死守せよ、軽やかに手放すな!

Youlife

第1話

 三学期もそろそろ終わりが近づいてきた三月、中学一年生の木下祥真きのしたしょうまは、クラスメイトの町田光樹まちだみつきと一緒に帰宅していた。

 光樹との最近の話題は、クラスメイトとのオンラインゲームのことばかりだ。

 祥真たちは時間を決めてゲームサイト上に「待ち合わせ」し、それぞれの持ちキャラを使って戦闘ゲームを行っていた。


「おい、祥真。今度は負けねえぞ。今日も夜八時に待ち合わせだぞ」

「おうよ。今日も勝って全勝キープするからな」

「必殺技マスターしたし、ヒミツのアイテムも使いこなせるようになったからさ。今度はお前に絶対勝ってやる。負けたら、クラス全員の前で『参りました』と言って土下座するんだぞ、分かったな?」

「じょ、冗談じゃねえぞ!ふざけんなよ!」


 祥真と光樹は睨みあった後、肘を突き合わせながら「ぜって~負けねえぞ」と言い、お互いに相手をけん制し合った。


「ただいま、母さん。ご飯まだ?早く食べて風呂入りたいんだよね」


 祥真は自宅に戻ると、かばんを放り投げ、食事を作っている母親の美鈴みすずに声を掛けた。しかし、美鈴は無言のまま、一心不乱に包丁を動かしていた。


「ねえ、母さん、聞いてんの?早くご飯食べたいから、チャッチャと準備してよ!」


 祥真がそう叫ぶと、美鈴が顔を上げ、包丁をまな板の上に置くと、鬼のような形相で祥真を睨んだ。


「な、なんだよ!そんな怖い顔すんなよ」

「祥真、そこに座りなさい」

「え?」

「いいから、早くッ」


 美鈴は腕組みをしながら、ダイニングテーブルの前に置かれた椅子に、ドスンと大きな音を立てて腰かけた。


「学校からの連絡帳を見たんだけどさ、先生からの伝言欄に、あんたの最近のテストの成績が、二学期の半分位しか取れてないって書いてあったけど、ホントなの?」


 美鈴は唸るような声で祥真に問いかけると、祥真は苦虫を潰したような顔で、小さくうなずいた。


「やっぱりそうなんだね。どういうことよ?二学期はがんばって勉強して、成績が一学期より上がったから、約束通りiPadを買ってあげたのに」

「だ、だって、だんだん勉強が難しくなってきたんだもん。普通に勉強しててもわかんないよ、あんなの」

「へえ、勉強ねえ。本当にしてんの?」


 そう言って、美鈴は不気味な笑いを浮かべた。


「こないだちょこっと隙間から覗いてみたんだけどさ……『バカ野郎!』とか『負けてたまるか』とか、友達の名前を叫びながらipadをいじってたんだけど、あれって本当に勉強なの?」


 美鈴の話を聞いた瞬間、祥真は口元を押さえて何も言えなくなってしまった。


「次のテスト、明日なんでしょ?明日のテストで、もし成績が前回より悪かったら、申し訳ないけどipadは没収させてもらうからね」

「え?そ、そんな!そんなことしたら、俺の全勝記録が……」

「何よ、その全勝記録って」

「いや、その……」


 祥真はこれ以上口を開くと余計にぼろが出ると思い、何も言い返さなかった。

 美鈴は不気味な笑みを浮かべて立ち上がると、次々と夕飯のおかずをテーブルの上に並べ始めた。


「さ、ご飯にしましょうね。祥真はこれからたっぷり勉強するんでしょうから、早めに食べないと、ねっ」


 美鈴から突きつけられた「最後通牒」……それは、祥真が友達に誇れる場所が奪われることに他ならなかった。

 今日はオンラインゲームを諦めて、おとなしく勉強するしかない。でも、それは友達の光樹の言う所の「逃げた」ことに他ならなかった。

 一体どうすりゃいいのか?祥真はご飯も喉を通らない位に悩んだ。


「ごちそうさま」


 家族がまだ食事をしている中、祥真は立ち上がり、そのまま風呂場へ向かった。


「どこに行くの?まだ食べてないじゃない」

「チャッチャと風呂に入って、勉強を始めたいんだ」


 祥真は風呂もわずか数分で済ますと、十分に髪を乾かさないまま、自分の部屋へと駆け込んでいった。約束の時間まで、出来る限りテストに出る範囲の勉強を終わらせようと、必死に教科書とノートを読んだ。明日のテストは、昔から苦手な社会科であった。今は日本史を学習しているが、いくら教科書を読んでも内容が全く頭に入らず、祥真は自信を失くしてしまいそうになった。

 そして、気が付くと部屋の時計の針は八時少し前を指しており、約束の時間にあと少しまで迫っていた。

 祥真は悩んだ挙句、ipadを開き、立ち上げると、LINEで光樹にメッセージを送った。


『ごめん、今日はさすがに勉強しないと。明日のテストの成績が悪かったら、もうipadが取り上げられて、ゲームには参加できなくなるんだ。明日はちゃんとやるから。約束守らないでごめんな』


 しかし、光樹から戻ってきたメッセージは、非情そのものだった。


『はあ?テスト?何言ってんだよ。そんなことより俺にとっては、お前に勝つことの方がよっぽど大事なんだよ。今日来なかったら、お前は約束を破って逃げたということにするぞ。おまえには約束どおり、罰ゲームやってもらうからな』


 やはり祥真が予想した通り、光樹は今日のゲーム不参加を許してはくれなかった。

 自分にとって唯一誇れるものであるゲームが奪われてしまうことは怖いが、「勝負から逃げた」という言われ方をするのも腹が立った。


「しょうがねえな。一か八か、やってやろうか」


 祥真は勉強をしながら、ipadの電源は入れたままにしておいた。

 そして約束の午後八時を迎えた。

 オンラインゲーム「トレジャートラベラー」に、約束通りクラスの仲間たちがずらりと勢ぞろいした。このゲームは、歴史を旅しながらそれぞれの時代の特産品が入った宝箱をゲットしながら現代まで戻ってくるという設定であるが、宝箱をめぐって、対戦相手とは、その時代ならではの武器で戦わなくてはならない。

 祥真は片方の手で教科書を読みながら、もう片方の手でipadの画面上に指を滑らせた。

 まずは縄文時代から始まり、祥真は宝箱を探してさまよっていたが、その矢先に石斧を持った対戦相手が登場した。相手はクラスメイトで、武器の使い方が上手いと言われる上田凌矢うえだりょうやだった。


「ぐはっ、さすがは凌矢、上手いなあ。でも、悪いけどこの程度じゃ俺を倒せねえぞ」


 祥真は片手で教科書を読みながら、片手で指を動かして石斧を操り、凌矢の攻撃をかわして最後には真後ろから頭上に一撃を食らわせた。


「よっし!まずは凌矢を倒したぞ」


 祥真は早速宝箱を見つけ、ゆっくりとこじ開けると、そこには大きくて複雑な文様の施された土器が入っていた。


「あれ?これって、確か……」


 祥真は読んだばかりの教科書に、この土器が載っていたことを思い出した。


「あ!これ……縄文土器じゃないか!」


 続いて祥真は弥生、奈良、平安……と歴史を下り、それぞれの時代で対戦相手であるクラスメイト達と戦い、その時代の特産品を獲得していった。特産品は、「埴輪」や「十二単」など、いずれも教科書に載っている物ばかりだった。

 そして江戸時代、祥真の前に最大のライバルである光樹が現れた。

 光樹の両手には、それぞれ大きな刀が握られていた。


「何だよ!どうして刀を二本持ってるんだよ?汚ねえぞ、こんなの」


 その時、祥真はさっき教科書に書いてあったことを思い出した。


「これって、宮本武蔵の『二刀流』……?」


 思い出したのも束の間、光樹は容赦なく二本の刀で襲い掛かってきた。

 祥真は必死に交わし続けたが、途中でとうとう避けきれず切りつけられ、体から血吹雪が舞い、体力を奪い取られてしまった。

 祥真は不意の一撃に顔面が青ざめた。そして、教科書では武蔵が「二刀流」でライバルの佐々木小次郎に一撃で勝利したと書いてあったことをふと思い出した。

 歴史の通りであれば、ここで小次郎を操る祥真は光樹の操る武蔵に倒されてしまうことになる。


「そ、そうはいくか!ここで負けたら、俺は友達に誇れるものが何も無くなっちまう!負けてたまるか!」


 祥真は辛うじて残っていた体力で高く跳躍し、光樹が操作している武蔵を真上から切りつけた。見事に炸裂した一撃で、武蔵はその場に倒れ込んだ。


「や、やった!今回も何とか光樹に勝ったぞ……!」


 クラスメイト全てに勝利し、祥真は最後の宝箱を開けた。

 そこには、色鮮やかな絵が描かれた大きな掛け軸が入っていた。


「えっと、これは~……葛飾北斎かつしかほくさいの『富岳百景』だっけ? これも教科書に書かれていたやつじゃないか!」


 何度も教科書とノートを読んでも分からなかった歴史の知識が、ゲームを通してスッとに取り込まれていた。一か八かの思いで打って出た、テスト勉強とオンラインゲームの「二刀流」。ゲームから退室した祥真は、集中力を使い果たしたせいか、そのまま机の上で寝込んでしまった。


 ★★★★


 テストを終え、学校からの帰り道。

 学校から帰る祥真の足取りはいつもよりも軽やかだった。

 社会のテストの結果は、二学期の時を上回り、クラスでもトップ10に入る出来栄えだった。

 これならば母親の美鈴にも胸を張れるし、ipadも何とか死守出来て、オンラインゲームでの連勝記録もしばらくは途切れることが無さそうだ。


「よう、ipadが無事でよかったな」


 光樹はうらめしそうに、後ろから祥真に声を掛けた。


「そうだな。これでしばらくは俺の天下だな」

「だな。でもな、俺はまだこれで諦めねえぞ。明後日は理科のテストがあるけど、俺は毎日約束の時間に待ってるからな。テストを言い訳に逃げたら承知しねえぞ、わかってるよな!?」


 そう言うと、光樹は制服のポケットに手を突っ込んだまま、祥真を追い抜いて足早に帰っていった。前回はたまたま勉強していた内容に助けられた祥真だったが、さすがに奇跡は二度起きないだろうし、光樹はまだ諦めていないし、この次のテストの成績が悪かったら、美鈴はipadを没収するに違いない。


「くそっ……次は理科か。さすがに今度は厳しいかもな」


 ipadを、ゲームの全勝記録を、そして自分の誇りを守るため、祥真の厳しい戦いはまだまだ続きそうだ。

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