2022/2/28

 天正10年(1582年)のこと。豊臣秀吉は毛利氏の清水宗治が守る備中(現在の岡山県)高松城を3万の大軍で包囲し、水攻めを仕掛けていた。城の周囲を水で埋め、食料の搬入などの出入りを物理的にできなくしたのだ。


 これで事実上戦の勝敗は決した。あとは秀吉がその気なら、高松城に立てこもる4000~5000人は餓死するしか道はない。ここで清水宗治は秀吉に書状を送る。「5国(備中・備後・美作・伯耆・出雲)割譲と城兵の生命保全」を条件に降伏すると言うのだ。しかし秀吉はこれを突き返す。「5国割譲と城主清水宗治の切腹」が最低条件であると。これにより交渉は一旦物別れとなった。


 しかし主家である毛利家が安国寺恵瓊えけいを使者として送り、清水宗治を説得する。結果、宗治と兄の月清、弟の難波宗忠、そして小早川氏からの援将である末近信賀の4名の首を差し出すので籠城者の命を助けて欲しいという内容の嘆願書を安国寺恵瓊に託し、これが秀吉に伝えられた。


 ご存じの方も多かろうが、このとき秀吉陣はエラい事になっていた。主君織田信長が明智光秀の謀反により本能寺で落命したという情報が入ったからだ。本来ならいますぐ畿内に駆けつけねばならない。だが高松城をみすみす見逃せば、後顧の憂いを残すだろう。秀吉は信長の死を毛利方に悟られないようにしながら和睦に応じた。


 和睦の内容は「備中・美作・伯耆の3国割譲と清水宗治らの切腹」と秀吉側が譲歩した形を取り、言わば毛利の体面を立てて行なわれた。これで5月の水攻め開始から1ヶ月と立たぬうちに、高松城は落城した。この後、秀吉は畿内へ向けて、いわゆる「大返し」を行なうのだが、それは本題ではない。


 戦に負けるということが、戦いを率いたリーダーの死を意味するのは洋の東西を問わない。負けた方は自らの命を差し出す事で、部下や領民の命を許してもらうのだ。もっとも日本の戦国時代など、その辺は同じ言葉を使う同族であればこそかも知れないし、支配後の領地経営を考えてのことでもあるのかも知れないが、比較的対応は優しい。場合によって皆殺しにされることもあるものの、たいてい領民は家に戻って稼業を継続することができる。海外では負けた方の領民は奴隷とされる事例も少なくないようだ。


 さて現在ウクライナを絶賛侵略中なのがロシアである。大軍でウクライナを包囲した様は、まるで高松城を包囲した秀吉軍であるかの如しだったが、しかしプーチン大統領は秀吉ほどの戦略家ではなかったようだ。侵攻はなかなか進まず、兵力の損耗激しく、時間ばかりが経って行く。


 プーチン氏はウクライナ軍に向かってクーデターを呼びかけたりしたものの、秋波を寄せる者などなく、それどころか世界はウクライナを支援し、ロシアをどんどん孤立化させて行く。当初は「無条件降伏なら認めてやってもいいぞ」的な発言をしていたプーチン氏だったが、だんだんとトーンが落ち、「武力行使を停止するなら、ベラルーシ国内で交渉してやる」となり、やがて「ベラルーシとウクライナの国境でなら前提条件なしの交渉をしてもいい」とまで譲歩するようになった模様。27日、ロシアと和平交渉で合意したとウクライナのゼレンスキー大統領が明らかにした。

 ベラルーシのルカシェンコ大統領はゼレンスキー氏に対し、

「ベラルーシ国内の飛行機やヘリコプター、ミサイルはすべて、ウクライナ代表団の移動や交渉、帰還の最中は地上にとどまる」(AFP)

 と保証した模様。


 ただ、安心するのは早い。27日にはプーチン大統領が、核戦力を高度の警戒態勢に置くようロシア軍司令部に命じている。イタチの最後っ屁でもなかろうが、まだ何かする余力は残しているのだ。ウクライナに対して戦術核を使う気かも知れない。あるいは、もし国境の和平交渉にゼレンスキー大統領が出てきた場合、ロシア軍がそれを狙う、いわゆる「斬首作戦」を決行する可能性だってある。ベラルーシはロシアには逆らえないだろうしな。ロシアには一切の信頼が置けない。それを前提にゼレンスキー大統領には行動していただきたい。


 だがこれで、もしウクライナ側が現状回復以上の補償を求めず、事実上無条件で講和したとしても、それはもうウクライナの勝利である。ロシアのメンツは丸潰れとなるだろう。戦闘が終わったところで即座にロシアへの経済制裁が解除される訳でもないだろうし、ロシアはただ貧しくなるためだけに戦争を起こしたことになる。


 人が死んで兵器を使って、多額の国費を浪費して、得られたモノなど何もない。戦国時代ならプーチン大統領は自らの腹を切らねばならなかったかも知れない。もはやただの耄碌ジジイである。先般改正したロシア憲法によって、彼は2036年まで大統領を続けられることになっているのだが、さてそれが許されるかどうか。


 とは言え、交渉が決裂し、戦争が続く可能性もまた十分に残っている。状況は予断を許さない。何とか、何とか上手くまとまってくれればと思うのだが。




 今般のウクライナ問題に関連し、日本の安倍元首相は27日、フジテレビの番組に出演して、アメリカ軍の核兵器を同盟国に配備する「ニュークリア・シェアリング(核共有)」を取り上げたうえで、

「日本はNPT(核不拡散条約)加盟国で非核三原則があるが、世界の安全がどう守られているかという現実についての議論をタブー視してはならない」

「中川昭一さんが議論するべきだと言ったら、ものすごいバッシングを浴びて、議論そのものが萎縮してできない状況にあるが、議論は行っていくべきだろう」

「核廃絶の目標は掲げなきゃいけないし、それに向かって進んでいくのは大切」

「現実に国民の命、国をどうすれば守れるかについては、様々な選択肢を視野に議論すべきだ」(以上朝日新聞)

 と述べた。言葉の内容そのものには、虫けらは基本的に同意する。ただ。アンタが総理大臣のときにやっとけや! という気がしてならない。何したり顔で正論ぶっこいているのか。いつから評論家になった。アンタが政権の中心にいる段階で核共有の議論ができていれば、いまこんなに日本中がアタフタする必要はなかったのだ。


 ウクライナ問題が起こったのを見てから慌てて「日本の軍備を拡張しよう」などと意見を言うのは中学生でもできる。虫けらですらできる。問題が起こる前に備えを始めるためにこそリーダーは必要なのではないのか。安倍氏はそのリーダーとしての仕事をまっとうできたのか。甚だ疑問である。


 なお、この話題が出て来たとき、ネットでは「日本が核兵器なんて持ったら、その瞬間に軍事侵攻される」という意見が見られた。この発言を書き込んだ人は知らないのだろうか、ずっと前にも同じような言葉が発せられたことを。日本が自衛隊を整備したときも、日米安保条約が結ばれたときも、「このせいで日本が戦争に巻き込まれるぞ!」とわめき散らした人々がいた。結果どうなったかは見ての通りである。このように、恐怖で発言を封じ込めようとする者が存在するのだということを我々は忘れてはいけない。




 EUは27日、ロシアの航空機がEU領空に乗り入れるのを禁止した。カナダも同調した模様。またEUは同日、ウクライナに自衛用の殺傷兵器購入費として4億5000万ユーロ(約576億円)と、ウクライナ軍の燃料や防護服などの費用として5000万ユーロ(約64億円)の供与を発表。さらに「RT(ロシア・トゥデイ)」や「スプートニク」といったロシアメディアのEUでの活動を禁止した。


 おそらくアメリカやイギリスはこれを見て、黙ってはいまい。自分たちもあれやこれやと新しい対ロシア制裁を並べ立てるに違いない。国際的なロシア制裁レースが始まる。日本も乗り遅れないようにした方がいい。こういうときに実績を作っておかないと、いざ日本が侵攻を受けたときに世界は知らん顔をするだろうから。

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続・虫の日記 ウクライナ関連抜粋 柚緒駆 @yuzuo

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