会社員兼乙女ゲーマーになりました

水涸 木犀

Ⅰ会社員兼ゲーマーになりました [theme1:二刀流]

 現実とよく似たオフィスを前にして、わたしは頭を抱えていた。

『プレイヤーが頭を抱えても、攻略対象キャラが話しかけてくるわけではないようだな』

『部長、冷静に分析している場合じゃないですよ』

『いや、せっかくの機会だ。他にもゲームの不備が無いか、確かめておかなくては』


 目の前の景色とは無関係に聞こえる二人の話し声に、耳も塞ぎたくなってくる。

 ――どうして、こんなことになっちゃったんだろう――


   ・・・


「あ、宇賀うがさん! ちょうどいいところに」

 すれ違いざまにわたしのことを呼び止めたのは、商品開発部の同僚、橋元弥生はしもとやよいだ。


「どうしたの橋元さん。……もしかして、完成した?」

「ほぼ! 95%!」

「あと最終チェックすればOKってこと?」

「そゆこと!」


 あっけらかんと笑う弥生は、わたしの同期でもある。本社で数少ない、気安く話せる仲間だった。

 彼女は笑顔のままこっちこっち、とわたしの袖を引っ張る。連れていかれた先には、「HAKUBI Lab.」の看板がさげられた区画。この中に、弥生の職場がある。

 扉を開け、まっすぐ右側の壁沿いに進み、突き当りを左に曲がる。最奥には、ゲーミングチェアのような背もたれの広い椅子が2つと、VRゴーグル、3台のモニタが置かれていた。


「ええっと。いきなり連れてきてもらったけど。これってVRゲームだよね。夏に発売予定の」

「そうそう! 宇賀さんにプレゼンしてもらったでしょ? 経営管理部相手に」

「ああ……」


 経営管理部相手のプレゼン、という言葉で何でもかんでも「予算オーバーです」と言って企画を突っぱねてくる堅物眼鏡の顔が思い浮かんだが、慌ててそれを打ち消し弥生のほうを見る。

「これ、例えば私が試しにログインしてみてもいいのかな?」

「うん、たぶん大丈夫だと思うけど。本当は100%完成の状態の方が安全だからおすすめかな。なんで?」

「いや、明後日また経営管理部相手にプレゼンしないといけないからさ。説得力のある情報がなるべく欲しくて」

「あーなるほど。部長に確認してみる」

「わたしも、うちの上司連れてくるね」

「オッケー」


 程なくしてわたしが自部署……経営企画部の上司、宇治うじを連れてHAKUBI Labに戻ると、なぜかそこには先ほど思い描いていた堅物眼鏡もいた。

伍代ごだいさんも、どうしてラボに?」


 思わず問いかけると、堅物眼鏡こと伍代は無表情のままわたしに視線を向ける。

「明後日のプレゼンに向けて、経営企画部が新作ゲームを体験すると聞いた。俺も現場に立ち会った方が、プレゼン時の余計な前振りが省けると思ってな」

 徹底した効率主義。それが経営企画部所属・伍代剛史ごだいつよしの特徴だ。何でもかんでも時間かお金でコスト換算し、無駄だと思ったことは容赦なく切り捨て、効率化できると思った部分はとことん効率的にやる。零細企業のわが社が何とか黒字で持っているのは彼のおかげとも噂されているくらい、仕事はできる。しかしその慈悲の無さから、提案する企画を彼に拒否されたことが多い経営企画部の面々わたしたちを中心に「堅物眼鏡」と陰で呼ばれていた。


 いずれにせよ、伍代が立ち会えばプレゼン時に前振り説明――わたしが、VRを実際に体験した経緯――をする必要がなくなるというのは事実だ。そう自分を納得させて、わたしは弥生とその上司を振り返る。

「それで、わたしがゲームをプレイさせていただけるんですか?」

「そうだね。100%安全とは言い切れないが、宇賀さんに体験してもらい、説得力のあるプレゼンをしてもらえればもう少しHAKUBI Labの予算が増えるかもしれないんだろう? だったら見てもらわない手は無いね」

 弥生の上司は笑顔で答え、わたしを席に促す。


「そういうことであれば、俺も体験させてもらいます。デモ機は2台あるのですよね?」

 そこに思いがけず、伍代が割り込んできた。

「え、伍代さんも入るのかい? これ、一応乙女ゲーム……女性が男性を攻略するゲームなんだが」

 言い淀む弥生の上司に、伍代ははっきりと頷く。

「承知しています。自社で販売する商品ですから。しかしデモ機ということは、俯瞰、あるいは開発者の視点で入ることができるはずですよね。宇賀さんはプレイヤー目線で、俺は開発者目線で入りますよ。そうした方が、実際のプレイヤーとしての感想と客観的な面白さの評価、両方を得ることができる」


 有無を言わせない伍代の言動に、弥生たちは困惑した表情で顔を見合わせる。

「しかし伍代さん、もう一台のデモ機はまだデバッグが充分ではなく、プレイヤー機よりもリスクがあるのですが」

「リスクはどの程度ですか?」

「いえ、今から橋元がログインして確かめようとしていたところで」

「橋元さん……社員がログインしようとしていたなら、俺がログインしたところでリスクは同じでしょう? 今、宇賀さんと同じタイミングで同じゲーム画面を見ることに意味がある。明後日のプレゼンを考えると尚更な」


 ちらりとこちらを見てくる伍代に、思わず厳しい視線を向けてしまう。この分だとわたしのゲームプレイ如何で、いくらでもケチをつけてきそうだ。しかし、プレゼンを理由にデモ機でのプレイを先に希望したのはわたしだ。簡単に引きたくはない。


「……橋元さん。わたしと伍代さんがプレイできるように、手伝ってもらえる?」

「宇賀さん?」

「伍代さんもああいってるし、リスクは織り込み済だよ。企画部と管理部で同時にチェックした方が効率がいいのは事実だし。ですよね、部長」

 今までのやり取りを無言で見守っていた上司に向かって振り返ると、経営企画部長……宇治は頷いた。

「宇賀がそこまでいうなら、やろう。皆よろしく頼みます」


 そうして、わたしは左側のプレイヤー機、伍代は右側の開発用デモ機にそれぞれ腰掛け、VRゴーグルをセットした。電源を入れるとまもなく、イントロダクションが始まりタイトルテロップが表示される。

 ~オフィスでの出会いは突然に~


 昭和なネーミングセンスだなと苦笑いしつつ、プレイヤーネームの入力画面に進む。会社の皆が見ている前で偽名を使うのもわざとらしいので、本名の「サツキ」と入力。ほどなくして、自社のオフィスとよく似た会社の風景が視界いっぱいに広がった。私のすぐ隣に、伍代そっくりのアバターが座っているのが少しシュールだ。


「ログイン、成功です」

「こちらも接続には成功したようだが……ちなみにログアウトする場合には、どうすればいいんだ?」

『一度セーブしてタイトルに戻れば、ログアウトのボタンがあるはずですよ』

 伍代の問いに、弥生が答える。わたしたちはVR世界に没入中なので、リアルでの声は少しくぐもって聞こえる。


「いや、無いぞ。セーブもできないし、タイトルに戻るボタンも見当たらない」

「……わたしも、セーブ画面はありますがタイトル画面に戻れなさそうです」

『なんだって!』

 弥生の上司の慌てたような声がする。

『原因を究明するから、ストーリーを進めずにそのままで待っていてもらえるか』

「了解です」「承知した」


 VRゲームにおいて、ログアウト手段が無いということは、VRゴーグルを安全に取り外す術が無いということだ。映像を見ている途中で無理にゴーグルを外すと、強い酔いの症状が出たり、もっと悪いときには脳に障害が残ったりする。わたしも伍代もそれはよくわかっているので、弥生のチームの返答を待った。


『原因がわかったぞ……今のままだと君たちの耳によくないだろうから、テキストメッセージを送る。橋元、頼む』

 弥生の上司の声に続き、わたしが見ている画面の左上に、明らかに開発者画面とわかる黒いウィンドウが表示される。そこに一文字ずつ、テキストメッセージが打ち込まれていくのを読む。

『ログアウト操作について、重大なバグが見つかった。プレイヤー機はセーブ可能で、セーブした時点でログアウトも可能だ。しかし伍代さんが使っている開発用機はセーブも、ログアウトもできない状態になっている。現時点で考えられるのは、プレイヤーがゲームをクリアしないとログアウトできない仕様になっている可能性だ』

「それって、わたしが誰かキャラクターを攻略しないといけないってことですか?」

『そうなる』


 わたしは口に出して質問し、答えがテキストで返ってくる。奇妙なやり取りだが、それを気にしている場合ではない。

「ちょっとだけ操作確認をするつもりだったんですけど。何人も社員が見ている前で、誰かにプロポーズされるまで話を進めないといけないってことですよね」

『あけすけに言うと、そうなる。しかし、宇賀さんの機体のほうは途中でのセーブ、ログアウトが可能だ。伍代さんのことを考えるとテンポよくクリアして欲しいが、仕事をしながら、こちらのゲームも並行して進めてくれないか』


「俺からも、頼む」

 わたしの右横の椅子に腰かけている伍代(のアバター)も、頭を下げてくる。

「こうしたエラーが生じることを予期していなかった、俺のミスだ。しかしなるべく早く、このゲームからは出たい。仕事は山のようにあるからな」

 最後の一言は嫌みか、と思いつつもわたしは少し考えた。

 わたし一人だけなら、自由にセーブし、離脱ができる。しかし伍代はそれができない。つまりわたしがちんたらプレイし続ける限り、彼はこのゲームからログアウトできないのではないのか?

 そう思う意地悪な自分と、自分勝手な理由で自社開発のゲームに仕事のできる社員を閉じ込めておくわけにはいかないという良心がわずかにせめぎあう。しかし、もともと出すべき結論は一つだ。


「わかりました。……誰かひとりの攻略を目指して、プレイします」

「『申し訳ないが、宜しく頼む』」

 テキストメッセージに記される弥生の上司の言葉と、目の前の伍代アバターの声がシンクロする。


 かくして、わたしは会社に来て仕事兼乙女ゲーマーの、二足のわらじを履く羽目になったのだった。

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会社員兼乙女ゲーマーになりました 水涸 木犀 @yuno_05

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