしなければならない。一般的なのは、時間経過による魔力の蓄積待ちだが、中には例外で時間経過以外による魔力の蓄積方法を持つ魔力持ちの人間が存在する。
このハイネという少年もその例外の一人だ。
ハイネの魔力の源。それは『恐怖』――
未知への恐怖、殺戮への恐怖、死の恐怖――
挙げればキリがないが、ハイネはそういった感情を『魔力』に還元してきた。
そのため、場違いと思われていたが、実は戦場という舞台が、彼を魔法が使える役者として輝かせる最高の舞台なのである。
戦場には『恐怖』という感情が堆積する。それは敵味方も関係ない。しかし、ハイネはそれを魔法の原動力としており、実際に先程の紫色の斬撃が生み出した惨状は新たな恐怖を生み出し、それはハイネの魔力となっていく。
彼は戦場の永久機関と呼んでもいい―――
「はぁ……王国も悪趣味だよなぁ」
バジライが呟く頃には、すでにハイネは近くにおらず、他の敵兵士と共に突撃していた。その姿を見て、バジライは複雑な思いが詰まった呟きを戦場に溢す。
「この戦争が終わったら……あいつは何処に向かうんだろうな」
ハイネ特別粛清官がアドイス平原戦線に投入された数週間後、カザリ共和国はミトニア王国が提案する無条件降伏を受け入れ、十年近く続いた戦争は幕を下ろしたのだった。
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