眠り塚

チャーハン@カクヨムコン参加モード

眠り塚

 とあるマンションの四〇三号室は、手頃な価格かつ非常階段から近い利点がありながら入居する人物がいなかった。エレベーターから降りた際に三十メートル程歩くことや日当たりが悪いことが主な理由だった。

 そんな部屋へ、皆崎木住みなさききずみという男が入居した。

 これは、そんな男に焦点を当てたちょっとした話である。

 

 皆崎木住、年齢二十三歳。中高大と将棋漬けの日々を送り、現在は三段という中々の実力者である。そんな彼の職業は、観戦記者兼小説家という二刀流の職業だ。


 主に将棋の観戦記者を行っており、対局者の紹介や対局模様、指し手解説等を入れ込んだ観戦記作成を日々行っている。そんな男が何故この場所を選んだのか。


 第一に、駅から近いことである。

 足が命である記者にとって時間は非常に貴重である。そのため、徒歩十分で駅へと移動できるこの場所は最善なのである。

 第二に、二十四時間空いているコンビニが多いことである。

 観戦記者は長い場合だと午前二時まで現地で拘束されるため、集中力と気力が物を言う。疲労が溜まっている以上、料理を作る気概が残っている可能性が低いため近所にコンビニが置かれているのはとても便利なのだ。


 これが、今回男がマンションへ入居した理由である――


 

「はらはらは~ん」

 

 この日、キズミは洗面所の前で鼻歌を歌いながら笑みを浮かべていた。


 顔には赤色の吹き出物が少々散見され、二十瞼になっている黒色の瞳の下には大きめなくまが見受けられた。赤無地の服と黒色のロングパンツを身につけている二十代前半の男だ。毎回美容院で散髪し、髪が痛みにくいシャンプーを用いている黒髪はまるで絹の様に感じられた。

 

「道頓堀のタコ焼きは~この世の何より旨いんや~」


 男はいつものように溺愛しているたこ焼き屋を称賛する歌を歌いながらドライヤーで髪を乾かしていた。男が上機嫌だったのはいつも長蛇の列が出来るたこ焼き屋が偶然すいていたため、早く購入出来たからだ。


 最も、男が住んでいる地区は道頓堀近くではない。

 そもそも購入してきたたこ焼きは近隣で有名な店で買ったものである。

 とどのつまりエセ関西人である。


「たこ焼き食って~酒飲んで~ジャイアント新江の動画見るんや~」


 男は一人の時に行っているルーティーンを洗面所で行いながら鏡を見つつ丁寧に髪をといていく。


「うっさいわねキズミ。近所迷惑だから声抑えなさい」

「……チッ」

「今舌打ちしたわね? 」

「へいへい、すみませんね――声量抑えますよ――」

 

 そんな男、キズミを咎める透き通った声が洗面所の外から響き渡る。キズミが眉間に皺を寄せながら右手で頭をぼりぼりと搔きつつ洗面所から出ると、一人の少女が木製の四足椅子の背もたれに身をゆだねている。


 黒色の割合が若干高めな首にかからない程度の茶髪に、くりりとした黒色の瞳が一重瞼で精巧に縁取られている。本人の体躯より少し大きめな白色のシャツの皺に目をやりつつ青色のジーンズ生地を伸ばすように足を組んでいる。


「遅いわよ、キズミ。私の眠いタイムがきちゃうから早くしなさい! 」

「へいへい、わかりやしたよスズサお嬢さん」


 七時を示している時計に指をさしながら急かすスズサに溜息をつきながら、木製の四足テーブルの上に置いていた黒色のノートPCを開き、電源ボタンを親指でかちりと鳴らす。


 数秒ほど経過してから製造会社のロゴが表示された後、勝手に作られた彼女名義のアカウントをマウスで左クリックする。

 パスワードをすぐに入力し読み込みが終了した後、メールフォルダを開き彼女から送られてきている内容を確認した。


 題名は、「眠り塚」と書かれていた。

 眠り塚という噂が流れたのはここ最近の話だった。


 「眠り塚」と呼ばれる場所が知られるようになった発端は、「視聴者が作った心霊動画みんなで見ようぜ」シリーズを投稿している人物のDMに送られた一本の動画だった。


 題名は「眠り塚」と書かれており、サムネイルは黒色の背景に白色のフォントで「危険です。絶対に行かないでください」と書かれた簡易な物で時間は二分程だった。


 当動画を視聴したライブ配信を行った数日後、当シリーズの更新は途絶えた。何故更新されなくなったのかは当人以外知る由はない。


「早く! 早く見ましょうよ! 」

「へいへい、わかったわかった」


 キズミはスズサから急かされながらURLをクリックし、問題の動画を二人で視聴することにした。


 動画としては一人の男が山奥で走っているという物だった。

 時間は午後八時と表記されており、煌々と輝く光が印象的だった。

 月明りに照らされた木々の集合体は青々とした塊へと変貌した。地を這う者達へ一つたりとも光を与えないようにする姿は山で過ごしている者達を嘲笑っているように感じられる。


 赤無地の服と黒色のロングパンツを身につけている金髪の男が一人、赤色のスニーカーで地面を踏みしめながら激昂していた。踏みしめている地は草木が整っておらず、時折棘のある葉や折れた枝が散見された。


 その状況を証明するかの如く、純白の靴下が少しばかり緋色に染まっている。男は、謎の言葉を口にしながら走り続けていた。

 映像は、男が逃げ続けている途中で終わる。その後に何があったのかわからないというのがこの映像の不思議な点である。


 この映像にミステリーはあまり感じられないというのが一つの印象だった。そんな中、スズサはふとこう口にした。


「キズミ。ちょっとチャンネルに入ってみてよ」

「……あぁ、分かった」


 スズサに言われるがまま、キズミはチャンネルに入った。チャンネルのバナーには森林の画像が表示されている。特に変な印象はないだろう。


 そんなことを感じていた時だった。スズサが変な笑みを浮かべながらスマホの画面を見せてきた。そこに載せられていたのは、先ほど走っていたと思われる金髪の男とチャンネル名が書かれた画像だった。


 キズミの脳裏に嫌な予想が流れる。

 もしかしたら、この映像は投稿主の姿を誰かがとっていたものではないのか。

 もしそれが真実だったとしたら――


「これは大変だぞ……」

「確かにそうだよね。けれど、これが本当なのかどうかは分からない。もしかしたらやらせなのかもしれないし、いたずらかもしれない。けれど本当だったりしたら寒気がするよね」

「……あぁ。もし自分だったりしたらと考えるととても怖いな……」


 キズミは小さくそう呟いた。

 時刻は既に八時半を経過していた。

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