【KAC20221】ぼくと二刀流のカサ

タカナシ

第1話

「いってきまーす!」


 ぼくは傷だらけのランドセルを背負ってから大きな声を上げて玄関を開ける。


「…………」


 返事は返ってこない。

 いつものことで、お母さんもお父さんも朝早くから共働きに出ちゃっていて、朝ごはんを一緒にとれることも休みの日しかないんだ。


 ちょっとさみしいこともあるけれど、3年間もそんなだし慣れちゃった。それに、二人とも忙しそうだから、ぼくがわがままを言うわけにはいかないよね!


 外に出ると、曇り空がぼくに影を落とす。


「危ないっ! そういえば、今日は雨の予報だったっ!」


 ぼくはいそいそと家の中に戻ると、お父さんに買ってもらった真っ黒な傘を掴むと腰に下げるようにしてから改めて家を出た。

 折り畳み傘は常にランドセルに入っているけど、やっぱり、こっちもないと勝てないからね!


「いってきまーす」


 お供え物をする近所のお婆ちゃんや、犬の散歩をするおじさんたちに挨拶しながら、颯爽と通学路を駆け抜ける。


 そのまま学校に向かって行くと、友達のマモルくんを発見!


「おーい。マモルくんっ! おはよう!」


「おっ、ソウタ! 今日も二刀流だな」


 マモルくんはぼくのランドセルに刺さる折り畳み傘を見つめながら、ニヤッと笑みを浮かべる。


「もちろんっ! なにしろ、ぼくは二刀流のソウタだからねっ!」


 胸を張って腰元の傘と折り畳み傘を見せつける。


「今日は2組のやつらが相手だ。油断するなよ」


「もちろんっ!」


 ぼくもニヤリとした笑みを作り、マモルくんに応えた。


「でも、なんでソウタはいつも二本持ってるんだ?」


「それは、ナイショ」


               ※


 長くて退屈な授業が終わると、さっそくぼくらは校庭へと飛び出す。


 これは曇りの日だけのイベント。

 傘を学校に持ってくるけど、使わなくていい日だけの。

 それが、傘チャンバラだ!

 殴り合うのは先生に止められていて、出来ないから、いかに格好良く傘を振るえるかが勝負になってくる。


「よく来たな、二刀流のソウタに鉄壁のマモル! 前回は負けたが、今日はそうは行かないぞ!」


 2組のダイくんは青い傘を逆手に持って身を屈める。


「そ、その構えはっ!!」


「今まではオレが未熟だったから使えなかったが、ついに完成させたのさっ!」


 ぼくの驚きの声と共に、ダイくんは傘を振るった。


「ストラッシュ!!」


 ヒュンと空気を裂く音が響く。


「くっ、な、なんてカッコよさ。グフッ!」


 ダイくんのカッコよさを認めてしまったマモルくんはその場で膝をついて倒れた。


「マ、マモルくんっ!?」


 ぼくはマモルくんの元へ駆けよる。


「くっ、しくじったぜ。まさかあんな技を隠しているなんてな。やつを倒せるのはソウタお前しかいない。あとは任せたぜ。がくっ」


 マモルくんは良い顔で首を落とした。

 ぼくはゆっくりとマモルくんの体を地面へと寝かせると、ランドセルから紺色の折り畳み傘を引き抜き、さらに普通の傘も構え二刀流に。


「くっ、さすが、二刀流のソウタ。その時点でかなりのカッコ良さ。だが、オレの技には敵わないはずだっ!!」


「ふふんっ。ぼくがいつまでもただ振り回すだけだと思ったら大間違いだよ!」


 折り畳み傘の方をくるりと一回転。そして背中に乗っけてから、普通の傘と共に振るう。


「えっ! すごいっ!! どうやったのそれっ!!」


「へへっ。カッコ良いでしょ!」


 こうして無事に勝利を収めたぼくは折り畳み傘をしまうと、そのあとも残って皆と遊んだ。


 そうこうしていると、雨がぽつりぽつりと降り出してきた。


「あっ、やばい! 雨だっ!!」


 それで皆それぞれ持ってきた傘を差して解散になった。


              ※


「ふぅ~、今日も勝てて良かったよ。でも、もっと練習しないとね」


 ぼくは折り畳み傘を出すと、クルクルとバトンのように回す練習をする。

 こうした地道な練習あってこそ、傘チャンバラに勝てるのだっ!


 そして、家の近くにまで辿り着くと、脇道にそれて折り畳み傘を広げた。


「お地蔵様、今日も雨になっちゃいましたね。濡れるといけないんで、どうぞ」


 ぼくの家の近くにはお地蔵さんが立っていて、お父さんもお母さんも大事にしている。それだけじゃなくて、近所のお婆さんとかも、とにかく皆が大事にしているお地蔵さんがいる。


 今朝もお婆さんがおまんじゅうを置いて行ったみたいで、まだ残っている。


「早くしないと、おまんじゅう、濡れちゃうね」


 急いで傘を差す。それからゆっくりと飛ばないように固定。

 何を隠そうぼくは、家の近くに置かれているお地蔵さんに雨の日に傘を差すのが習慣になっている。

 もう、お父さんとお母さんが共働きになるようになってからずっと雨の日はやっているかな。


 そして、いつものように全力で手を合わせて、お願い事をする。


「うちをお金持ちにさせてください」


 家族みんなで見た朝のアニメでやっていた笠地蔵を思い出しながら、しっかりと、それはもうしっかりと手を合わせる。


「よしっ! 帰ろう。んっ?」


 あれ? 水滴のせいかな? お地蔵さんが笑ったような気がしたけど……。

 それから、まじまじと見つめてもいつものお地蔵さまで、気のせいかなと思い直して、家へと向かった。


「あれ? 明かりがついてる?」


 いつもは真っ暗な家へ帰って自分で電気をつけていたのに、今日はなぜか、すでに明かりがついている。


 どうしたんだろ?


 恐る恐る、玄関を開ける。

 鍵は掛かっていない。


「ただいま~」


 小さな声で告げると、


「おおっ、ソウタ、お帰り! 遅かったな」


「はやく、手を洗ってきなさい。今夜はごちそうよ!」


 お父さんとお母さんが出迎えてくれる。


「えっ? えっ? なんで? 二人とも仕事は?」


 お父さんは満面の笑みで、胸をどんと張る。


「それがな、父さん出世したんだ! すごいだろう!! これで、母さんにも迷惑かけなくて済むぞ!」


「それって、お金持ちになったってこと?」


「ま、まぁ、かなりエグイ言い方をするとそうかな」


 お父さんは苦笑いで答える。


「じゃあ、お金持ちになるなら、お母さん、ずっと家に居るの?」


「まだ、働かないと難しいかもしれないけれど、今までよりは時間を取れるわ」


「そうなのっ!! やったー!!」


 ぼくは心の中で、お地蔵さんにお礼を言う。

 ありがとうございます。お金持ちになれたから、お父さんとお母さんともっと一緒に居られるようになりました。


 これからも、ちゃんと雨の日は傘を差さないとね。

 ぼくが二刀流を止める日はきっと来ないかな。



               (了)

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