2022/02/27

デジタル大辞泉によれば、兵站へいたんとは、

「戦闘部隊の後方にあって、人員・兵器・食糧などの前送・補給にあたり、また、後方連絡線の確保にあたる活動機能。ロジスティクス。『兵站部』」

 である。


 大昔、戦争に兵站という概念はなかった。昔は戦争と言っても、いまで言えば都市間の争い、少々規模が大きくなっても、現在の日本でいう県規模の勢力間の争いだった。腰に弁当をつけて行けば日帰りで終わる。ある程度長期間に渡る戦争でも、食べている物も食文化も同じなのだ、現地で食料を略奪すれば済む。


 また、昔は移動手段に馬を使っていた。人や荷物、戦争の道具も馬が荷車を引いて運んでいたのだ。馬の餌は飼い葉であり、これも馬を使っている農家に供出させればいい。兵站という概念は必要とされていなかった。


 しかし時代が下ると戦争の規模が変わる。延々と長距離を移動することになれば、そこに農村が存在してくれるとは限らない。略奪したくとも、する相手がいなければどうしようもない。そのためにヨーロッパでは食料や水を積んだ馬車、そして調理人や給仕を戦場に同行させるようになる。


 さらに時代が下ると、戦争の質が変わる。軍隊の近代化が進み、機械化が進む。こうなってくると、食料と水だけでは話にならない。戦場は広大になり、部隊は広範囲に展開する。そこに部隊を運ぶ車両や戦車は燃料で動くのだが、その燃料はどこでも手に入る訳ではない。当然戦闘の始まる前に準備・確保しなければならないし、それを前線まで運ぶ補給部隊を戦闘部隊とは別に用意しなくてはならない。言うまでもなく、その補給部隊を動かすのにも燃料が必要なのだ。


 また、戦闘も刀や槍を振り回す時代ではなくなる。銃や大砲が主流になれば、当然弾薬も補給しなくてはならない。どれだけ兵隊の数に勝っていても、先に弾薬が尽きれば逃げ帰るしかないからだ。時代が進めば進むほど、戦争が進歩するほど、兵站というものの重要性は増すばかりである。


 さて現在ロシアはウクライナに攻め込んでいる訳だが、虫けらやアメリカなど西側各国政府、そして誰よりロシアのプーチン大統領の予想を上回るウクライナ側の激烈な抵抗で、ロシア軍は思うように前進できていない模様。しかもあちこちから食料や弾薬が尽きたロシア部隊の情報が出て来ている。


 もちろんこれら情報が正確であるかどうかは、日本から判断などできない。ただ常識的に考えて、ロシア軍は電撃戦による短期決戦で勝利するつもりだったはずだ。NATO軍は参戦しないと踏んでいただろうが、それでも西側からウクライナに武器が渡ることは間違いない。時間をかけてじっくり戦えば、それだけウクライナ側が有利になる。ロシア側に何のメリットもないのだ。


 1日2日で戦争が終われば、面倒な兵站も考慮する必要はなくなるし、西側の制裁についても重大な決断をする時間的余裕を与えずに済む。ロシアにとっては良いこと尽くめだ。これならいける、プーチン大統領はそう思ったのかも知れない。だが現実は非情である。ウクライナにとってはもちろんのこと、ロシアにとっても等しく非情だった。


 無論、いまでもロシア軍が絶対的に有利な状況は変わっていない。ロシアはまだウクライナ周辺に展開した戦力の三分の一ほどしか攻め込ませていない。残りの戦力が一斉にウクライナに攻め込めば、あっという間に勝負が決まる可能性はある。ただし、その戦力を維持するにも兵站は必要である。


 どうも現在の展開を見るに、プーチン大統領は兵站を軽視していたように思えてならない。彼の周りにだってブレーンはいるし、その中には軍人もいたはずだ。前線への補給路の確保を重視するよう進言した者がいなかったとは思えない。だが、蓋を開けてみればこの有様だ。それが周囲の問題なのか、プーチン氏個人の問題なのかは不明だが、重大な判断ミスがあったことは間違いないのではないか。


 すでにフランスのマクロン大統領が、戦争の長期化を懸念する発言をしている。傍から見れば、それはもう明らかなのだ。最終的にロシアは戦争には勝てるのかも知れないが、想定以上の甚大な被害を被ることになるだろう。それはロシアという国をこの先、長期的に苦しめるに違いない。トータルで見れば、この戦争に価値などなかった、後世の歴史家はそう言うのではないだろうか。そのことに気づけるだけのマトモな判断力が、プーチン氏に残っていればいいのだけれど。




 アメリカ、イギリス、EU、カナダは26日、ロシアの一部銀行をSWIFT(国際銀行間通信協会)から排除することで合意した。日本やオーストラリアも同調する模様。重い腰をようやく上げたな。これでロシアは国際市場でモノを売買することが難しくなった。輸入も輸出もできない。


 もっとも中国はロシアからの小麦輸入を拡大するとすでに表明しているし、他のロシアに近い国家もSWIFTを通さずに貿易は続けるだろう。だからロシアが干上がり国民が窮状を訴えるような羽目にはおそらくならない。


 だが金食い虫の軍隊をこれまでのように維持するのは困難ではないか。ウクライナに削られた戦力はそのまま放置されるのやも知れない。核兵器は沢山持っているものの、それ以外何もない国にロシアは落ちぶれる。それもこれも、プーチン大統領の判断ミスが原因である。西側が決断を下す前に戦争を終えられると思ったのだろうな。




 中国はいまだロシアのウクライナ侵略を「侵攻」だとは認めていないものの、深入りすることなくロシア側とも西側とも距離を置いている。いずれ結果が明らかになった際には勝ち馬に乗ってくるかも知れないが、当面はこのままだろう。いつか自分たちが動いたときに世界はどう反応するのかを見極めているのかも知れない。


 問題はその「いつか」が、いつなのかだ。果たして日本が備える時間を与えるかどうか。言い換えれば、日本は大急ぎでいろんなことを変えねばならない。それがいまの日本政府にできるのだろうか。できなければ、いまのウクライナは明日の日本となる。

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