『勇者の剣、買取不可です』

お望月さん

中古武器店「SWORD:OFF」買取カウンターにて

「えーーっ!買取不可!?」


 逆立てた髪と宝玉のサークレットが特徴的な学ランの少年は悲鳴を上げた。


「残念ながら……」


 黄色と青のエプロンを着用した店員が柔和な困り顔で微笑む。


「だって、これ、勇者の剣だぜ!?」


 勇者の剣の持ち主、すなわち勇者が店員に縋りつく。身分証明書をカウンターに叩きつける。「勇者 オルテス 15歳」。


「そう申されましても……こちらでは如何ともしがたく」


 中古武器店「SWORD:OFF」の買取カウンターに置かれた白銀の剣は、永遠に朽ちることのない輝きを放っている。


「そりゃないっスよお! だってこれ、魔王の血を吸ったんだぜ?」


「うーん……そう申されましても」


「だってよ、この剣でよォ、魔王の超暗黒魔球ダークスフィアを打ち返したんだぜ」


 少年は、白銀の剣を振り回しながら、グワラゴワガキーンと叫びつつヒットストップのジェスチャーを交えて振り抜いてみせた。


 その一閃の見事さに店内がどよめき、注目が少年に集まる。


「だから、買い取ってください!」


「いやぁ……それはちょっと」


 店員が苦笑する。


「あの魔王四天王ギガズバーンを倒した剣なんだぞ!」


「ギガズバーン? なんだかとても強そうな名前ですね。武勇タイプの魔神ですか?」


「それが策謀タイプだったんだ……」


「えっ ギガズバーンって名前で策謀タイプなのは詐欺ですね」


「そうなんだよ、強そうな名前だからフル装備で事務所に攻め込んだのに、無在庫転売の常習犯でさ……」


「はぁ、それはムカつきますね


「だろお〜! だから、事務所のLANケーブルを全部切ってやったんだよ、この勇者の剣で」


「良いことしましたね」


「じゃあ、この四天王ギガズバーンを倒した勇者の剣を買い取ってください」


「ダメです」


「なんでだよぉ!? 」


 少年が地団駄を踏む。白銀の剣と同じ材質の脛当てがガチャガチャと床を鳴らす。


「こんなボロっちい店にさあ、ちゃんとした勇者御用達の品物を本人が売りに来てるんだよ!?こんなチャンスは二度とないぞ、わかってんだろ?!」


 少年の涙声が響く。


「どうして、そんなに勇者の剣を売りたいんだい?」


 見かねて査定待機ベンチに座っていた黒衣の男が少年に尋ねる。少年は言い淀む。言うに言えない事情があるようだと店員も察する。


 長い沈黙、そして、少年は──


「好きな子がいるんだ……」


 少年がボソリと吐き出した本音。買取カウンターに並ぶ他の客も静まり返り、固唾を飲んで少年の独白を見守る。


「俺、勇者で……でも、魔王を倒しちゃって平和が戻ったから"元"が付くんだけど、また学校に通い出したんだよ」


 少年は、恥ずかしげにうつむきながらポツリポツリと言葉を紡いでいく。


「それでさ、俺、人気者なんだよ。勇者だからさ。クラスの人気者ハイカースト男戦士ジョック女盗賊ハニービーなんかからもチヤホヤされて、盛り場に通ったりしてさ『オルテスあれやってー』なんて言われたら『さあ、魔王よ!これでトドメだー!』なんて叫んで、バッティングセンターで必殺技の超電影魔爻斬スーパーヴァンダライズを素振りしてワーキャーされてさ……でも、アイツらは"俺"じゃなくて"勇者"とつるんでたんだよな……」


「そうなのか」


 黒衣の男の声色が変わる。その声は低く、冷たい。


「みんな黙ってチヤホヤしてくれたけど俺はずっと気付いていた。だけど、俺は気付かないように振る舞っていた。だって、勇者はみんなのヒーローなんだぜ」


 少年は天井を見上げる。それはまるで涙を堪えているような姿だった。


「そんなときさ、彼女……ミキと出会ったのは」


 少年の顔がくしゃりと歪む。


「彼女は、クラスの中でも目立たない女の子だった。メガネをかけていて、いつもノートに何か書いてるような地味な子でさ。だから、最初はただのクラスメイトとしてしか見てなかった」


 少年は両手で顔を覆う。


「あの日、俺が一人になりたくて図書室に逃げ込んだときに、同じ本に手を伸ばしたミキと手が触れたんだ」


 少年は語る。思い出す。


「それから、俺たちは少しずつ話すようになったんだ、図書室で。俺が冒険の地で触れた銀の竪琴の話をすると彼女もそれを知っていて、実は昔の騎士物語の中に出てくるんだって教えてくれた。ミキは勇者の俺より物知りで尊敬できる相手だ。俺は魔物を斬る以外のことは何も知らない。そんな元勇者の俺に対しても何も言わずに普通に接してくれたことが嬉しかったんだ。彼女の優しさに触れていくうちに、いつしか好きになっていった」


「では、なぜ剣を売るんです?」


 黒衣の男が少年に尋ねる。


「あの剣が俺が勇者である証だからさ、あの剣を手放してひとりの高校生トーシロとして彼女に告白する、それが俺の次の冒険なんだ」


「……なるほど」


「だから頼むよぉ……この剣を買い取ってくれよぉ」


 少年が買取カウンターに突っ伏し、泣きつく。


「買取不可です」


 店員はにべもなく言葉を繰り返す。そして、優しい言葉で少年に理由を説明した。


「君、でしょ」


「……はい」


「買取には保護者の同意が必要なんですよ」


「……わかりました」


 少年が肩を落として買取カウンターを離れようとしたそのとき──


「待ちなさい」


 黒衣の男が少年を呼び止める。


「君は勇者を辞める必要はないよ」


 その時、店内にアナウンスが響き渡った。


《魔王城横流し武器の査定でお待ちのギガズバーン様、査定が完了いたしました。精算カウンターまでお越しください》


「まさか、おまえは……!」


 黒衣の男が外套を翻して哄笑する!!


「ギーガギガギガッ!そう俺様だ!元魔王城四天王ギガズバーン様がただで滅びると思っていたのかな? 店員さん、買取キャンセルでお願いします。はい、台車に積んだままで良いです。そのまま持ち帰ります」


 そして、ギガズバーンは唖然としたままの勇者を振り返り言葉を叩きつけた。


「勇者よ、おかげで気が変わったぞ!魔王城を再建して再び貴様に挑む! ヤセメガーネもテラーメイドもツールペタも貴様への復讐を誓うことだろう、貴様はせいぜい高校生と勇者の二刀流を楽しむがいい!!」


「アリガトウゴザイマシタ」


 台車を押しながら走り去るギガズバーンの背に機械音声だけが声を浴びせた。


「勇者の剣、買取不可ですが、どうしますか?」


 青と黄色のエプロンをした店員が勇者に声をかける。


「すみません、キャンセルでお願いします」


 店員は微笑み、頷く。


「残念です、それではまたのお越しを」


 買取カウンターに並んでいた客達が勇猛果敢に退店する勇者に声をかける。


「勇者よ!」「がんばれよ!」「武器は装備しないと意味がないぞ!」「アリガトウゴザイマシタ」


「それでは次のお客様……」


 中古武器店「SWORD:OFF 」の日常は続く……。


 おわり

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『勇者の剣、買取不可です』 お望月さん @ubmzh

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