二刀流
λμ
二刀流の行方
――道場が、やべぇ。
時勢もあって門下生が減りゆくなか、とうてい現代のできごととは思えぬ道場破りが現れ、知名度をあげるチャンスと父が応じてしまった。
試合には勝ったものの寄る年波が父の腰に痛打を与えて緊急入院、指導者を欠いた相沢道場は門下に返金ののち近隣の道場を紹介する羽目になったのである。
そして今や、門弟ゼロ。
完全に試合に勝って勝負に負けた格好である。
「……やべぇ」
相沢匠海、十六歳。それしか言葉にできない。
最初こそ抵抗はあったものの、のらりくらりと指導を受け続け、ゆくゆくは代替わりで安穏とした生活が待っている――そう、思っていた。
甘かった。
米国産の洋菓子を遙かに凌駕する甘さだった。
いま考えてみれば、門下生が減るのに焦った父が、『我が相沢流は百代つづく古流剣術である』などと妄言を垂れ流し始めた時点で、早急に手を打っておくべきだったのだ。
「恨むぜ、爺ちゃん……」
匠海は呟いた。道場を開いた祖父が、父にあることないこと吹き込んで剣道漬けにしたのが諸悪の根源なのだ。
しかし、嘆いていても口に糊することはできない。
なにか手立ては――。
「……道場を半分潰して、アパート経営との二刀流……」
口をついて出た言葉に匠海は首を振った。これから人が減る時代。都内ならまだしも、こんな田舎でアパートを始めたとて先は見えている。
「有料駐車場と道場の……二刀流……」
いけるか? いける気がする。
――だが。
「冷静になれ、匠海」
自らに問う。いくら車社会の田舎といえど、近隣にスーパーもホームセンターもないのでは立ち行かないのではないか。
かといって、道場を潰して働きましょうと言われても。
「俺には、剣の道しか……ない」
匠海は、一行読んだだけで赤面してしまうような笑いなしの恋愛小説じみた甘い見通しを胸に抱いていた少年時代の自分を、鼻血を吹くまで殴りたくなった。
無学である。
自身の道場にまつわる胡散臭い歴史と、剣道雑学くらいしか芸がない。
終わり。
終わりだ――。
目元に熱を感じた匠海は、しかし、ふと気づいた。
「二刀……流」
そうだ。二刀流という、剣道の世界ではマイナーな技術を教えられるとしたら、どうだろうか。
隙間産業だ。
ロングテール戦略である。アマゾンもそれで売上を伸ばしたと聞く。
一芸に秀で、一芸にて飯を食う。
「これだ」
匠海は開眼した。
付け焼き刃でも師範代が二刀流を教えられるとなれば、子供人気で門下を増やせる可能性がある。薄氷の上を氷山用のアイゼンで歩きぬけるような危険な賭けだが、他にできることがないなら仕方がない。
「どうせなら、より、ニッチに……」
匠海の思考は暴走を始めた。
通常の二刀流は尺の短な竹刀を使う。小太刀二刀流なる、更に間合いを縮めた技術もあるという。
そう、あるのだ。
あるからには、無いものでなくてはならない。
「長刀、二刀流……か」
匠海は立ち上がり、壁にかけられた竹刀を二振り、左右の手に握った。試しに記憶にある二天一流、宮本武蔵の真似をする。
とりあえず右手の竹刀を振り上げ、片手で打った。
「――ッ、ア!?」
よろめく躰。右腕一本にかかる暴力的な遠心力。
――え? 無理じゃね?
瞬時に悟った。
ムリ。マジムリ。竹刀、重すぎ。
「これ、木刀になったらどうなっちゃうの……?」
匠海は自らの想像に顔を青くした。
できるわけない。無理だ。
しかし。
「できなきゃ、高卒バイト暮らしのフリーター……!?」
やるしかない。極めるしか、安穏とした不労所得生活はないのだ。
匠海は二振りの竹刀を投げ捨て、樫の木刀に手をかけた――。
そして、二年の月日が流れた。
男が一人、竹刀袋と防具の袋を携えやってきた。道場の前で足を止め、やや
『相沢二刀流道場』
とあった。二年前まで、二刀流の名はなかった。
訝しく思いながら、男は門をくぐった。
二年前、道場破りに訪ねたときよりもうらぶれた印象のある道場の奥から、
ブン、ブン――
と、重く鋭い素振りの音が聞こえてくる。
男は肩紐を担ぎ直し、力強く引き戸を滑らせた。
「たのもー……う?」
男は動揺した。二年前、いかにもな剣道場だったそこに、数多のウェイトトレーニング用機器が並んでいたのである。
そして、先程から聞こえていた音は。
「……な、何をやって……?」
男は動揺を隠せなかった。二年前、まだガキだった道場主の息子が、異様な鍛錬を積んでいたのである。
「……何か?」
首だけを振り向き、匠海は木剣を振った。重く鋭い音が鳴った。次いで、
ガシャン!!
と、剣先に紐で結ばれた、重量の分からぬ鉄塊が床板を激しく打った。
十キロや二十キロでは到底たらない。
まさか、五十や百もありうるのでは?
そう思わせる、鉄塊が、ふたつ。
「うちの道場に、御用ですか?」
匠海は薄く笑い、両手の木剣を置いた。
その、半裸の立ち姿は、さながら仁王であった。
鋼の如き三角筋。鬼の顔を浮かべる背筋。丸太を思わせる脚――。
「……おや、誰かと思えば、いつぞやの」
匠海は、男の前に両膝をついた。足の筋肉が発達しすぎ、両手で床を支えなければ正座も苦しくなっていた。
「雪辱に参られましたか」
漂うは強者の余裕。
「あいにく、父は不在ですが……私でよろしければお相手しますが?」
「お、おう……」
断れる雰囲気ではなかった。
男が防具を身に着け、振り向くと、
「ぼ、防具は、よろしいのですか?」
匠海は大柄な小手のみをつけ、両脇に竹刀を置いていた。
「……面がね、三角筋が邪魔でつけられなくなってしまいまして」
「……き、危険ではありませんか?」
「ご安心を。あなたの剣は私に届きません」
「……言ってくれる……この二年、私も――」
鍛えたのだ、と言いたかったが、言える空気ではなかった。
それもそのはず。
匠海の
恐る恐る礼をして、立ち会うと。
「……ぬ、ぐ……!?」
男は尋常ではない圧を感じた。筋肉達磨と二本の竹刀の暴力である。
匠海が言った。
「当方、面をつけていないゆえ、ルール無用で参ります」
「……は?」
男が間の抜けた一音を発した、その瞬間。
奇声。
匠海が床板を踏みわらんばかりに踏み込んだ。両手に構える二振りの竹刀。柄尻を腰につけるようにした、名付けてモロ逆八相。その手を広げ、
「エェェェェェェ!?」
男は頓狂な悲鳴をあげた。匠海が、竹刀を左右に投げ捨てたのだ。男の躰が驚愕に固まる。するりと伸びた匠海の左拳が男の竹刀を払い除け、さらに踏み込む。
そして。
「小手ェェェェェ!!」
吠え、匠海は右の拳を男の面に向けて放った。ひしゃげる鉄編み。飛沫く鮮血。男はその場で後方宙返りをするように回転、後頭部から落下した。
匠海は伸ばした拳を引き戻し、倒れた男の胴を狙う。
「小手ェェェェェェ!!」
言って、小手で男の胴を撃ち抜いた。
残心。
匠海は呼気を整えながら呟いた。
「……よい手合わせでした」
相沢匠海――後に、自身のルーツを相沢二刀流とし、総合格闘技界を席巻する男の、非公式の初戦であった。
二刀流 λμ @ramdomyu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます